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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第五部【東の焔友】
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83. 誰が穴を埋める?

 窓から見上げる空には星々が輝いている。

 我が物顔でわたくしたちを睥睨する満月は、風情に溢れすぎて却って恐怖を感じてしまう。

 皆の視線は期待と不安が混在し、続くわたくしの言葉を心待ちにしている。

 居心地が悪いとは言わない。何度も壇上で言葉を尽くしてきた過去が、そっくりそのまま糧となっているから。


「さて。作戦を伝えましょうか」


 引き締まった空気は伝播し、弛緩していた雰囲気を刹那に一変させた。


 定位置となった黒板の前で、わたくしは一同を眺める。

 コの字型のソファにはヨークとナーサリー、マルタとマリアが座り記された西側領土の地図を凝視している。

 平素ならば真っ先にホロウが座っているはずだが、彼女は腕を組み窓に寄りかかって俯瞰している。

 その理由は容易にわかる。テリアがいないのだ。

 正確には眠っているだけだが。

 仏頂面に幾許かの寂寞感を宿している様相からも、一歩退いている理由にもなり得よう。


「マリアの情報と、アリーから受け取ったロンディーン領近辺の情勢からわたくしたちの敵となり得る相手は判明したわ」


 重苦しい空気にも納得できる。

 黒板にでかでかと踊っている文字。その意味を分からない者はいない。


「敵は“渓谷からの呼び声(メルアト)”の幹部組織、フォルラシア。帝国一の勢力を誇る一大組織よ」


 “渓谷からの呼び声(メルアト)”の名はわたくしにとっても馴染み深いものだ。

 城塞都市ドルからの逃亡中に馬車ごと捕縛されたのも“渓谷からの呼び声(メルアト)”の幹部組織であったために。

 帝国の奴隷売買を統べる組織こそ“渓谷からの呼び声(メルアト)”。

 他には“縦横(じゅうおう)”や“ガジェーラ密団”が帝国内に点在しているが、奴隷売買という一点を見れば“渓谷からの呼び声(メルアト)”が独占状態にある。

 東西領土の裏世界で暗躍する彼らは不干渉不介入(アンタッチャブル)の代名詞。

 皇帝の懐刀と称されるグラード商会……延いてはオルウェルですら滅多には関わらない厄介な相手だ。


 とはいえ、その勢力は健在かと問われると、一概に肯定はできない。

 “渓谷からの呼び声(メルアト)”には累計五つの幹部組織が存在する。

 各地に整備された経路を順に辿り値を付ける連中は、しかして、つい最近になって均衡を保っていた一角が崩れたのだ。

 わたくしたちがリヴァチェスターで壊滅させた勢力こそ、“渓谷からの呼び声(メルアト)”幹部の中でも二番目に巨大な勢力を維持していた組織だったのだ。


 一枚岩に見える“渓谷からの呼び声(メルアト)”だが、内部の結束は固いとは言い難い。

 組織が巨大になればなるほど脆弱性が露見する例に漏れず、彼らも常に権力闘争に明け暮れている。

 腐っても商会である“渓谷からの呼び声(メルアト)”の権力とは即ち、利益だ。

 多大な利益を出そうとすれば版図と広げるのが一番。

 つまり、最も広大で強大な機構こそ“渓谷からの呼び声(メルアト)”で最たる力を保有すると考えていい。


「フォルラシアは壊滅したグループの航路や商品、労働力の八割を吸収した。今や“渓谷からの呼び声(メルアト)”の七割がフォルラシアにある」


「…………つまり、実質的には“渓谷からの呼び声(メルアト)”との全面戦争ってこと?」


「ええ、その認識で構わないわ」


 マルタの言葉、そして、わたくしの肯定によって事実が重く圧し掛かる。

 帝国全土を支配する組織に宣戦布告をする。

