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(279) ■■ 8th・インパクト ■■ ■■■■■■■■■■■■■■■

◇◇◇ 大通り ◇◇◇

時刻は14時。


ここは片側3車線の大通り。

オレと嫁は歩道を歩いてる。

空は快晴で日差しはそれほど強くない。

秋のような天候だ。


「もっとあのお店に通ってればよかった。

 どれを食べても美味しいよね」

「だろ?あの店の発見はでかい。

 オレ的には宇宙一美味しい店だと思ってる。

 ミシュランが評価したら★7だよ」


オレがお勧めする中華屋で昼食を済ませ、

散歩がてら食べた感想を語り合っている。

そして、オレらは発着室のある

マンションへと向かっているところだ。


「知る人ぞ知る名店よね」


できるだけ平静を装ってはいるが、

オレの足取りは重い。

正直、行きたくない。

このまま嫁を拉致して海外逃亡したいくらいだ。

だって、あの棺の部屋に着いたら

嫁とお別れになるのだから。


「そよ風が気持ちいい。なんか楽しい」

「そっか」


対して嫁はオレに腕組みして密着。

足取りが軽く楽しそうだ。

いつものデートとなんら変わらない。

どう考えてもオレの方が

死刑台に向かってる気分でいる。


◇◇◇ 発着室 ◇◇◇

ついにこの時が来てしまった。

白川さんは棺の中へと入り体育座り状態。


・・・


言葉が出ない。頭が真っ白だ。

話したいことが沢山あったのに。


嫁はただただニコニコしている。

どうしてそんな顔できるんだよ。


「あと一週・・・」


オレが『一週間延長しないか』と

言いかけたら、

嫁が人差し指でオレの口を押さえ(さえぎ)る。


嫁の決意は固い。

むしろ腹をくくってないのはオレの方。


確かに、今やる必要があるのは理解してる。

実施を遅らせれば遅らせるほど、

病気は進行し、治しにくくなるのだから。


かと言って、冷凍保存して

蘇る可能性が低いのも事実。

しかも治療方法が見つかるか

分からない状況でもある。


「そんな顔しないで」


にこやかに、オレの頬へ手を添える嫁。

怖く無いのか?

オレだったら怖い。不安でいっぱいになる。

本人も理解してるだろう。

凍結した人間が生き返った事例がないことを。


この場で死亡する可能性だってある。

今からやろうとしてることは世界初なんだから。


「そろそろ始めましょ?」


嫁は棺の中で仰向けに横たわる。

オレは立て(ひざ)で覗き込むようにして

彼女の顔を見る。


「ここに入るのは2度目よね。

 変な気分」


返す言葉が出て来ない。

本来ならば不安にさせないよう

和やかなムードにせるべきだ。

安心して送るくべきなのだ。

冗談の一つも言えないでいる。

自分をぶん殴りたい。


オレは笑っていられてるだろうか。


「次、目覚めたときは未来かぁ。

 どんな世界なんだろうね?」


・・・


「楽しい未来しかないよ」

「私もそう思うの。

 だって今までの人生よりか

 下はもうないでしょ?

 楽しみしかない」


オレを元気づけようとしてる。

逆だろ!


このまま2度と目を覚まさなくても

気持ちよく見送ってやらないと。

分かってはいるけど出来ないでいる。


オレの頬に熱いものが流れる。

あぁ、ダメだ。

かすんで嫁の顔がハッキリ見えない。


嫁は再び起き上がり、オレを見つめる。

両手でオレの頬をそっと押さえ、

指で涙をぬぐう。


「18年後。

 プロポーズしてくれるんでしょ?

 楽しみにしてるんだから」


あぁ、そうだよ。

あなたを幸せにすると誓ったんだ。

オレと結婚するまで、この物語は終われない。

次の再開は岩井さんの身体だね。

もう一度、学生をやり直そう。

そして、次の世界線はボッチでなく、

楽しい毎日が待ってる。


「お願いします」


そう言って、彼女は再び仰向けに横たわる。

これが最後。


「愛してる」


この一言をいうのでいっぱいいっぱい。


「知ってます」


嫁は微笑のまま、目をつむる。

オレは勢いで側面のボタンを操作。


♪ウィーン


棺の扉が閉まる。

そして、操作パネルが『切断』へと

表示が切り替わる。


ガラス越しから見る彼女の表情は何て

幸せそうなのだろうか。

もしかしたら、このままの方が

幸せなのかも知れない。


この段階では、まだ凍結はされてない。

ホムンクルスとの通信が切れただけ。

今なら、まだ中止できる。


棺に入る前、ハグした感触が残っている。

あぁ、もう一度ハグしたい。


♪ブルブル


携帯のバイブがなる。

技術者からの電話だ。


「準備できました。いつでも実施可能です」


通信が遮断されたのを向こう側でも

監視してるため、連絡してきたのである。


「了解、ちょっと待って」


ガンバって平然な口調で返答する。

あとはGOの指示を出すだけ。

まだ、躊躇している。


彼女は終始笑顔でいたけれど、

オレよりもきっと不安だったに違いない。

冷静に考えれば怖くないハズがないのだ。

彼女の決断を無下にしてはならない。


信じろオレ。

彼女を幸せにするんだろ!

これは延命させるためにやるんだ。


オレは携帯を口元に持っていく。


「始めてください」


指示してしまった。

もう後戻りはできない。


・・・


「田中様?」

「田中です」


終わったのかな?


「作業が完了しました。まずは結果から」


あぁ、聞きたくない。


「状態は良好です。成功したといえます」


その言葉によって全身の力が抜けた。

このあと技術者が何を言ってたのか

頭に入らなかった。


「バイオ測定による細胞の代謝活動を確認できました。

 fMRI(機能的磁気共鳴画像)、EEG(脳波計)の

 信号はキャッチできてます。

 またサンプリングによるDNA損傷も見られません。

 低体温保存は正常です。

 全て問題ありません」


保存方法は低体温法を採用した。

人間を冬眠させたといえば分かり易いだろう。

当初は凍結保存を検討したが、

脳内の水分が氷となって膨張するため

細胞を破壊することから却下したのである。

低体温だと生死の確認できるメリットもある。

そういう意味では、この報告で『死んでない』

ということは確定した。


「ご苦労。引き続き監視を頼む」


そう言って電話を切る。

『成功』という言葉を耳にしても気持ちは晴れない。

むしろ不安でいっぱいだ。

嫁が目覚めるか否かは別問題なのだから。

ステップ1をクリアしただけ。

1つ安心できる材料があるとすれば、

病気の進行を止められたことだろうか。


しばらく、オレはガラス越しの

安らかに眠る彼女の姿を眺めるのであった。

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