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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第一部【比翼連理】
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17. 対話とは何と崇高なのだろうか

 専属冒険者。

 それは、お貴族様お抱えの荒くれ者を指す。

 というのも、貴族は身辺警護のために私兵を雇っている。

 その規模や練度は地位に比例して膨れ上がり、城塞都市ファルアーデの都市代表など軍隊と評される程だ。

 では何故、冒険者を懐に置いておかねばならないのか? 至極当然の理由ではあるのだが……冒険者の中には帝都に駐在している騎士を遥かに凌ぐ実力者が稀に存在するからだ。

 “黒鉄”級は言うに及ばず、“金”級や“白金”級には雑兵など歯牙にもかけない猛者がいるのだ。

 しかし、冒険者の大部分は反権勢力や、縛られたくないと思う者で占められている。

 等級が上がれば上がるほどにその傾向は顕著であり、私兵として雇用するのは至難の業だ。


 だからこそ、専属冒険者という制度が生まれたのも必然なのだろう。


 専属冒険者はその名の通り、雇用主に専属的な主従関係を締結する存在だ。

 基本的に依頼は雇用主から与えられるし、依頼の内容も依頼主によって千差万別。

 けれども、メリットは大きい。

 なにせ、雇用主が消滅しない限りは依頼が途切れることもないし、食いっぱぐれる心配も無用。

 永続的に冒険者として謳歌できる身分である。

 まあ、中には“黒鉄”級が専属冒険者になった例は存在しない。

 一度“黒鉄”級になりさえすれば基本依頼がなくなることはないし、そもそも“黒鉄”級は自由人が多い。

 …………ドーリアとかがいい例だ。

 閑話休題(それは一度置いといて)


 さて、ここで前代未聞の専属冒険者が生まれようとしている。

 なんと、新進気鋭の“銅”級冒険者を、何を血迷ったのか領主様自らスカウトしたのだ。

 ホロウが啞然として言葉を失っていることからも、如何にイレギュラーなのか分かるだろう。

 他の“銅”級冒険者にしてみれば垂涎の的だ。


 けれど──


「大変光栄なお話ですが、お断り致します」


 慇懃無礼に、アナスタシア=メアリという()()は明確に拒絶を示したのだ。


 冒険者にとっては専属的な主従関係は喉から手が出る代物だ。

 しかし、ボクたちは冒険者であって、冒険者ではない。

 あくまでも冒険者は手段に過ぎない。

 開業資金を調達するため、商業の中心であるフォルド領へと足を運ぶため、多々理由はあれど…………最終目標は商会の立ち上げにある。


 そして、アナスタシアは当初の目的を達成するにあたって、()()()()()()()()


「…………あなたは利口だと判断したわたしは、どうやら節穴のようですわね」


 嘆息したラインは優雅な動作を伴って喉を潤した。

 完全には空にせずに卓へ置き、間髪入れずにシャルロッタと呼ばれたメイドが紅に輝く液体を注ぐ。

 矢鱈に洗練された一連の動作は、目の前の女性が年不相応にも交渉のテーブルに上がり続けている証左に他ならない。

 交渉相手を見限るなんて経験は一度や二度ではないだろう。


 だからこそ、彼女の提示した好条件を吟味する素振りすら見せずに退けたアナスタシアへの興味を失った。


 彼女にしてみれば一介以下の木端に等しい冒険者が、何を思いあがったのか傲然と領主たる自身の提案を二つ返事でノーを突き付けられた。

 アナスタシアに対する心象は酷く汚れているはずだ。

 今すぐにでも退出を命令しようかと思考している姿が、ありありと見受けられる程には…………ライン=フォン=フィリアという女性はアナスタシアを()()()()()()()


