(280) 保管する物と処分する物
◇◇◇ 発着室 ◇◇◇
オレは、棺のある一室から外の街並みを眺めている。
多くの車が走り、多くの人々が行き来してる
のが目に映る。
どうも、その光景がリアルに思えない。
この世界で生きているのは自分、たった一人だけ。
その他はVRが作り出した仮想現実世界。
そんな風にしか思えてならない。
このまま窓をぶち破ってダイブしたら
気持ちいいだろうか。
地面に激突したらどのくらい痛いのだろうか。
そんな思考が頭を何度も過る。
初めて付き合った最愛の彼女が、
分かれたのでもなく、死んだのでもない。
手の届くところにいるのに
触れられなくなってしまった。
だれだってネガティブになるだろう。
今は『頑張って彼女を元通りにするぞ!』
と、そんな心境にはなれない。
現在、彼女は低体温法で保存している。
生きているといえるのか死んでいるのか、
復活させてみないと分からない。
シュレーディンガーの猫のようだ。
元通りに戻れる可能性は数%。
ほぼないと言えよう。
ならば、オレはこの世界から消え去り、
彼女は保存したままの方が
お互い幸せなのかも知れない。
◇◇◇ 白川家 ◇◇◇
時刻は16時
足取りは重く、オレは白川家へとやってきた。
保管しとく物と処分する物の
量を確認するためである。
いつまでマンションを借りてるか分からないし、
荷物を10年以上放置できない。
下手すると100年後の可能性だってありえる。
適切に管理する必要がある。
♪ピンポン
もしかしたら
嫁が開けてくれるんじゃないかと
玄関のチャイムを鳴らしてみた。
・・・
そんな訳はない。
分かっていても期待してしまう。
ノノンはまだ学校だ。
合鍵を使ってドアを開けることに。
「お邪魔します」
誰も居ない廊下が目に入る。
寂しい。
いつもならエプロン姿の彼女が立ってて、
ハグしてのポーズをしてた。
もうオレを充電してくれる人がいない。
胸が締め付けられる。
廊下に上がり、嫁の部屋に入ると
中央に山積みの段ボール箱が置かれてる。
物がなにもなく、綺麗に片付けられていた。
まるでリフォーム後直後に
引っ越してきたと思えるほど。
実際は逆なんだが。
いつから整理していたのだろう?
ここ最近、一緒に行動していたので
やる時間がなかったはず。
前々から合間をみて、
片付けていたに違いない。
ベッドも全て剥ぎ取られてて
マットレスしかない。
なるほど。
部屋がこんな状態じゃあ、
毎晩オレの部屋に泊まりに来る訳だ。
段ボールは大小合わせて10箱ほど。
一ヵ所に固まっているので
どれが処分するのか区別がつかない。
段ボールの一番上に1つだけ、
メガネケースサイズほどの
青い箱が置かれてある。
その箱の下にメモ紙が挟んである。
メモは半分に折られており内容が読めない。
正直何か書かれてるか見るのが怖い。
恐る恐るメモを手に取り開いてみる。
『大好きな春樹へ
私物を整理しました。
青いケースが保存して欲しい物です。
段ポールは全て処分していいです。』
えっ?
取っておくの、このケースだけ?
これしかないの?
『そして、今までありがとう。
春樹のおかげで楽しい人生でした。』
オイオイ、まるで遺書じゃないか。
楽しい人生って、本当か?
『沖縄楽しかった。大阪の旅行も。
関東から出たの初めてだったから
夢のようでした。』
もっと旅行しておけばよかった。
『横浜での生活はスリリングだったね。
今となっては良い思いです。
昨日のコンサートは
春樹の愛情を沢山感じられたよ。
そして、父に親孝行できたのも
感謝しかありません。
全部が宝物です。』
全て鮮明に覚えてるよ。
オレにとっても
忘れられない思い出なんだぜ。
『ここ2カ月間
普通の人が一生味わえないような
体験をしてきました。
付き合ってからずっと幸せでした。』
いやいや、全然足りないだろ。
ウェディングドレスを着たいとか、
子育てしたいとか、まだまだあるはず。
『大好きな人と学校で手を繋いで
デートするという夢が叶いました。
このまま死んだとしても悔いはありません』
悲しいこと言うなよ。
オレが悔いだらけなんだ。
大体、こんな状況になったのも
オレのせいじゃないか。
病気を治して続きをしてもらわないと
オレが納得できない。
『最後に、もう無理はしないで。
これが私の願い』
あなたのためなら何だってする。
例え辛い事だったとしも。
それがオレの生きがいなんだ。
メモの記載はここまで。
オレは腰かけ、ベッドを背に寄り掛かる。
そして、天井を仰ぎ見る。
あぁ、悲しいハズなのに涙が出て来ない。
この無力感はなんなのだろう。
左手にもつ青いケースを見つめる。
保存したいものがこれだけって、
一体何が入っているのだろうか。
中身が気になる。
開けていいものか一瞬迷ったが、
空けることにした。
中身を見なければ的確な
保存方法が分からないから。
ふたを開けてオレは驚愕する。
入っていたのは2つ。
1つは、質屋で買い戻したネックレス。
そして、もう1つはアメ横で買った
小さな夫婦のお守り。
どちらもオレがプレゼントした物だ。
他にも沢山あっただろうに。
大事な物がこれだけだなんて。
ペアーのお守りは、
すっかり存在を忘れていた。
ケースに入っていたのはピンクの方。
もう片方はオレが持っている。
自分の財布に入れてあった
黒のお守りを取り出し、
一緒にケースへしまうことに。
これがこんなにも大切な物だなんて。
ダメだなオレは。
彼氏、失格だ。
あぁ、彼女に会いたい。
動いてる姿を見たい。
オレは携帯を取り出し、
しばらく彼女の TikTok 動画を
眺めたのである。




