暗殺の女神
田中の死体はエルフの里で丁重に葬ってくれるよう、二人のルカに頼み、里を後にした。ここは女神の領域だ。長居をしているとやがて追っ手がやってくるだろう。一旦魔王城に戻ることとした。
「井上!戻ったか!魔神様が待ちわびているぞ!」
エマちゃんが城門前に待機しており、俺の手を引いて客間まで走った。田中を殺したばかりだからもう少し余韻に浸りたいのにな、と感じたがその余裕は無いようだ。
無機質な客間では魔神が壁を前にして佇んでいた。俺達が部屋に入ったことに気づき、後ろを振り返った。
「井上くん、今回は大活躍だったね。だけど、女神が、あの発狂したクソババアがまた何かしようとしているんだ。君の世界の人間をまた大量虐殺して、こっちに攻め込もうとしているんだ。全く迷惑な話だよ。」
魔神の手にはいつの間にかコーヒーカップが握られていた。コーヒーの湯気で魔神の眼鏡が曇る。魔神は一口、コーヒーをすすった。
「もうジビエ大戦は終わった。終わったんだから、女神も私もお互いの世界に、そして君らの世界にも干渉すべきではない。それなのにあのババアは・・。」
魔神はまた一口コーヒーに口を付けた。そしてボソッと呟いた。
「だから君に女神の暗殺を任せたい。」
女神暗殺。ずっと、いつか殺したいと思っていた。俺を敵視し、監視し、無理難題を押し付け、友人と殺し合いをさせる。女神を殺したい動機は腐る程ある。しかし、手段がない。
「魔神様、私はいつでも女神を殺したいと思っています。ですが、おそらく魔法も物理も無効、女神を殺せる方法が思いつきません。」
魔神はニコッと笑った。
「そう。その通りだ。そんな簡単に女神を殺せるならば私がとっくにやっている。しかし、君なら殺せると信じている。」
「ですが、女神の居場所すらわかりません。」
「女神の居場所、か。」
魔神は顎に手をあて、考え込んだ。
「簡単に言うと私や女神はこの世界と君の世界の間にある異空間に存在しているんだよ。狭間の世界とでも言った方が分かりやすいかな。」
狭間の世界、と聞いて何か閃いた気がした。
「狭間の世界のどこか、と言われると難しいが、君は女神の神殿に何度も行ったことがあるだろう。それに友の形見だったか?聖人の証も持っている。君のバニシングならばイメージで女神の場所まで行くことができると思うよ。」
脳のもやもやが晴れた気がした。
「何となく糸口が掴めた気がします。あともう一つだけ教えてもらっていいですか?」
「ああ、どうぞ。」
「現にいま魔神様はこの世界にいますけど、魔神様や女神は自由にこの世界を行き来できるんですか?」
「いや、できない。君らの世界にも行くことはできない。それが因果律だ。じゃあなんで僕がここにいるかって?それは君がワームホールを開けたからじゃないか。そこを通って来たんだよ。概ね察しがついていたんだろ?」
「おっしゃる通りです。では、私は女神討伐に向かいます。あと、魔神様、私が戻るまで狭間の世界には戻らないようお願いします。」
「ああ、分かったよ。少なくともあのババアを野放しにしていたらこの世界も、君の世界も、破滅だ。女神を殺してさえくれれば何しても目をつぶるよ。」
俺はその足で次元の穴、ワームホールに向かった。ただ、向こうの世界に向かうことが目的ではない。マサユキの家までの歩数を数えた。次に穴の壁面について調べた。壁、床、天井の材質はなんだろうか。爪で引っ掻いたらポロポロと黒い粉が落ちてきた。ワームホールの異世界側の壁は至る所にヒビが入っていた。以前、ルカのマジックボックスに頭を突っ込んだことがある。中は真っ暗闇の空間だったが、無限に広がっているというわけではなかった。ワームホールの構造はこのマジックボックスの中に何となく似ていた。俺の仮説が正しければ・・。こんな時に竹下がいてくれたら、と思った。惜しい男を亡くしたもんだ。ただ、あれこそ彼の人生で最良のフィナーレだったであろう。
しかし、田中との旅も行き当たりばったり、一度死んで何度も転生して、ノリでうまく行ってきた。次こそ最後だ。必ずうまく行く。




