(259) 白川さんの手料理
◇◇◇ 岩井宅 ◇◇◇
時刻は16時。
「すみません。遅くなっちゃって」
ビニール袋を両手に持った白川さんが
玄関先に立っている。
写真集を見た後、夜食を作ることとなり
1人で買い物に出掛けたのであった。
そして、ちょうど戻って来たところ。
「なんだか、すみません。
買いに行かせちゃって。
そんな細い腕で大変だったでしょ?」
「こう見えて力持ちなんですよ。
好きでやってますから、
気になさらないでください」
父が荷物を受け取り、
白川さんは再び岩井家にお邪魔する。
2人がリビングに入ると
「お腹空いてますか?」
「食べようと思えば食べられます」
「では、おつまみ的な物を作りますね」
「悪いね」
白川さんはキッチンに立ち、キュウリを手にする。
1分も経たずして1品目の出来上がり。
「どうぞ!」
それは単にキュウリをスライスしただけのものであった。
「もう出来たの?早いですね。
では遠慮なく頂きます」
見た目はシンプルだが、味の想像がつかない。
父は一口頬張る。
「おいしい」
「口に合って良かった。
ごま油と塩をかけただけなんですよ」
「簡単ですね。これなら私でも作れます」
「そう思って作りました。
是非、作ってみてください」
作る度に娘を思い出してほしい。
実はそんな思いも秘めていた。
♪チン!
オープンの音がしたと思ったら2品目の出来上がり。
焼いたフランスパンの上にトマトを乗せたブルスケッタだ。
「料理に手慣れてますね」
「毎日作ってますから」
父は驚いている。
まるで料理人が作ったかのような
手際の良さと見た目の美味さがあるのだから。
言っちゃ悪いが、普段料理しそうには見ない。
そのギャップが更に驚きを増している。
そして2品目も口にすると、やはり美味しい。
「これ、本当に友璃から教わったのですか?」
「そうですよ。美味しくないですか?」
「凄く美味しいです」
「無理やり言わせちゃいましたね」
「お世辞抜きで、本当に美味しいです」
「なら良かった。友璃さん、喜んでますよ」
「いなぁ、なんだか考え深いです」
キッチンはダイニングテーブルをはさんだ反対側にある。
白川さんは父に背を向けたまま会話していた。
とても失礼なのは重々承知している。
だが、あふれる涙が止まらない。
視界が悪い中で、次の料理に取り掛かっていた。
「買い物で疲れてるでしょ。
休憩して、こっちで一緒に食べませんか?」
「さっき、クッキー食べ過ぎちゃって
お腹空いてないんです。
自宅に上がらせてもらって、友璃さんの
供養をさせていただいた御礼です。
友璃さんの手料理だと
思って食べてくれたら嬉しいです」
言葉が詰まらないよう受け答えするのであった。
◇◇◇ 武道館 ◇◇◇
時刻は19時。
明日がいよいよ本番。
今日も演出を変えたり、振りを変更したりと波乱があった。
更には、まだ一部の機器が使えないときている。
結果、通しリハができていない。
こんな状況で、明日、大丈夫なのだろうか。
と言っても、コンサート開始は夕方から。
機器の最終確認も含め、明日はセットリスト順に
軽くチェックしていく予定でいる。
「これで本日のリハーサルは終了します。
各人、十分休息を取ってください」
「はい」
振付師の先生が、アイドル達に終了を告げてる場面だ。
「くれぐれも夜更かしは、しないように!」
「はい」
「明日は、ロビー10時集合になります。
間違えないように」
「はい」
今日と明日は、アイドル達とスタッフ分の
ホテルを貸し切ってある。
ロビーとは、宿泊先のホテルのこと。
一緒に行動するので遅刻の心配はない。
アイドル達がステージ上で横一列に並び、
スタッフ一同に向かって一礼する。
「本日はありがとうございました。
明日もよろしくお願いします」
そう言って、演者はここで解散。
この後は、スタッフ達のミーティングが始まる。
オレもここで終了する。
