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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第五部【東の焔友】
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85. 宵闇に紛れて

 満月の夜。

 とても風情があってテラスに座ってお茶でもしたい気分だ。

 ラミちゃんが淹れてくれた紅茶とお菓子をみんなで囲んで、他愛のないお話をしてゆっくり過ごしたい。

 作戦のためにファルガー領へ行ってたホロウちゃんも帰ってきて、ようやく一息つけると思ってたのに。


「……あれかぁ。確かに要塞って感じだね」


 呆れというか、感服というか。

 溜息を吐いたマルタちゃんの格好は街にお買い物に行くみたいで、とっても素敵だ。

 ただ、腰に佩いた細剣(レイピア)がなければ。

 鬱蒼とした密林のなかで、あたしたちはピリピリとした空気に包まれている。

 アナスタシアちゃんとホロウちゃんは援軍の人たちと作戦の最終確認をしているから、ここにはいない。

 “ゾディアック星団”っていう大きくて、勢いのあるグループなんだって。

 正直、あたしは“龍人”だから奴隷とか、差別とか聞いてもあまり合点がいかない。

 確かに、大人たちから嫌という程に歴史は聞かされてきた。

 けど、それが偏見と先入観に満ちた早とちりだって、あたしは知ってる。

 邑の大人たちが毛嫌いする人間は、勿論、最低な人も殴ってやりたい人もいる。

 その代わりといっては変だけど、ぎゅっと抱きしめて、大好きだって伝えたくなる人もいる。

 どこだって同じなんだ。

 小さな邑から飛び出して、自分の無知を叩きつけられて。ようやく、あたしは真っ当な“龍人”になれたんだと思う。


 それにしても……アリーちゃんが団長さんかぁ。


 小っちゃくて自信なさげだったアリーちゃんが、今や数千人のリーダーなんて。


「今度会ったらいっぱいお話したいなぁ~」


「…………テリアはきらく?」


「ん~? ヨークちゃんは緊張してるの~?」


 白色のショートブーツに、臙脂色のスカート、黒のサスペンダーが白色のセーターを強調してる。

 ふわふわもこもこしたヨークちゃんは、変化のない表情が硬く、真剣な面持ちになっている。

 肩に力が入って、眉根が寄って、ほんの僅かに可愛いお顔が険しくなって。


 ロムルスくんと強い魔獣を討伐したって話に気を取られがちだけど、ヨークちゃんはまだまだ怖がりなんだ。


 ()()? もしかして、あたしは早く慣れてほしいって…………そう思ったの?