 それも、この場にいるたった六人だけで。

 百人力……いいや、一国分の実力を持つロムルスや、対多人数戦に秀でたアヤメの助力も見込めない。

 戦力差は明白に過ぎる。


「アナスタシア。貴様、何か策があるのか?」


 疑問を呈した形だが、ホロウの琥珀色の瞳は確信を抱いているようだ。

 彼女の天性の直感には敬服する。

 表情を動かしたつもりはないのだけれど……見事に看破されてしまった。


「策は勿論あるわ。けれど、前提を違えてはいけないわ」


「前提……? “渓谷からの呼び声(メルアト)”とかいうのをぶっ潰せばいいのでしょう?」


「ナーサリー、淑女(レディ)にあるまじきはつげん。注意して」


「そうね……口が滑ってしまったわ。つまり、外道を掃討すればいいのねっ!」


「それもちょっと……ホロウちゃんみたいだね」


「おい、吾を貶すのか。妖精風情が」


「妖精っ!? それってわたしのこと……?」


「お花のようせいっていみ?」


「あら、とっても可愛らしいじゃない。あたしも使おうかしら」


「たはは……妖精はちょっと。遠慮しようかな…………」


 …………ロムルス。貴方の影響力には戦慄するわ。

 まるで貴方が何人もいるみたい。

 ほんの些細な軽口から大きく脱線してしまう。

 会議の体面は一瞬で剥ぎ取られて、和気藹々とした食卓に変容してしまう。


 息の詰まるような時間だけでは集中力も続かない。


 適度な息抜きは必要だ。

 無論、本題に戻せるだけの進行が条件になるが。


「そろそろいいかしら?」


 声音は低く。かといって、絶対零度ではなく。

 怒気を少量、呆れを多量。

 意識をわたくしへと向けさせるために、表情から雰囲気まで作り変える。

 ロムルスならば発言一つで万人を傾聴させられる。

 けれど、わたくしには不可能だ。


 故に、多少強引でないといけない。


「“渓谷からの呼び声(メルアト)”の本拠地は“ゴ・ジェーン渓谷”。けれど、中継地点として一度駐在する場所があるの」


悪因叛逆(マリス・リフレクター)】で生み出した指示棒をもって、ロンディーン領首都ディナムから南東を指し占めす。

 アリー曰く、ディナムからほど南東部は見通しも悪く、現代では使われていない街道が通っているという。

 “ゾディアック星団”の情報網、特に奴隷売買に関する情報の鮮度は目を見張るものがある。


「ここに一度、()()が集められる」


「…………成程。だからアナスタシアは五分と目算したのか」


 合点がいった様子で頷くホロウは相変わらず理解力の塊だ。

 ロムルスの悪巧みの域を逸した作戦の答えにすら一早く辿り着くのだから、目覚ましい。


「え? なに、どういうことなの?」


「ふん。騒音娘には難しかったか?」


「……っ!? それってあたしのことっ!?」


「ナーサリーすてい。ホロウはいつもあんな感じ。なれて」


 まるで怒り心頭の狂犬のようなナーサリーだが、ヨークが宥めるとすごすごと腰を下ろした。

 当のホロウは端から興味がないと言わんばかりに視線すら向けない。

 純粋すぎるきらいのあるナーサリーとホロウは水と油だろう。

 ヨークやマルタといった衝撃緩衝材がなければすぐに衝突してしまう。


「ホロウなりの照れ隠しよ。吞み込んで頂戴」


「おいアナスタシア。それは勘ちが──」


「敵の人数は大凡二百人余りよ。その内、御者やただの商人を除けば……純戦闘員は百人にも満たないわ」


「百? 楽勝じゃない」


 マルタが信じられないという風にナーサリーを凝視した。

 遅れてヨークとマリアが彼女の顔を二度見する。

 三人の視線が集中していることに気が付いたのだろう、本心からの疑問を張り付けたナーサリーが皆を見返す。

 まるで喜劇のようなやり取りだ。


「騒音娘。貴様、何を思って善戦できると判断した」