ミーティングは欠席だ。
本来、オレがやっていた作業は
RSテクノロジー社長の仕事であった。
全体をまとめる時間が無かったので
オレが代行していたのだ。
ということで、会場奥の制御コーナーへと行き
社長の元へと近寄る。
「お帰りですか?」
作業中の社長と目が合って、言われた一言。
流石感がいい。
妻が待ってるんでね。
私用で帰らせて頂く。
「次の予定があるので後を任せたい」
「分かりました」
「明日、明後日は、お伝えしてた通り
ここには来れないで宜しく頼む。
何かあったら携帯に連絡してくれ」
「あとは任せてください。
本日は、お疲れ様でした」
そう言って社長と別れる。
次に、ステージ裏に行き、カイの父も含め
何人かに挨拶をして、武道館を後にした。
◇◇◇ 自宅マンション ◇◇◇
時刻は21時。
オレは、ハルキの身体に戻って
自宅マンションへと戻ってきた。
途中、発着室に寄ったのだ。
3階の自分の部屋へと行くと、
玄関前で白川さんが待っていた。
昨日と同じ光景を目にする。
黒のロングコートを羽織っている。
ということは、中はパジャマなのだろう。
「おかえり」
彼女と目があうと、そう言って、
オレの胸に埋もれるようにして抱き付く。
マイナスイオンが注入され
疲れが一気に消え去り、
天国に登りそうな感覚を得る。
「ただいま」
オレは白川さんの耳元でささやく。
「今日は、ありがとう。
思い出の日になりました」
クルミちゃんと同じ事を言ってる。
だが、白川さんは父親を指していた。
お父さんといい思い出が出来たようだ。
それは、オレにとってもうれしい。
親子の仲が悪かったのはオレも把握していた。
娘の死後、父親と1度だけ対面したことがあるが、
とても感じが良く、悪い人には思えない印象を受けた。
なぜ仲が悪いのか理解できないでいた。
今回がきっかけで、2人のわだかまりが
解けたのなら、こんな喜ばしいことはない。
ただ、岩井さんが生きてるうちに
実現できなかったのが心残りである。
「もっと実家に居たらよかったのに」
「いいの。ハルキに会いたかったから」
カワイイこと言うじゃん。
オレも同じだけどよ。
もう最高です。オレの嫁は。
しかし、周囲に誰も居ないとは言え。
ここはマンションの通路である。
御近所に抱き合ってる姿を見られるのは
ちょいと恥ずかしい。
「続きは中で、しよ?」
うなずき、オレから離れる。
ウルウルしている白川さんの素顔がカワイイ。
あぁ、この瞬間を永遠に残したい。
と同時に、嫁と離れたくない。
なぜ病気なんだという気持ちが沸く。
冷凍日の事を考えると泣きそうになる。
リビングに入ると白川さんはベッドを背に
いつもの定位置へと腰かける。
オレは密着するように嫁の横に。
そして、カバンからある物を取り出し
白川さんに手渡す。
「どうぞ、白川さんも欲しいでしょ?」
写真集である。
父にプレゼントした物と同じだ。
「ありがとう。ハルキ!」
そういって、強く抱きつかれる。
オレはイチャイチャするカップルを
冷ややかな目で見ていた。
いざ、自分に彼女ができて
こうしてベタベタされると、悪くない。
むしろ、それを求めている。
人って変わるんだな。
「制作、進めてたんだね。
出版されるのが楽しみだったからうれしい」
白川さん!
この宇宙で、一番楽しみだったのはオレなんだぜ。
あんな良いものを撮ったのに闇に葬ってたまるか。
「なら、オレも嬉しいよ。
作った甲斐があるってもんだ」
写真集は、事件のきっかけとなった作品だ。
しかも岩井さんは衝撃的な死を遂げている。
出版社サイドは、大変センシティブであり
世間がどう評価するか分からない
ということで出版を中止する方向で進めていた。
だが、オレが引き下がらなかった。
全ての責任をオレが取るという条件で
発売にこぎつけたのである。
なので、発売は出版社サイトではなく
事務所の自主出版という形となったのだ。




