校外学習
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新幹線での移動を終えたあと、二人は駅近隣の漫画喫茶に入店。そのまま一夜泊まった。
その後は駅のロッカーに荷物を預け、早朝から営業しているファストフードのチェーン店で朝食を済ませて、『ドリアード博物館』の門の前に来ていた。
ドリアード博物館はとても大きな敷地内に建っており、建物自体も広く大きいが、庭もまた広大であった。
「この木、全部日桂樹ね。手を付けていない原木の……そのマナ不足で痩せている状態よ」
「へ~~。あの超でっかい樹も、元はこんななのか」
「今の日傘になっている樹は、魔法で限界まで巨大化させたものだけどね」
博物館が開門されるまで待つという貴重な状況であったが、アトランティエはふんすと興奮状態であった。
「この博物館の中って、撮影は許可されている? もしも許可されているのなら……」
「ちょっと待て……ダメだな。普通に撮影禁止だ。展示物を収録した写真集みたいなのはあるから、それを買って帰れば?」
「ん~~……じゃあ仕方ないわね」
早朝、という時刻は過ぎていた。
もう普通の朝であった。
多くの人が起きて朝食を食べる時間であった。
その時に、大和の電話が鳴る。
『もしも~~し! 大和、そっちはどう? もしかして一線を越えた?』
「しいて言えば関東地方の県境を越えたよ。漫画喫茶で一晩寝た」
『へえ、隣で寝てたのね』
「隣のスペースでな……シャワー付きの喫茶店でよかったよ」
『文章にすると無茶苦茶よね、シャワー付き喫茶店』
「で、なんだよ」
『今連れてきてる子は、オルプネちゃんじゃないんでしょ? 紹介してよ』
「連れてるっていうか、連れまわされてるよ。紹介なら今日帰るときにでもするさ」
『それは後でいいからさ、写真送ってよ』
「……わかった。からかうのとかは止めてくれよ?」
いったん通話を終えると、大和はスマホをアトランティエに向ける。
「俺の家族が委員長の写真を見たいって言ってるんだ。撮っていいか?」
「それぐらいならいいわよ」
「よし……ありがとな」
大和はスマホで撮影した画像をそのまま送った。
小柄なアトランティエを見下ろす形の写真である。
『大和! すっごい可愛くて、眼鏡が似合う子じゃないの! どんな性格なの!?』
「思い付きで学友を新幹線に乗せて一緒に博物館へ連れていく強引な奴だよ」
『アンタにお似合いじゃない! いいわね~~甘酸っぱくて! きっといい思い出になるわ!』
「姉ちゃんもそういうのがあったのか?」
『ないわ! だから他人事として楽しんでいるの……正直羨ましいようで全然羨ましくないわ! このポジが最強ね! 私がアンタなら絶対に無言で実家に帰ってる! アンタやるわねえ!』
「……うん」
ちょっと冷静になる大和であった。
姉はだいぶテンションが高いが、人としてまともなのは彼女である。
大和はだいぶスパダリしぐさをしていた。理解のある彼的な動きをしていた。
『そのちっちゃい子だけどさ、あとで冷静になってアンタに謝ると思うけど、その時は笑ってセクハラして許してあげなさいよ?』
「セクハラはしねえよ(ガチ)」
『コンプラを気にしているわねえ。ウチの上司みたい』
(上司って大変だな……)
『その子の写真、たくさん撮っておきなさいよ? きっといい思い出になるわ!』
通話を終えて、大和はアトランティエを見る。
まあ、美少女だ。その眼は真っ赤に燃えている。
「家に帰ったら、姉ちゃんや父さん母さんに挨拶してくれよ」
「それはもちろん。大和も帰ったら私の両親に挨拶する? 私は聞きたいことができたし」
「創始者の一族と娘のことであいさつする度胸はねえな」
「そんなに気にしなくていいわよ。大和は模範的な留学生だしね。それより……来たわね!」
警備員……日本の警備員の服を着たドリュアデスの男性が門を開きに来た。
大和は彼を見て、何とも思っていない顔をしていた。
アトランティエは少しだけ意外そうな顔をする。
「それでは開門となります。どうぞ皆様、お入りください」
この博物館は、建物の中に入らない分には料金が発生せず、敷地内に入ることは無料で、チケットの購入なども建物の入り口で行われるらしい。
大和とアトランティエはもちろん入っていくのだが、アトランティエは少し驚いた顔で質問をする。
「ねえ、さっきのドリュアデスの人は、私みたいに翻訳用の端末とグラスをつけていなかったわよね? どういうこと」
「あのひとは日本人なんだろ、たぶん」
「でも、純血だったわよ」
「そういうこともあるだろ。あとあんまりじろじろ見ない方がいいぜ。はっきり言ってコンプラ違反だ。俺もお前がそういうことをしていたらいい気はしない」
「……わかったわ」