「そうとは言い切れないかもしれませんよ?」


「……? わたしは手を差し伸べました。それにあなたは唾を吐いたのですわよ。感情的な判断をしないだけ幸運だと思って?」


 いかにも自身の判断一つで他人を支配できる、と心の底から信じ切っている言動だ。

 行動の端々に、言葉の隅々に。

 典型的な為政者の特徴を余すことなく網羅しているだろう彼女に対しての交渉とは。

 それでは、あまりにもアナスタシアに有利すぎやしないだろうか。


「専属冒険者の件は辞退させて頂きました。それは偏に、貴女と血みどろの闘争で関係を続けていきたいと、そう思わなかったためです」


「あなたは冒険者でしょう? でしたら、血と暴力を対価にする契約は好都合ではなくて?」


「ええ、わたくしたちが、冒険者であれば……ですが」


「……………………何が言いたいのかしら」


 迂遠で、核心を避けるように話すアナスタシア。

 もどかしさすら感じる話術に、ややおっとりとした口調、敢えて短く情報を与えない文脈。

 その全てが、まるで蜘蛛の巣のようにラインを絡めとる。

 網にかかった獲物の足を一本一本()()ように、神経を徐々に犯していくように。

 アナスタシアの俎上に載せられた時点で、ラインに勝算などなかった。

 結果として、ラインは問いかけることとなる。

 同時に、それはアナスタシアとラインの力関係を克明に際立たせることとなる。

 そう、一方的に話を展開する立場から、問いを投げかける詰問者の立場に。


「わたくしは商会を立ち上げました。領主様、貴女にはわたくしたちと契約を結んで頂きたいのです」


 スッと、卓上に差し出された文書は長時間の拘束と引き換えに手に入れた、新しい商会の承認書だ。

 成程、これも一つの闘争だ。

 情報と言葉を用いてなされる服従の儀式だ。

 アナスタシアの繰り出した一撃は見事にラインの関心を惹いたのだろう、目を丸くして食い気味に書類へ目を通している。


「わたくしはラヴェンナ商会の代表として、フォルド領領主ライン=フォン=フィリア様に提案致します。わたくしたちを雇ってはみませんか?」








 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 沈黙が一室を支配した。

 数秒か、数分か。

 どちらにせよ、趨勢が喫したと錯覚させる程度には明瞭な静寂だった。

 アナスタシアの()()()()()は彼女の巧妙な話術によって、最大のインパクトと共に爪痕を残した。

 その結果として、ラインは二の言を告げずにいる。

 詰まる所、彼女は予想だにしない一手に狼狽して、多大なる隙を晒したこととなる。

 それは、アナスタシアとラインの力関係を示すと同義だ。

 想像を絶する謝礼を受け取っても、破格の身分を提示されても毅然として意見を通した末に、自身の思い通りに盤上を操作したアナスタシア。

 片や、拒絶されるとは思ってもみなく大人げなく不貞腐れて、たった一つの行動で身動きの取れなくなったライン。


「すぐに、とは言いません。領主様も一存で断行の可能な権限は限られているでしょうから」


 恭しい言葉で着飾っているものの、その実、却ってアナスタシアに敬意はない。

 あくまでも交渉相手というだけだ。

 彼女の助け舟だって、純粋な疑問などではない。

 カルメルに領主の名を出されて正面から乗り込むのだと決断した時には、【運命識士(リードスペクター)】を用いてラインについて仔細漏らさず閲覧した。

 領主の持ち得る権限はフォルド領にあって絶大で、たかが新興の商会と契約を結ぶにあたって障害などないに等しい


 ラインは微動だにせず一心不乱に書類へと目を走らせている。

 何十枚という単位ではない。

 二枚程の紙にアナスタシアの商会に関する概要が羅列されているだけだ。

 なまじフォルド領の領主がゆえに、商会系統の書類には目を通す機会に恵まれている。

 たかが二枚にかける時間ではない。

 つまりは、幾度となく同様の文章を読み、それでも尚、現実を受け入れられないのだろう。


 まさか、()()()()()()()商人がいるなどと。


「口だけならば如何様にも叩けます。ですが、わたくしは確固たる意志の下で、行動を起こします」


 フォルド領の今代領主は奇特。

 それがラインに対する世評だ。

 求心力を失わない所以は、ただひたすらに彼女が優秀であるだけ。

 フォルド領における優秀とは商人としての利害調整を可能にできて、尚且つ、商人特有の思考をトレースする点にある。

 さて、そんな商人の鏡のような彼女が、何故に奇特なのか。


 この世界の序列は明確──エルシニア人やフフェス人といった被差別人種があって、無産市民と化した臣民がいる──その上で、ラインは()()()()を領主就任と共に声高々に謳ったのだ。


