三つ子の魂百まで そして決着
「お前言わせておけば!」
田中が激昂した。根が単純なのはずっと変わらないらしい。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。ローキックを入れて転ばせていた田中だったが、フライの魔法で難なく立ち上がった。否、立ち上がったというより浮き上がったが正しいだろう。加齢により肉体が衰え、HPもMPも減耗しているとはいえ、腐っても聖人である。老練な魔法はいまだ健在だ。
「ライトニング、ライトニング、ホーリーライトニング!」
天空から次々と光の柱が降り落ちる。俺は2人のルカを再度霧の中に隠し、バニシングで柱の隙間をすり抜ける。田中は光の飽和攻撃を仕掛けているつもりだが、柱の太さには限度があるようだ。一番太いホーリーライトニングが直径10m程度であるが、ただのライトニングは直径1m程度だ。いちいち技名を唱えるので次に何が来るかの予測は容易だ。太い奴なんかは溜めがある。とても飽和攻撃と言えるものではない。俺は俯瞰で物を考え、互いに接する円の面積問題を解くような気分で安全地帯への移動を繰り返した。
「おいおい田中、ライトニングなら効かないよ。」
「『聖人様』を付けろよ、デコ助野郎!『ロック』」
田中の魔法によって見えない鎖に俺の身体は縛り付けられた。
「くそ!動けん!」
「お前、俺のアンロック知ってるだろ?解錠ができるのに施錠ができないはずないだろ?頭使えよ!」
田中は勝ち誇った顔をした。しかし田中がまばたきをした瞬間、俺の身体は自由になっていた。
「こんなんバニシングで簡単にぶち破れる。」
田中はそれを見て、諦めにも似た溜息をついた。
「お前は何でもありなんだな。」
そう言いながら身体が徐々に消えていった。ハイディングだ。ハイディングで身を隠し、大技の詠唱の隙をつかせない戦法だろう。しかし、ハイディングなどは俺のサーチングでバレバレだ。女神の使い走りを長年続けて、そんな単純な事すら忘れてしまったこと、いや、バニシング以外の俺の能力の事すら忘却してしまっていることに少し寂しさを感じた。
俺はキョロキョロ周りを見回し田中を探す振りをした。逆にわざと田中に丸見えの位置にあったライトニングで作られたクレーターの中に身を隠した。
「ハートブレイキング!」
詠唱が終わったようだ。通常では見えないであろう幽体の腕が何本も俺に向かってきた。この手で心臓を握り潰す即死魔法なのだろう。もちろんサーチングで察知することができる。偶然を装い、バニシングで複数のクレーター内を転々と移動する。腕はしつこく俺を追ってくる。ロックオンした相手に対してホーミング機能がついているのであろう。
しばらく追いかけっこを続け、もう十分だと感じた。
俺は追ってくる腕が胸に突き刺さる直前に叫んだ。
「バニシング」
腕は消え去った。と同時に俺は田中の後ろに瞬間移動した。
田中の殺し方は決めていた。ナイフだ。これが俺たちの基本だろ?かつて、お前は使えなかったが俺は使えたんだ。お前はゴブリンが苦手と言った。ゴブリンの様に首を掻っ切られるのはどんな気分だ?
「ザシュ!」
ナイフはこの国に落ちていたものを使った。長い期間研がれてもいないし、ところどころ錆も浮かんでいる。とても切れ味が良いものとは言えない。俺はナイフを田中の喉仏の右から首の後ろを斜めに貫通する形で力いっぱい突き刺した。
「ヒー、ル」
首を刺された田中は気道から漏れる空気を抑え、必死に治癒魔法を使い回復しようとした。
「クソっなんでだよ!ゴフッ!」
田中は盛大に血を吐いた。聖人としての矜持、治癒魔法には絶対の自信を持っているのであろう。それが、効果を発揮しない。蘇生魔法すら習得しているのに、この程度の身体の穴すら塞げない。田中にとっては理解できない状況だ。しかし俺には理由が分かっていた。
「治癒魔法が満足に使えないのはお前が既に女神に見放されているからだ。」
「女神様、め、が、み・・」
田中は腕を天に伸ばして息絶えた。その身体を支え、俺は片手で田中の瞼を閉じた。
「俺はお前の敗因を知っているぞ。暗殺の神に愛されていたのに反逆したからだ。事実、バニシングすらロクに使えない。女神に籠絡されたのがお前の最大の過ちだったんだ。」
俺は長い期間苦楽を共にした友だと、今でも思っている。しかし、田中にとっての俺との生活は長い長い異世界人生の中のほんの一瞬に過ぎなかったのだろう。時間というものはかくも残酷なのか。