日本人のドリュアデスというのは、つまり日本に移住したないし、その子孫という事だろう。
日本国籍を持っているはずなので、日本人という認識で間違いはなかった。
ただ、今までの移動……日本本土までのフェリー以降で、日本人以外の種族を見たので余計に意表を突かれたのだろう。
その驚きは、建物の中に入ると更に強くなっていく。
なにせ清掃員も警備員も事務員も、全員が純血のドリュアデスだったのだ。
大和も顔に出さないよう努力しているが、それでも驚いてはいた。
「ようこそ、お客様。ご来館を歓迎しますわ」
二人がチケットを購入したところで、ガイドらしき女性が声をかけてきた。
やはりドリュアデスであった。
ガイド付きが基本というわけではない。
他にも複数の来館者がいるのだが、ガイドに声をかけられることは無かった。
「これは、そういうこと、でいいんですかね? 先日も爆弾魔が来たみたいだし……」
「失礼に思われるかもしれませんが、その通りです。この博物館でも、本土のドリュアデスが騒ぎを起こすことが多いんですよ。その予防だと思ってください」
アトランティエが諦め半分で確認をしてきたので、ガイドの女性はあっさりと認めていた。
これにはアトランティエも大和も納得するしかない。
なにせ博物館である。先の国立図書館同様に、窃盗を通常以上に警戒しなければならない。
アトランティエだけお断り、となっても仕方がない状況であった。
ガイドが着くだけでいい、というのは温情かもしれない。
「分かりました。それではガイドをお願いするわ」
「ええ。それから、私の名前は『緑 若葉』です。よろしくお願いしますね」
日本人の名前を名乗った彼女は、案内を開始するのだった。
※
ドリアード博物館というだけあって、ドリアード王朝の遺産がたくさん並べられている。
その多くが、はっきり言って『盆栽』であった。
ドリュアデスはそもそも木工……というよりも、魔法で木を変形させることに長けている。
通常の盆栽や植木のように形を矯正しつつ成長させることは変わらないが、魔法によってその自由度は大幅に向上している。
金属で削るのではなく、木の成長をコントロールして像にしていくのだ。
日本で魔法は使えないが、一旦魔法で成長させて固定すれば、日本に持ってきても元に戻るということは無い。
当然ながら加工した者の『力量』には差があるため、名品や一品、超大作などもある。
それらが博物館には多く展示されていた。
その中でも特に輝いているのが、『日桂冠』とされる冠であった。
古代ローマの月桂冠を彷彿とさせるデザインをしており、太陽のように、そして漆器のように艶やかさと輝きを放っていた。
その冠が、一つではなくたくさん並べられている。
実に荘厳だった。これは写真や動画で見ただけでは同じ感想を抱けまい。
「すごい……」
展示やけを避けるための、わずかに色のついた『防護ガラス』に守られている冠を、アトランティエは食い入るように見つめていた。
そんな彼女に対して、若葉だけではなく警備員も臨戦態勢である。
(カバディみてえ)
少し離れたところにいる大和は、漠然と良く知らないスポーツのことを思い出していた。
「あの、お連れの方に少し離れるよう警告してくださいませんか? 私どもとしても、外国の方とのトラブルは未然に防ぎたいのです」
「……というかそもそも、マナーが悪いですもんね。おい委員長! それ以上近づくと他の人が見えないから、後ろに下がりな」
「あ、あと少し! こんな機会、二度とないわ」
「博物館に展示されているんだから、何度でも観れるだろ。だけどこのままだと出禁になるぞ」
「ううう……仕方ないわね」
前回……オルプネを伴ってテーマパークやショッピングをした時は、モノが彼も知っているゲームであったため、ある程度は共感ができた。
しかし今回はさっぱりわからないので、大和も塩対応である。
「ガイドさんを前に言いたくないけどよ、そんなにいいもんなのか? 工芸品としての出来はいいと思うんだが……」
「植物加工の魔法使いからすれば、全部が神業よ。人によってはくすねて持って帰って、見本にするとか加工法を学ぼうとするでしょうね」
「そういうお客様が多いんですよ……本当に迷惑です。というか、我々は被害者です……」
「だって。委員長、疑わしいことすんなよ」
「うぐぐぐ……でも、やっぱり納得しにくいわね。なんでこんなにドリアード王朝時代の遺物が残っているのよ。日本よりもドリュアデスの国に持って帰るべきでしょうに!」
「ふぅん……」
ここで若葉は少し考えた顔になった。
ドリュアデスの国からやってきた少女に、『真実』を話すか悩んだのだ。
日本に来るくらいである。
彼女の家庭は裕福で、真実についても把握しているだろう。
それを自分が教える資格があるだろうか?
