ロシアは鉛筆を使った
ドリュアデスの国には秋の大型連休がある。
五日間の連休という事で、家族と遠くへ向かう者も多い。
その、大型連休が始まる前日。
芦原大和とアトランティエは、クラスメイトに見送られる形で旅行に向かうことになった。
学園内のワープ装置を起動してもらい、強行軍で新出島へ向かうことになっている。
「それじゃあみんな、私は行ってくるわね!」
「お見送り、感謝いたしますわ」
「はい、お二人は出てくださいね」
オルプネとエコーがワープしようと魔法陣の上に立っていたので、職員が強制的に動かす。
本当にシャレにならないので、それはもう強制的な移動であった。
「大和! やっぱり私も連れて行って! ここから日本に連れ出して!」
「どうか、どうか~~!」
「委員長が当たってよかったぜ」
「私も同じ気持ちだわ。こいつらが日本に行っていたらと思うとぞっとする」
ホスト国側の態度にあるまじきことだが、アトランティエはオルプネとエコーを軽蔑していた。
そりゃそうだとしか言いようがないので、クラスメイトの誰もフォローできずにいた。
「あの二人はともかく……ヒュヘルムネーには悪いことをしたわね。今度の機会があったら譲るわ」
(今回譲ってほしかった……)
エコーやオルプネとは別の意味で落ち込むヒュヘルムネーにだけは普通に謝るアトランティエ。
ヒュヘルムネーは泣いていて、このまま落ち込んでいそうである。
「それじゃあワープの時間だな。みんな、エコーとオルプネを確保してくれよ」
「行ってくるわ」
魔法陣が起動し、二人は一瞬で移動する。
学園側からすれば二人が消えたようなものだが、二人からすれば周囲の景色が変わっていた。
「ここが新出島なのね……」
「少し前に来たばかりだったからな。まあもっとも、行きは楽で帰りは地獄だったが……」
二人はワープを終えると棟の外に出る。
大和としてはこのままバベルの橋へ向かおうとも思っていたが、
アトランティエは感慨深そうに周囲の港を眺めている。
「委員長は港が好きなのか? それなら日本でも港に着いたら時間をとろうか」
「気遣いはありがとう。でもそういうわけじゃないわ」
異世界側の新出島を見て、彼女は歴史に思いをはせていた。
この港は本当にただの貿易用港である。
事前知識なしでは、何の歴史も想うことはあるまい。
「新出島に着いては私も少し調べたのよ。法的な話になるけど、ここはもう日本らしいわ」
「……え、そうなの!?」
「正しく言うと、設立当初……300年前はドリュアデスの国のドリアード王朝が建設したし、ドリアード王朝が管理していたわ。それから100年後にドリアード王朝が滅亡してからは日本が管理するようになったそうよ」
「ドリュアデスの国の新政府とかが管理を名乗り上げなかったのか?」
「戦国時代が始まって、こんな人工島の管理をするどころじゃなかったのよ。日本人も困ったけど他国の魔法使いを招集して管理できるようにしたらしいわ。そもそもこの島に勤めていた魔法使いも、ドリアード王朝が崩壊したら日本に保護を求めたらしいしね」
彼女はただ、歴史を語った。
大和からすれば本当に他人事だったが、歴史を語ったアトランティエの表情は堅い。
「300年前のドリアード王朝は本当に全盛期だったらしいわ。日本という異物とも積極的に交流するほどにね。だけど、名君の子孫がみな名君なわけじゃない。暗君が続けば名君が一人出たぐらいじゃ取り返せない」
一度国が滅びたという事実を、彼女は受け止めていたのだ。
「ドリュアデスの国は、草原地帯に生えている『日桂樹』を魔法で巨大化させ、『日傘で木陰』を作るところから始まるわ。全盛期には、草原には木陰同士が重なるほど日桂樹が生えていたらしいけど……今は寒々しいほど。時折燃え朽ちた日桂樹の残骸が見えるところから、何があったのかは明白だけどね」
「100年前に決戦が起きて、大きな被害と引き換えに統一政府が立ち上がったんだよな。本で読んだよ……いや、な? もちろん日本にいたときも調べていたんだ。その時期にアレクサンドロス学園ができたってことも含めてな」
「さすが模範的な留学生ね。そのとおり……アレクサンドロス学園は、私のご先祖様が設立した学園。100年に及ぶ内戦で失われた歴史や文化を取り戻すための施設よ。今も考古学者の精鋭が、各地の遺跡を巡って、史料を回収して、学園の図書館に集めているわ」
「事の起こりが戦争なだけに言いたくないけども……ロマンのある宝探しだな」
「ええ! 私の将来の夢、トレジャーハンターだもの!」
元気いっぱいに笑うアトランティエは、内心で熱い魂を燃やしていた。
(お父様やおじい様も、学園を運営する傍らで調査をしている。それなのに……変なことを言うのよね)
歴史に闇などない。
我々のしていることは、過去の歴史の証拠を集めることであって、新発見をすることではない。
(変な言い回しだし、何より論理的じゃない。今の歴史書のほとんどは一次ソースがない。過去の歴史書は歯抜けだらけで、ちゃんと埋める必要があるのに……)
オルプネは他者へ漫画を貸すことを渋っていた。
それは長期連載の漫画でありながら、途中の何冊か抜けていたからだ。
ドリュアデスの国の歴史書はもっとひどい。
ドリアード王朝時代の本の多くが遺失しており、当時の歴史書などまともに残っていない。
残っている歴史書が見つかっても、中のページが読めないこともしばしばだ。
それでも学校では歴史を教えている。
はっきりとした一次ソースがない状態で歴史の教科書が編纂され、配られているのだ。
(仕方ないことではあるのよね。だけどいつか私が、全ての歴史書を集めてみせる。いいえ、焼失したという伝説のアレクサンドロス大図書館を発見して、当時の本をすべて……!)
胸を弾ませるアトランティエ。
身長差ゆえに見下ろす形になっている大和だが、正直に言って見上げたくなるような立派な夢だった。
「さすがにそろそろ移動しないと時間が厳しくなる。バベルの橋に行こうぜ」
「そうね……ところで、バベルの橋について、面白い話があるわよ」
二人は和やかな雰囲気のまま歩き出す。
向かうは馬車で運搬がされるバベルの橋だ。
「このバベルの橋は、両開き型の跳開橋だけど、それ以外は基本シンプルでしょう? 元々は多くの荷物を滞りなく輸送するために、ベルトコンベアのように全自動の輸送路を作ろうとしたらしいわ。動力部を日本側、異世界側に作れば、バベル海域でも問題なく動くからね。でもここは外洋でしょう? どうしても腐食してしまうから、できるだけ構造を単純にしようという話になって、普通の橋にしたそうよ」
「はあ、へえ~~」
「他にも、この橋を渡るのは馬車だけっていうルールも、協議の結果だそうよ。こっちにもいろいろとマナを使用しない交通機関はあるし、日本にも蒸気機関車や基本的な内燃機関車もあったそうだけど……どれも重いのよ。魔法も電子機器も使えない状態で横転とかしたら大問題でしょ? その点馬車なら、運べる荷物は少なくなるけど、その点も含めて軽い。最悪人力で解体できるってこともあって、馬車になっているそうよ」
「……ところで、マナを使わない交通機関ってなんだ」
「馬より大きい家畜を使った馬車よ。橋の上で暴れたらどうなると思う?」
「どうにもならねえな」
二人は学生らしく笑いながらバベルの橋を渡り、日本側へ向かうのだった。
次話 日本刀歌