「だって、あたしがいるのよ? 何か問題があって?」


 ナーサリーは口籠ることもなく、事もなげに断言した。

 圧倒的な自負には開いた口が塞がらない。


「その自信満々な顔……どこかで見たことあるかも」


「奇遇ね、マルタ。わたくしもよ」


 尚もきょとんと首を傾げるマリアは気付いていないのだろう。

 この場で根拠もなく、ただ己を理由として「問題ない」と言い切る重さに。

 幾重にも連なる“未来”を見通して突拍子もない行動を正当化してきた彼と瓜二つの発言に。


 ホロウ曰く、ファルガー領ではナーサリーを救ったのはロムルスとアヤメの二人だという。

 特にナーサリーはロムルスと言葉を交わし、前に進む勇気を、“未来”を生きる活力を貰ったのだと宝物のように語ったらしい。

 そこには憧憬があった。

 畏怖でも、敬服でもない。


 ナーサリーは誰もが志し、最後には無惨にも折られてしまう彼の背中を追っているのだ。


「ナーサリー。貴女の助力はとても心強いわ」


「そうでしょう? あたしはロムルス様に約束したもの。もう、誰の“未来”も奪わせないって」


 彼女の瞳には力がある。

 その異名に違うことのない絶対の雷鳴を彷彿とさせる力が。

 純粋で、彼我の道程を正しく認識できない。如何に凡夫が逆立ちしようが、歯向かおうが、決して覆すことのできない隔絶を見過ごしてしまっている。


 大人げないかもしれない。


 優しく諭すべきだ。


「そう。なら、わたくしの作戦にぴったりだわ」


 けれど、わたくしの奥底に眠る仄かな敵愾心が、理性の静止を振り切ってしまう。


 彼を追いかけるのでもなく、追い縋るのでもない。

 それではロムルスはずっと孤独だ。

 仲間も、部下も、協力者もいる。

 彼を慕い、敬い、従う者は多くいる。


 だが、彼を理解できる者は誰一人としていない。


 孤高と言えば聞こえはいい。

 されど、それは。

 ありとあらゆる人間が、()()()()()()()()と迫害し、突き放しているのと同義だ。


 だから、せめて。わたくしだけは、彼の隣で──


「話が脱線したわね。さあ、詳しい作戦を話し合いましょう」


 やめろ。

 考えるな。

 ちっぽけなプライドに耳を貸すな。

 彼なら些事にかまけて核心を疎かになんてしない。


 ロムルスは、いない。

 ならば、彼が帰還した時に朗報を伝えられるように。


 彼を安堵させるために。

 彼を、孤独にしないように。


 わたくしは、全霊を尽くさねばならないんだ。







 ❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐







 まるで夢のようだ。

 つい昨日までは暗澹として、息苦しい箱の中で死を待つだけだったのに。

 口腔にはまだ先の味が残っている。

 純白のドレスを着た彫刻のように鮮烈で優美な、金髪の女性がとても緻密で繊細な作戦をものの数秒で立てたかと思えば。

 まるで見計らったように二人の可愛らしいメイドが食事を運んできた。


 頬が溶けてなくなりそうな絶品の夕食に、食後のデザートまで。

 あまりにも色鮮やかで卒倒しそうだった。


「ほんと……なんて良い夢なんでしょう」


 一番信じられないのは、()()が現実だということ。


 ふかふかのベッドから立ち上がると、とても一室とは思えない広さの部屋が一望できる。

 ヨークさんのお隣、ナーサリーさんの正面の部屋に案内してもらったけど…………本当に自由に使っていいのか判断がつかない。

 最も古い記憶を辿っても、お父様の執務室よりも圧倒的に広い。

 領主の仕事部屋よりも広い部屋をぽんと手渡せるあの綺麗な人(アナスタシア)は一体何者なのだろうか? ナーサリーさんがこっそり教えてくれた所によると、この街の支配者(クイーン)らしいけど。