(教えないと暴走しそうだから教えましょうか、ガイドとしておかしくないしね)
どのみち、隠されているとも言い難い真実だ。
彼女はこの博物館のためにすべてを語ることにした。
「少し、場所を変えてお話をしましょうか」
一般的な展示物のエリアから、別の場所へと案内をするのだった。
※
映像資料のエリア。
そこはドリアード王朝全盛期に、日本のテレビ局が持ち帰った『フィルム』による動画が連続再生されている。
そこに映っているのは、当時日本で流行っていた服を着ているドリュアデスの女子や男子が、輸入したであろう単純なバイクに乗って草原を駆けまわっている姿だ。
展示物の解説音声では、当時のドリアード王朝でジャポニスムが流行し、若者たちが日本文化を楽しんでいたと伝えている。
他にも全盛期の国家らしく、多くの日桂樹が生い茂る様や、在りし日のアレクサンドロス大図書館すらも収録していた。
一応言っておくが、AIによるフェイク動画ではない。
実際のところ、動画を撮影するというのはそこまで難しい原理ではない。
つまりパラパラ漫画であるため、とにかく大量の写真を撮り続ければ一応動画にはできるのである。
よって……電子機器を使わない、原始的な動画撮影用のカメラを用いる……あるいはフィルムだけ現地に持っていって、魔法技術で電子機器の代用をして撮影することは可能である。
もちろんかなりの予算が必要なため、個人の動画配信者では不可能。
それこそTV局や政府でなければできない芸当であった。
とはいえ、ものがフィルムである以上、ずっと流していれば劣化してしまう。
フィルムからデジタルデータに移し替えて、さらにCG処理をして画質を上げた動画が流れていた。
フィルムの原本も保管されており、そちらも展示されている。
コレで一次ソースとしては十分であろう。
その動画にも、アトランティエは食い入ってた。
異世界にも映像保存技術はあるのだが、やはり紙の本よりは失われやすい。
なので当時を知ることのできる映像資料は本国に残っていない。
先日の歴史書と違い、本当に始めてみる映像であった。
「こう言っちゃなんだが、今のドリュアデスの国より、昔のほうが栄えてるな」
「そうなのですか? 私たちは日本を出たことがないのでわからないのです」
「……少しは良くなったと思うけども、この映像にあるような全盛期とは比べ物にならないわ。でも、だからこそ、この映像も持って帰りたいわね」
「止めた方がいいでしょうね」
若葉は本題に入った。
「ドリュアデスのお嬢さん。貴方はなぜドリアード王朝が滅びたのかご存じですか」
「もちろん! およそ二百年前に通常以上の虹害、大虹害が発生し、市民に大きな被害が出てしまったことが直接の原因よ。市民は政府が十分な虹害対策をしていなかったからだと怒ったそうね」
虹害。
ドリュアデスの国特有の自然現象である。
端的に言うと、大気中のマナが太陽光を増幅してしまい、SF映画のように地表を焼き払う現象だ。
これが定期的に発生するため、ドリュアデスの国にはまともな森が存在していない。
大抵の生物はこの虹害が発生すると種や卵を残すなどして、成体は死ぬ。
種や卵ならば耐えやすいので、虹害が終わった後で孵化や発芽するのだ。
ちなみに、日本人や他の種族がその場に居合わせれば、数分で焼かれて死んでしまう。
だがそういうプロセスを経ず、成体のまま乗り越えられる生物が二種類だけいる。
一つは日桂樹、もう一つがドリュアデスである。
日桂樹はその木陰で他の生物を守るほどの遮断性を持っていた。
ドリュアデスはその庇護を必要とせず、もろに浴びてもまぶしいぐらいで済む。
とはいえ、それは生物としての話。
増幅された太陽光は、保存していた食料や住居、着ている服まで燃やしてしまう。
これではドリュアデスが傷つかなくても、豊かな文明を構築できるわけもない。
そこでドリュアデスは日桂樹を魔法で巨大に成長させ、広大な木陰を確保。
そこに住居をつくり、文明を構築してきたのである。
とはいえ、生きている巨大な日桂樹は不自然な状態。
強く魔法をかけ続け、その強大さを保つ、ないしより一層巨大にしなければならなかった。
ドリアード王朝末期ではそれを怠ったため、多くの物的被害が出てしまい、結果として人命も失われ、王朝すら滅びたのである。
「ええ、その通り。地球の歴史でも治水を怠った政府が支持を失っていたらしいし、他人事とは言えないわね」
(昔の俺なら、日本でそんな事は起きないって、調べもせずに言ってたんだろうなあ……実際にはシャレにならない被害が出てたんだけども)
