男子三日会わずんば刮目して見よ
「はぁ、はぁ、ここさえ抜ければ・・」
俺はエルフの隠れ里に至る霧の中にいた。
おそらく井上のものと思われる攻撃でカケル王国もリーセ聖王国も壊滅した。称号による井上の気配を察知した時点で全力で対処しておけば良かった。
「女神様に向こうの世界に転移させてさえもらってさえいれば・・。」
後悔は先に立たない。しかし、女神様は勇者竹下軍が壊滅してから発狂し、俺とも会ってくれなかった。竹下に命運を任せた時点で、もうどうしようもないことだったのだ。
女神様は大量の転生者を召喚した。召喚方法は概ね察しがつく。マサユキの例があるとしても、なりふり構っていられなかったのだろう。しかしこの策も後の先を取られた。転生者の軍編成直後、最初は雨の降り始めのように化外がポツポツと降ってきただけだったが、家やらビルやら化外やらがスコールの様に降ってきた。コンクリートの塊は転生者を巻き込んで、街を飲み込んだ。直後の魔王軍の総攻撃だ。化外を魔改造したと思しき異形の軍団が都市を蹂躙した。俺が介護職員をやっていた時の同僚のババアを彷彿させた。それが四足歩行で目を剥いて迫ってきた。転生初期から高レベルで質量爆撃に耐えきった転生者達もそいつらに食い殺された。リーセ聖王国玉座の間にいた俺は咄嗟に魔法陣を使って北辺に逃げたのだ。
「長老!聖人田中です!里に入れてください!」
俺は必死に呼びかけながら霧の中を歩いた。しかし、どうしても堂々巡りしているだけだ。いっこうに里にたどり着けない。
「なぜだ!俺は聖人なんだぞ!」
何度叫んだだろうか。しかし霧は何も応答をしてくれず、静寂だけが広がっていた。僅かな希望にすがり、何時間も彷徨っていたら霧の中から3つの人影が朧げながら浮かんできた。一つのシルエットは明らかに長老のものだった。
「長老!」
嬉しくなって、俺は駆け足で人影に近づいた。が、脚を止めずには居られなかった。長老の肌の色が薄黒い。隣にいるエルフもそうだ。そして何より、長老の右隣にはあの井上がいた。
「井上ぇー!貴様この世界をグチャグチャにしやがって!」
俺は逆上して杖を振り上げ魔法を放った!
「ライトニング!」
しかし次の瞬間、井上は俺の目の前にいた。そして呟いた。
「くだらねえよ、田中。俺たち、もう終わっちゃったんだよ。」
「バカヤロー!まだ始まっちゃいねぇよ!」
俺はそう叫びながら杖を目の前の井上に向けて振り上げた。が、井上のローキックで足元を掬われ、転倒した。そんな俺を見下しながら井上が語りかけた。
「お前、異世界に何年いたよ。既にヨボヨボの爺さんじゃんか。フィジカルでは俺には敵わないよ。」
「長老!井上は女神の敵だぞ!こいつをなんとかしろ!」
「できません。」
「長老、どうしちゃったんだよ!なんでだよ!」
俺は涙でしわくちゃになりながら懇願した。
「田中は変わってしまったからよ。」
「口調も、性格も、何よりダークエルフに成り下がったのは長老じゃないか!井上なんかに影響されやがって。」
「私は何も変わってないよ。変わったのはあなた。」
俺はその言葉を受け、人生を振り返ってみた。大半が異世界で過ごした生活だ。若くして聖人に祭り上げられ、この国のために働いてきた。その自覚があった。異世界に初めて来た時と比べれば当然変わっているだろう。スキルもレベルも、ましてや地位や名誉もまるで段違いだ。
「それは当たり前じゃないか!俺はこの世界に尽くして来たんだぞ!」
「それが霧を抜けられない理由です。」
長老ではなく、長老の隣に立っていたダークエルフから告げられた。この謎のエルフには全く見覚えがない。
「お前は誰なんだ。」
「私ですか?私はルカ。長老と井上の娘です。」
「ルカは長老の名前だろ?」
「エルフは代々母親の名前を引き継ぐんです。長年生きてきて、そんなことも知らないなんて滑稽ですね。」
「そんなことより井上だ!なぜ井上と長老の間に子供がいるんだ。」
井上が口を挟んだ。
「それは交尾したからに決まってるだろ。そういえばお前も親の方のルカとやったんだっけ?心が不純だったから子供は出来なかったんじゃないか?」
井上は続ける。
「美しい世界に憧れ、現実の糞尿に塗れた生活とのギャップから、より異世界に理想郷をみるようになった。それを何十年も続けて舞い上がって、とんだお花畑だな。心の不純さではお前には誰も勝てないよ。」