 冗談だとすれば納得感しかなくて軽口に聞こえない。

 カリスマも、オーラも、口調、仕草、容姿。何を取っても恐ろしく支配者に向いている。

 少なくとも、無様に奴隷として拉致された私なんかより、よっぽど。


「…………どうやって返せばいいのでしょうか」


 何を? 大恩を。

 アナスタシアさんには一生をかけても贖いきれない恩をもらった。

 命を救ってもらっただけじゃない。

 本来ならば私は立ち上がりも、両手で物を持てる身体ではなかった。けど、特別な技師の方を招致してくださって。

 私の認識が追いつく前に全て収まるところに収まった。


 加えて、私の我儘まで聞いてもらった。


 今の私はさしたる取り柄もなく、無一文同然。


 辛うじてトリエステ家の血縁だと信じてはもらえた。しかし、風の噂によるとお父様は私を捜索しなかったらしい。

 ならば、返せるものなどない。

 金銭も、領地も、貴族位すら私の手にはない。

 幾ら感謝を口にした所で、所詮は口先だけ。

 誠意を、謝礼を、歓喜を。伝えられはしない。


「…………何か、私にもできることを──」


「焦らなくてもいいんじゃなぁ~い?」


「ひゃっ!?」


「わぁ~っ! びっくりしたぁ~」


 びっくりしたのは私だ。

 未だに心臓がバクバクと煩く鼓動を速めている。


 唐突にかけられた声に驚いたのには理由がある。

 先ず、気配がなかった。私が思索に耽っていたのもあるだろうが、まるで最初からそこにいたかのように、人気を感じなかったのだ。

 加えて、間延びした口調、ふわふわと曖昧な輪郭、まるで綿あめのような声音の人を私は知らなかったから。

 薄桃色の髪に、にこりと微笑を浮かべ、ホロウさんと同じ琥珀色の瞳を持っている少女が、扉を開けて立っていたのだ。

 桃色のネグリジェに身を包んだ彼女は女性らしい身体付きがよく分かる。


 誰何は問わない。


 私が唯一、顔を合わせていない人物だと、気付いたから。


「貴女が、テリアさん…………ですか?」


「せいかぁ~い。あたしがテリアちゃんだよぉ~。ノックはしたんだけどぉ~、お返事がなかったからぁ」


 蠱惑的な雰囲気を纏い、まるで誘惑するかのような色香が漂う。

 ホロウさんと同い年だって? 到底信じられない。

 私なんかよりもずっと年上に感じられる。


 一度射貫かれると心落ち着く優し気な眼差し、そっと抱擁されているような安堵感。

 琥珀色の瞳はまるで宝石のように輝き、神秘を思わせる。

 同じく琥珀の瞳を持つホロウさんからは強く荒々しい印象を受けたが、人によってこうも変わるものなのか。


「それにしてもぉ~、元気そうでよかったわぁ~」


「……っ! テリアさんっ!」


「わっ……! 急に大声ださないでよ~」


 おっかなびっくりといった様子で応仰に驚く彼女の仕草はとても可愛らしく、甘い。

 思わず頬を緩めてしまいそうなるが、それでは失礼に値する。

 アナスタシアさんやモルドさんから聞いた。私が寸での所で助かったのは、テリアさんの尽力があったからだって。


「ありがとうございましたっ! 私を、助けてくださって……! 本当に…………!」


 アウグリュニーまで担いで運んでくれたホロウさんには既にお礼を言った。

 返せるものは何もないけど、いつかきっと恩は返すと。

 すると、彼女は一言、「不要だ」と言って影に同化するように消えて行ってしまった。

 アナスタシアさんは照れ隠しの一つだと言ったけど……それで納得はできない。


 世界は厳しい。

 物心付いた子どもでも知悉している常識だ。

 皇帝による統治も数千年と続いて権力は弱まる一方。

 人攫いや奴隷売買が横行し、盗賊団や犯罪者が蔓延る始末。

 強力な武力を誇る騎士団や帝都守護は帝都から出ることもなく。

 大都市のごく一部ではないと安全は望めない。

 そんな世界で、見返りを求めることなく、気まぐれのように命を救ってもらえる。

 高待遇でもてなしてもらえる。

 まるで神話の『女神』様のような慈愛にはある種の恐怖すら抱いてしまう。


 私がトリエステ家の一人娘だと分かって手を差し伸べていたのだとしたらまだしも。


 ただの善意で、荷物にしかならない子どもの命を救い、その上で貴重な義肢まで無償で与えてくれるなんて。

 夢物語だろうともっと現実味があるはずだ。


「私には返せるものがありません。ですが、絶対にっ! いつか必ず…………!」


 頭を下げている私に、彼女の表情は見えない。

 失望か、怒りか、それとも呆れか。

