これもきっと思い出
わかりにくかったので、少し補足を。
日本には異世界から寄贈された多くの本が保管されています。
アレクサンドロス学園は、そのほとんどを写本として逆輸入しています。(例外は18禁ぐらいで、特に深い意味はない)
アレクサンドロス学園にないのは写しではなく原典。長年の戦火でなくなってしまっている。
関東圏内、某新幹線駅、夜。
駅のホームでは終電を逃すまいと待つ人々が多くいる。
その中に、小柄なドリュアデスの少女、アトランティエもいた。
小柄であること、ドリュアデスの国の服を着ていること、ドリュアデスであること。
彼女自身は荷物のそばで立っているだけなのに、どうしても目立っていた。
周囲に知っている人間がいないこともあって、少し苛立たし気に構内の時計を見つめている。
「お待たせ。開いてる店がほとんどないし、晩飯もだいたい売り切れていたから、結構手間取ったよ」
「遅い。もしも先に新幹線とやらが来ていたらどうするの」
「ウチの国の電車は時間に正確だから心配ないよ。早くなるにしても遅くなるにしても、連絡はあるさ。ほら」
ホームの電光掲示板には、あと3分ほどで到着すると書かれていた。
「それでもギリギリじゃないの。もっと余裕を持って行動しなさい!」
(お前が言うなよ……)
終電ギリギリになって新幹線を手配して、まったく予定になかった場所へ向かい、現地で宿をとって寝る……予定である。
こんなセルフミステリアスツアーになるとは、彼女と日本に来る前は想像の外であった。
「まあ言っちゃあなんだけどさ。いくら日本人が勤勉だからって、博物館が開くのは10時ぐらいだぜ。終電を逃しても始発に乗れば明日の朝いちばんには余裕で間に合うさ」
「私は今すぐ行きたいのよ!」
「……そうか。それじゃあ乗らないとな」
二人の前で、新幹線が停車した。
通常の電車よりは停車時間は長いが、それでも発車前に席に着こうと、二人は荷物や晩御飯をもって移動する。
「自由席だからどこでもいいけど、窓際と通路、どっちがいい?」
「どっちでもいいけど……それより、バッテリーが切れかかっているって警告が出ているわ。どういうこと?」
「お前今まで充電してなかったのか?! まあわかりやすく言うとだな……翻訳魔法が切れかかっている。しばらく充電しないといけないな。新幹線の中にも充電用の接続口はあるから、それを使おうか」
大和は荷物の中から接続ケーブルを取り出すと、新幹線の座席についている接続口につないだ。
加えて、彼女から携帯端末やグラスを外す前に、最後の説明を行う。
「充電中は翻訳ができないから、その間にメシを食ってな。俺もそうするからさ」
「……翻訳できないとなると、それぐらいしかできなそうね」
不承不承、アトランティエは彼女にとって少し大きな新幹線の座席に座る。
座席についている折り畳み式のテーブルの上にグラスや端末を乗せて、大和に頼んで接続してもらった。
彼女の視界、聴覚は一変する。
先ほどまでは理解できる言語に翻訳されていたが、今は何もわからない状態だった。
本を読むことや、スマホの動画を見ることもままならない。
最後に話した通り、自分の膝の上に晩御飯を置いて食べ始める。
『お箸の使い方は練習していたけど……いざ使ってみると、結構不便ね。でもこのお弁当の料理の方がその箸に合わせているから食べやすいってわけね』
もはや彼女には晩御飯に書かれている商品名などはわからない。
それでも晩御飯……いわゆる駅弁を食べ始めた。
思えば今日は長く集中して読書をしていた。
頭を使ったので、栄養が不足している。
冷めていても美味しく食べられるよう作られた弁当を、彼女は食べていった。
『それにしても、全然揺れないのね』
今更だが、もう新幹線は動き出していた。
発車前にベルが鳴り、ドアが閉まることなどを伝えていたが、彼女にはもうわかっていなかった。
それでも新幹線が揺れれば気付いたかもしれないが、ほとんど揺れていない。
車窓から外を眺めると、街の明かりが高速で後ろに流れていく。
わずかに慣性も感じるので、間違いなく前進していた。
だが自分の膝の上に弁当を乗せて、そのまま食べられるほど振動は小さかった。
どうなっているのかしらね。
これから向かう先のことに比べれば些細だが、そのように感想を抱いていた。
(冷めた弁当でも嫌そうでなくて安心したぜ……)
一方で大和も隣の席に座り、弁当を食べていた。
彼女と違ってテーブルの上に弁当を置き、割と早めに食べている。
空腹であったのだが、食事に集中しておらず、隣のアトランティエに注意を向けていた。
(正直……よその国の図書館にある自分の国の本が本物かどうか確認するとかはともかく、博物館に飾られているモンをわざわざ見に行くなんて無駄にしか思えないけどよお……かなり口から出かかったけどよお)
オルプネとの夏休みを経て、大和は大人になっていた。
一度は結構酷いことを言いそうになったが自粛し、道中考えることで自分の過ちを認めていた。
(それなら、親や姉ちゃんに高いカネ払ってもらって他所の国に留学することだって意味ねえってことなるじゃねえか)
少し、自嘲する。
今にして思えばだが、仮に親から説教されて止められていたら、ぐうの音も出なかっただろう。
勉強が情報を獲得することだけだというのなら、確かに意味はない。
ならば、留学すること、他国に赴くことには、それにプラスして何かがあるべきだ。
少なくとも、今の体験……外国の友人と一緒に博物館へ向かうというのは、大和が日本にいたらできなかったことである。
(ヒュヘルムネーもそうだけど、委員長にだってお世話になってる。その委員長が熱中したり楽しそうにしているのを見るのは、すげえ贅沢な時間だよな。恩を返せているって実感できる)
駅弁を食べ終えた大和は、ビニール袋にゴミを突っ込んでいく。
アトランティエの膝の上の弁当も、もうカラになっていたので同じく突っ込んだ。
早く食べすぎたのかもしれない。
まだ駅に到着するまで時間があり、充電もまだ終わりそうになかった。
アトランティエは少し退屈そうに外を眺めている。
それが少し申し訳なく思えて、大和は自分のスマホを操作し、気に入っていた音楽を流し始める。
もちろん新幹線の中なのでイヤホンで聞く形だ。
そのイヤホンを、アトランティエに渡す。
言葉は通じないが、察したのか、彼女はそれを耳に着けた。
(俺が留学の準備で勉強していた時に聞いていた、『どこまでも遠くへ列車で旅をする物語』の曲だ。歌詞はわかんなくても楽しんでくれるだろ)
(どこかで聞いた曲ね。日本由来の曲ってたくさんあるから印象に残らなかったけど……きっと名曲なんでしょうね)
アトランティエは熱中も倦怠もなく、力を抜いて音楽に身を委ねていた。
新幹線の中のわずかな振動や、口や鼻に残った食事の余韻。
これに彼女が以前聞いた覚えのある音楽が重なっていく。
(不思議なメロディ。寂しいようで激しくもなる……ちゃんと聞くのは初めてね。というか、曲をちゃんと聞こうと思ったのはこれが初めてかも)
ワープでは得られない、旅のさなかの些細な事柄の重複。
大和もアトランティエも、『列車』や『弁当』や『曲』の一つでも目にすれば、脳裏に思い出として浮かび上がる。
強烈な感動や興奮とはまた違う『ささやかな思い出』を、二人は共有していた。
後日この話を友人たちにしたところ、エコーやヒュヘルムネー、それからクロリスから凄い羨ましそうににらまれたという。