既知の自然災害が、たまたま大規模で発生したため、王朝が崩壊した。
運が悪いと言えばその通りだが、国家百年の計という言葉があるように、長く持続することを前提としている国家なのだから、いつかは遭遇することである。
王朝の責任であるとしか言えなかった。
「王朝は滅び、生き残った王族は国を捨てて亡命……側近や護衛を連れて、流れ流れて、日本に定住。その子孫が私たちなのよ」
この博物館で働いているドリュアデスは、全員が親戚であり、王族やその周囲の者の子孫であるという。
アトランティエは目をむいて驚く。
「……そうなの?」
「とはいっても、私自身は末裔の傍流。血を継いでいるだけよ。一応家長とか当主はいて、この博物館の館長とかをしているけど、その程度ね。そのうえで聞くわ……貴方は、ドライアード王朝が、本来虹害を防ぐために使うはずだった予算を、何に使ったか知っている?」
「国益に関係のない、贅沢なことに浪費したんでしょ?」
「そのとおり。それで、その詳しい内訳は?」
「それは、しらないわ」
それはまさに、歴史の勉強であった。
ただ教科書の内容を暗記するのとは違う、過去から教訓を学ぼうという姿勢であった。
「あの、アレクサンドロス大図書館よ」
若葉は画像の一つ。
とても立派な大図書館を指さした。
「ドライアード王朝は、歴史的、文化的財産を保護することに巨額の国家予算を投じ、それが遠因となって滅亡したのよ」
矛盾はない説明だった。
伝説で語られる『建築物そのものが堅牢な芸術品だった』というアレクサンドロス大図書館の映像を見れば、多くの予算が投じられていることがわかる。
一般市民からすれば王様の道楽に浪費された、と言っても過言ではない。
過言ではないが、アトランティエにとってはショックだった。
それでも若葉は解説を続けた。
「大昔……日本がこの世界に出現したとき、ドリアード王朝は他の国と同様に、日本と接触を試みたわ。そして日本はそれを受け入れて、自国を紹介したの」
やはり映像記録が残っている。
自動化された工場を見学する王族、食事を食べる王族、ダンスや音楽を楽しむ王族、スポーツを観戦する王族。
日本の紹介を受けるドリアード王朝の王族たちは、誰もが楽しそうであった。
「当時から文化の保存を誇っていたドリアード王朝、私たちのご先祖様はショックを受けたそうよ。如何に虹害がないとはいえ、ここまで多くの文化が保護されていることに敗北感を覚えたそうよ。だからこそ負けまいと、今まで以上に文化保護に注力したというわ。一代だけじゃない、何代にも渡ってね」
「そ、それは、わかるけど! 文化財の保護にはお金がかかるけど! でも限度があるでしょ!? いくら何でも、国が滅ぶなんてありえないわ!」
「その通り。アレクサンドロス大図書館に巨額の予算を投じていても、通常範囲での虹害対策はできていたわ。だから大虹害でも一気に滅亡とはいかなかった。でも一般人の目線で考えてちょうだい。王族が代々図書館を大きくし続けて、文化の発展に寄与し続けて……その結果、大虹害で被害が出たら。文化保護に投じられた予算を、虹害対策に充てていれば、と思わずにいられる?」
「……」
「そして今後、同じ規模の虹害がないと言える?」
歴史であった。
過去の過ちと災禍を、アトランティエは……。
そして今まで、この博物館や図書館を襲った者たちが学んでいなかったことだった。
歴史を他人事だと思い込み、自分たちが繰り返すなど考えてもいなかった。
自国でなくなったものが他国にあることが気に入らず、その感情を根拠に軽挙をするところだった。
「ここにある展示物や図書館にある原本を万全に保護するとなれば、相当な予算を割いて大図書館を作らないといけない。その維持費も大いにかかる。それでまた大虹害が起きたら? いいえ……国家百年の計。何時かは起きる。その時に大図書館が無事でも、市民が怒りの矛先を向けずにいられると思う? だからドリュアデスの政府は文化財のほとんどを日本に預けたままなのよ」
「わ、私が……私は、勉強不足でした」
恥じ入るように、彼女はこの状況を認めた。
なぜ日本に多くの文化財があるのか。
なぜ自国に持って帰っていないのか。
何もかもを聞いた後では、文句を言えなかった。
それは大和も同じである。深く納得することしかできなかった。
「そういうことだったのか……」
大和とアトランティエは、本当の意味での貴重な学びを得ていた。