 何にせよ、私の不甲斐なさに困惑しているに違いない。


「……顔を上げてちょうだぁ~い」


「……っ、はい…………」


 先までの浮ついた口調ではない。

 機嫌を損ねてしまった。命を助けてもらって、何もできないと厚顔無恥にも吐き捨てた私に、彼女は怒っている。

 逃げ出してしまいたい。

 全身から煙が噴き出てしまいそうなくらい、恥ずかしくてたまらない。

 彼女の行動は徒労に終わった。

 労力をつぎ込んで救った相手に宣告されたのだ。

 沸々と怒りがこみ上げてくるだろう。


「ねぇ~、あなたには…………あたしがそんな悪者に見える~?」


「ぇ……?」


 光を反射した、吸い込まれてしまいそうな輝きが。

 透明感のある黄褐色の瞳が。

 まるで咎めるように、そして悲しげに潤んでいた。


「あたしはねぇ~、見返りが欲しくてあなたを助けたんじゃないのよぉ~?」


「で、でも……っ!」


「わかるわよぉ~。してもらってるばかりじゃ、不安で。居ても立っても居られないんでしょ~?」


「……っ! どうして…………?」


「心を読まれたみたい~? びっくりしたでしょ~?」


 にやりと悪戯を仕掛けた子どものように。テリアさんは笑みを浮かべた。

 触れ難く、壊れ難く。

 彼女の魂を投影したような。

 慈悲深く、友愛に染まった表情が、そこにはあった。


「あなたにどう映っているかはわかってるつもり。けど~、あたしたちは善人じゃないの~」


「……? でも…………!」


「結果論ってだけなのよ~。あたしがあなたを助けたいって思った。だから、あなたは助かった。それだけなのよぉ~」


 真偽の判定は私にはできない。

 けれど、嘘を吐いている嫌悪感はない。

 彼女は本心から()()()()()()()()()()()()と。だから、気にする必要はないのだと。

 暴論だ。極論だ。


 思わず呆気に取られてしまった。


 あまりにも常識外れだ。


「煮え切らないわねぇ~」


「当然ですっ! 助けてもらって、お礼もできなくて…………」


「ならぁ~、こうしましょう。次の戦いであなたには最前線に出てもらうわぁ」


「……っ! 次の戦い……」


「勿論、あたしたちがサポートするわよぉ~。まだまだ万全じゃないんでしょう?」


 ぱちりとウィンクをしてあざとく微笑むテリアさん。

 恩を返す代わりに最も危険な役回りを買って出る。

 一見すると帳尻が合っているように感じられる。

 けれど、実情は異なる。

 拠点の詳しい位置や内情を知っているのは私だけ。

 だから必然的に私は前線へと赴くことが決まっている。


 まさかテリアさんがそれを知らないはずもない。


 ならば、彼女は。


「正直に白状すると~、アナスタシアちゃんもあたしも~、不安なんだよねぇ~」


「……どうしてですか? 皆様とってもお強いと聞きましたが」


 作戦会議の後に、カレンという、正に可憐という言葉がぴったりなメイドに教えてもらった。

 不安そうな表情を看破されてバツが悪かったが、彼女が言うにはみんな尋常ならざる強さを誇るということ。

 聞くところによると、私を助ける際に何十人といた敵をホロウさんが一人でやっつけたらしい。


 “黒鉄”級冒険者に相当する強さの人たちでも、やはり帝国一の奴隷売買組織には不安が残るのか。


「勘違いしたらダメよぉ~。戦力は十分なんだけどねぇ~、万が一の保険が……今のあたしたちにはないのよねぇ~」


「……? 保険ですか…………?」


 辟易したように吐息を漏らすテリアさんの様子は一気に色がなくなった。

 考えたくないことを思い出してしまったかのように。


「興味ある~? じゃあ、ゆっくり話しましょ~。あなたのお名前も聞きたいし~」


「は……っ!」


「可愛いはんの~! 好きになっちゃうわぁ~!」


「ひゃっ!?」


 ぐりぐりと頭を撫でられる感覚と、自己紹介を失念していた羞恥が一挙に押し寄せる。

 小悪魔のようなテリアさんのやり口には清々しいまでの諦観がある。

 きっと、私は彼女には勝てない。

 言い含められて、弄ばれて。

 けれど、嫌に気持ちはまったくない。


 だって、テリアさんに悪意はないから。


 これは夢じゃない。


 貧相な私の想像力では、イメージできないから。

 私の思い描いた自由とは程遠い。

 それでも、私はとても嬉しい。

 こんなにも、幸福になれるのだから。

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