 それから二年間に渡って、彼女はひたむきに奴隷解放に向けて活動してきた。

 ただの偽善者アピールなどではない。

 そもそも投票なんて制度もなく、世襲で領主の地位が保証されていて…………まさか好き好んで反権運動など奇怪な思想ではないと不可能だ。

 事実、彼女は解放思想の下で奴隷商人であるエルガス一派を捕縛して、奴隷を救済したボクたちを直々に呼び出した。

 挙句の果てには莫大な謝礼まで用意して、だ。

 この間、ラインには一切の利益がないにも関わらず。


 偶然にも、ラインの招待事由が、そっくりそのままアナスタシアの言葉を裏付ける真実となった。


「領主様、その書類には欠缺がございます」


「……っ、それは…………?」


「わたくしの事業は奴隷身分から解放するだけ、なんて陳腐な結果に終始しません」


 思わずといった形で反駁したラインに向かって、アナスタシアは酷く悪し様に罵る。

 二年間、一領地を動かし得る立場にあって……結局、彼女の起こした行動は軽微以前の問題であったと。

 アナスタシアはラインの必死の二年間を陳腐をこき下ろして、悪罵したのだ。


 己ならば奴隷制度そのものを瓦礫させるだろう、と突き付けたのだ。


「あなた、わたしの協力が必要なのでしょう……?」


「わたくしの提案に賛同も、不承諾も、あまつさえ折衷案すら口にできない相手など…………手を組む必要性はありますか?」


 ぐうの音もでない姿とは、何とも、見ていて気持のいいものではないな。

 彼女の纏う空気そのものが剣吞になる様、目に見えて不機嫌を通り超えて行く様相。

 日常から机に向かうだけではない、鋭利な殺気が応接間に充満する錯覚がする。

 成程、“銅”級とはいえ、冒険者の前に平然と姿を現すなんて、随分と迂闊だと思ったが…………ラインは十分に強い。

楽園(エデン)鍛錬(トレーニング)も長いからか、ボクも殺気だけで実力を測れるようになった。


 ラインは強いが…………ホロウほどではない。


 ゾクリ? ヒヤリ? そんな肌寒いなんて一言では終わらない。

 脊椎が生存を諦める感覚。

 そもそも同じ生命体とは思わせない、圧倒的強者の纏う絶対の殺意。


「さあ、領主様。ご決断ください。勿論、断られたからといって……実力行使なんて幼稚で稚拙な方法は使いませんから、ご安心ください。要求が通らないから暴力で服従させる様は酷く滑稽でしょうからね」


 寸鉄人を刺す皮肉屋。

 アナスタシアを端的に表すと……お世辞にも前向きな表現はできない。

 到底受容できない情報量を背負わせて、看過できない罵倒をもって正常な判断能力を簒奪する。

 如何に彼女が有能で敏腕な商人であるかは、生憎と畑違いのボクには理解できない。

 だが、今目の前にしてみて、ようやく合点がいった。

 グラード商会一強の世界で、有象無象の商会の犇めく中で……新進気鋭のスウィツァー商会を確立させられた理由に。


 彼女は【権能】をすら使用せずに、相手の思考を停滞させる()()()に半ば本能的に付け込まれるのだ。

 手腕として収斂させるとあら不思議。

 人を掌で躍らせる腹黒商人の誕生だ。


 ──だが、悲しいかな。


 それだけでは御すことのできる相手と、そうでない人間がいる。

 商人相手であれば、アナスタシアは一気呵成の勢いで陥落させられるだろう。

 実際に、スウィツァー商会を成長させたり、ライン相手にあと一歩のところまで追い込んでいる。

 合理と利害だけでラインのような倒錯者を()()()にさせている。


 だから、ボクの存在はきっと禁じ手なのだろう。


 ボクには商人としての矜持も、領主としての外面もない。

 考慮すべきは命にすら代えがたい人たちだけ。

 ならば、ボクは何にだってなれる。


「ライン、ボクは()()を変える」


 ただ一言でいい。

 迷える子羊を導くには、葛藤の狭間で喘ぐ迷い人を望みの方向へと誘導するには。


 ボクの言葉に噓はない。

 世界を変えるなんて売り文句を、ボクは本気で叶えようとしている。

 だからこそ、そこに介在する熱量は寸分違わず伝わるだろうさ。

 本来、このような交渉の場で代表以外の者が発言することは、前代未聞の珍事だ。

 だが、ラインという人間はそういった行動──つまりは、型破りで常識外れの行動にこそ目を奪われる性分なのだ。


 たかが数時間の会談と、数分の閲読だけで事足りる。

 彼女は箱入り娘に相違ない。

 生まれた時から領主の椅子が約束されていて、なまじっか商人としての技能を持ち合わせ、手腕についても文句なし。

 しかして、フォルド領から一歩たりとも外に出たことはなく、奴隷解放を宣言するものの帝国の基盤そのものを脅かそうとは思ってもみない。

 商人である自負か、はたまた理想を口に出すことで己を慰めるだけの青二才か。

 どちらにせよ、ラインは不十分だ。


 けれども、その()()だけは本物である。


運命識士(リードスペクター)】曰く、ボクの一言がなければ交渉は決裂していたらしい。

 アナスタシアの切り口は見事だったが、あと一押しが足りなかった。

 彼女の、沸々と滾っていた熱情に一滴の油を注ぐ、一手が。


「……………………いいでしょう、アナスタシア代表。わたしはフォルド領領主の名のもとに、あなたたちラヴェンナ商会を雇用しますわ」


 操り人形(マリオネット)ではない。

 彼女は彼女自身の決断でボクたちと手を組んだ。

 そう思えるように先導した。

 心は痛まない。

 どの道、ラインの協力は必須だったのだから。

 ならば、互いに憂いのない関係の方がマシだ。


 アナスタシアとラインの握手を眺めながら、ようやく振り出しに辿り着いたのだと……ボクは人知れず安堵の溜息を吐いた。

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