 命の取り合い、生と死が混在するこの世の地獄に。


「私、足を引っ張っちゃう……」


 伏せられた瞳が、寂しげに揺れる小さな身体が、弱々しく震える言葉が。

 心細く、それでもみんなのために必死に勇気を奮い立たせている姿が。

 健気で、律儀で。

 とっても、とぉ~っても可愛いくて。


「そんなこと思っちゃだめよぉ~。ヨークちゃんがいるから、みぃ~んな心強いんだからぁ」


 純粋な彼女に、あたしは戦士の心構えを説こうとしていた。

 悪い癖だ。

 ずっと、力を渇望していたり、殺し合いが日常になってたりする()()()といたから。

 あたしも頑張らなきゃって思ってたけど。

 ヨークちゃんは違うんだ。


 “オドラの邑”では守り人が最も偉大で、尊敬される人たちだった。

 誰にも負けない力で、圧倒的な存在感を示して。

 同胞を救い、仲間を導き、恐怖を打ち払う。

 だから自然と、邑の子どもたちは力を希求することとなる。

 あたしだって例外じゃない。

 周りの空気や視線を読んでばかりのあたしだけど、単純に、みんなに頼られる守り人がかっこいいと思えたから。

 幸いにも、あたしには才能があった。

 邑の子どもたち、大人だって時には打ち負かすのが邑の希望たるあたし(テリア)だった。


「ナーサリーちゃんも~、気負わなくていいんだよぉ~」


「それはできない相談だわっ! あたくしは強いものっ! みんなを絶対に守ってみせるわっ!」


 元気げんき。

 膝まで覆う白のロングブーツに、フリルのついたクリームイエローのドレス。

 動くとちらりと健康的な太股の覗く、ふんわりとしたスカート。

 二の腕から手先まで、白く細い腕が彼女の可憐さと奔放さを表しているようだ。

 まるで良家の天真爛漫な少女のようで微笑ましい。


 片手で軽々と振り回す戦斧だけが異質だけど。


「いつかは絶対にテリアさんを超えてみせるわっ!」


「へぇ~。それは楽しみだなぁ~」


「テリアほんきでおもってる?」


「もしかして無理だと言いたいのねっ! 今に見てなさい、あたくしは強いんだからっ!」


 無理だとは思っていない。

 果てしなく遠い、夢物語だとは思ってるけど。


 ナーサリーちゃんは強い。

 自画自賛でもなく、過大評価でもない。

楽園(エデン)】で修業していないのに、惚れ惚れするくらいに潜在能力(ポテンシャル)が高さが分かる。

 持ち前の身体能力や技術、天性の勘だけで“金”級冒険者には勝てると見て間違いない。

 けれど、人間と“龍人”の隔たりは想像よりも遥かに大きい。

楽園(エデン)鍛錬(トレーニング)の有無で多少、あたしに分があるといっても。

 ナーサリーちゃんが【権能】を使って全力で挑んできても、あたしは“龍気”を使わずに完封できる。

 肉体構造や代謝、効率とか色々。

 生まれた時から優劣の決まる残酷な世界。

 それが戦士や守り人の世界なんだ。


「ナーサリーはロムルスに憧れてる。だから、もえてる」


「当然よっ! いつかはあの人にも認めてもらうの!」


 そうか。

 ナーサリーちゃんはロムルスくんを目指してるんだ。

 凄いことだと思う。

 あたしなら途中で絶望しちゃうから。


 “龍人”と人間の隔絶(ハンディ)を覆したのは三人。

 あたしと一緒の“龍気”を使えるホロウちゃんと、汎用性の高い【権能】と洞察力で何から何まで封じられるアナスタシアちゃん。

 そして、もう意味わかんないくらい強くて、強いロムルスくん。

 ホロウちゃんとアナスタシアちゃんが努力をしていない……そんなこと口が裂けても言えない。

 けど、二人には先天的な力がある。

 “龍気”と【権能】を同時に使えるホロウちゃん。

【権能】を意のままに操るだけじゃなくてカリスマみたいな才能を持つアナスタシアちゃん。

 けど、ロムルスくんは違う。

 勿論、【権能】はとんでもないし、順当に扱える技術には脱帽する。

 知恵者としては申し分ないロムルスくんだけど、戦士としては取り柄がない。

 “未来”を視る【権能】は戦場では意味を成さないから。

 …………そんな下馬評を、彼はあっさり覆した。


 昔、三人でよくお話した。

 共通の認識であって、確固たる結論。

 彼の執念は、努力は、正に怪物に相応しいって。

 特に、彼がまだ【権能】を使いこなせていなかった頃を知っている二人は、ロムルスくんへの畏敬が大きい。


 マルタちゃんやヨークちゃん、ナーサリーちゃんにとっては。

 ロムルスくんはずっと雲の上の人みたいに思えるんだ。

 だから、憧れてしまう。


 だけど、彼は誰よりも身近にいる。


 だから、追いつけると思ってしまう。


 だけど、いつか気付いてしまう。


 オリバー=ロムルスという怪物であり、みんなの英雄が。

 如何に常軌を逸しているかを。







 ❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐






 帰ってきたのだと、反吐が出そうな感想を抱いてしまった。

 最早、私にとっての故郷は薄れつつあるロンディーンの街並みやお屋敷ではなく。

 暴力と悪罵と、あらん限りの絶望と悪意を煮詰めたような地獄になってしまった。

 半生を牢屋の中で過ごした。

 記憶にあるのは一天の曇りのない苦痛だけ。

 反抗したら叩かれる。

 文句を言ったら打たれる。

 痛みに絶叫したら遥かに壮絶な痛みを与えられる。

 思い出したくもないし、残しておきたくもない思い出だ。


 けれど、底なしの恐怖と積み上げられた痛み、酷く汚れた恨みが今の私を作っている。


 ある人が言ってくれた。

 私は生まれつき“霊力”が人より多くて、質も高いって。

 だから、今際の際で命を繋げたのだと。


 両親の顔は霞がかかったように曖昧だけど、最後にどんな会話をしたのか覚えていないけど。

 お母様には感謝したい。丈夫な身体に生んでくれて、頑丈な肉体に育ててくれて。

 おかげで。

 私は復讐を果たせる。

 同じように、地獄で涙を流すことさえ出来ない不幸を強制される子たちを救える。


「さて、マリア。準備はいいかしら?」


 山道にはそぐわない白のヒール、スリットの入ったスカートから覗く魅惑的な脚が俯いていた私の視界に飛び込んでくる。

 頭上からかけられる声は蠱惑的で、いつまでも聞いていたい衝動にかられてしまう。

 咄嗟に顔を上げると、神話や童話の世界にしか存在しないような、気後れしそうな端正な顔があった。

 身体のラインを強調するようなドレスからは、彼女の隠し切れない豊満な肉体美をこれでもかと示していて。

 同性の私ですら、気を抜くと頬を染めてしまいそうになる。


「……、はい。問題ありません」


「そう。貴女の情報のおかげでスムーズに事が進められるわ」


「お役に立ててなによりです」


 本心だ。

 絶世の麗人。

 私の命を助けて、あまつさえ前人未到の義肢をくださった大恩人。

 アナスタシアさん。

 彼女のためなら地の底でもお供できる。

 そう思わせる言外の魅力に、アナスタシアさんの力になれていると分かって、胸が高鳴る。


 つい先ほどの最終確認でも、初対面のはずの援軍の人たちを有無を言わせずに従わせていた。

 指揮系統の異なる組織を二つも統制できる手腕に、皆は敬愛と恭敬の名の下に従う。


 目に見える暴威と力に任せた支配とは異なる。

 正に、理想の君主と言える。


「マリア。言い忘れていたわ」


「……? 何でしょうか?」


 振り返る仕草までが完璧で、思わず言葉に詰まったのは内緒だ。


「多少、場違いかもしれないけれど。似合っているわ。とても可愛らしいわよ」


 自然な動作でウィンクまでしたアナスタシアさんは、何事もなかったかのように去っていった。

 だが、残された身にもなってほしい。

 え、かわいい? あのアナスタシアさんにかわいいと褒められた?

 出発前にテリアさんが急いで買ってきてくれて、カレンさんとラミさんに合わせてもらった格好。

 赤茶色のショートブーツに栗色のワンピース、そして、茜色のカーディガン。


 これから奇襲を仕掛けて帝国の一大組織を潰すとはまるで思えない。

 ふと市場へ買い物に出かけるような、気軽で穏やかな雰囲気すら感じる。


 勿論、私に限らず。


 アウグリュニーのお屋敷から出発したみんなの服装は、誰もが目を惹かれる程に可憐で佳麗なものだ。


 儚く美しいマルタさん、健気で溌剌な印象を受けるヨークさんやナーサリーさん。

 各々が持つ細剣(レイピア)や戦斧だけが、戦場の匂いを醸し出している。


「おい、小娘」


「は……っはい!?」


「驚きすぎだ。程度を知れ」


「ご……、ごめんなさい……」


 これって私が悪いの? とは口が裂けても言えない。

 漆黒の装束に、黒の外套、影と同化したような姿をした少女。

 常に悄然とした彼女だが、より鋭く感じる。抜き身の刃が、研いで名剣に変貌したような。

 突然声をかけられて驚くなという方が無理があるのではないか。


「貴様、手筈は分かっているな」


「はい、勿論です」


「そうか。ならいい。脱力しておけ。貴様一人が力んだところで大局はそう変わらん」


 ぶっきらぼうな物言いで、にこりともせずに音もなく消えた。

 自分の言いたいことだけ一方的に話して、返答など端から期待していない風に。


 けれど、私は知っている。


 これが、彼女なりの優しさであることを。


 まるで夢のような感覚だったが、確かに覚えている。

 途轍もない速度で、私を抱えて移動するホロウさんのことを。

 壊れ物を扱うようにそっと優しく抱きかかえて、一秒でも速く走っていた。

 肌を通して感じる温もりが、火種となって燻っている。


 それに、彼女の言説に嘘偽りはない。


 テリアさんが言っていた。

 断言していたといってもいい。

 ホロウさんはとっても強いって。

 だから、安心できる。

 当のテリアさんは髪色と同じような薄桃色のセーターに、デニムのショートパンツ、白色のショートブーツと活発な少女を彷彿とさせる。

 ひりひりとした空気ではなく、緊張を解してくれるような暖かな雰囲気を纏う彼女は今も談笑に華を咲かせている。

 決戦前夜どころか突入直前であるにも関わらず、非常に和んでいる。


「みんな、いいかしら?」


 怜悧な声が響いた。

 たった一声で耳目を集め、意識を集中させる。

 彼女だからこそ成せる業だ。


「定刻よ。作戦は覚えているわね?」


「もっちろぉ~ん。悪者を倒すんでしょ~?」


「その通りよ。救出が最優先だけれど」


「わかってるわっ! あたくしに任せて頂戴っ!」


「たよりにしてる。がんばろ、ナーサリー」


「うんうん。お姉さん心強いなぁ」


 不思議な人たちだ。

 緊張感を失っている訳ではない。

 しかして、油断している素振りもない。

 手慣れている。

 卓越した経験値が安堵を覚えさせるのだろうか。

 自分のことで精一杯になっている私が恥ずかしく、惨めに思える。

 周りに気を配り、強張りを解く。

 一朝一夕で出来る技じゃない。


 強固な連帯が、明確な指揮が、圧倒的な信頼関係が。


 みんなを纏め上げている。


「問題なさそうね。今回の作戦は不確定要素が多い。けれど、わたくしたちなら覆せる。根拠のない自信ではなく、確固たる自負よ。それは……皆、同じだとおもうわ」


 伝播して伝わるのは言葉だけではない。

 アナスタシアさんの持つ情熱が、根源から溢れる確信が。

 燻っている小さな灯を、篝火のように巨大な炎へと昇華させる。

 沸々と湧き上がるのは暴れ狂う原動力。

 無限のエネルギーとなって、不可能を可能でさえ、できてしまう。


「幸運を。誰一人欠けることなく、再び会いましょう」


 アナスタシアさんの言葉を引き金に。

 十数人にも及ばない小さな襲撃者たちの心が一つとなった気がした。


 誰もが自分の役割を果たさんと動き出そうとした刹那。

 矢庭に膨大で、暴発したような“霊力”の波動を感じて。

 反射的に発生源へと目を向けると。


 そこには、漆黒に塗りつぶされた廃城があった。

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