第80話 後始末
丘を越え、山を越え、そして村を2つ程超えたところ。電動荷車にはシオン等一行5人がその中で寛いでおり、それを引いているのは今にも死にそうな表情と顔色をした男だった。姿はボロボロのズダ袋もかくやと言わんばかりの服装で、裸足。ボロの服の隙間から肌が覗くが、そこには真新しい火傷の痕のようなものがチラチラと覗いている。
彼の名は元リンスと言う名の貴族だった男である。今は名も無き荷運び、ベローズの予定では要件を満たしたり動けなくなれば魔物をおびき寄せる囮として最後の活躍を期待されている。それまでは何とか生かしておく方針になっていた。
その荷運びが息を切らせながら走っている。だがその姿を荷車の中からジッと見つめているシオン等に同情の気持ち、いたわりの気持ちなどはカケラも存在しない。過去、彼の犯した罪の山はそれですらまだヌルいと言えるほどの量があったのだ。ヒトがヒトに行う恐らくほぼ全ての悪行を網羅していると言っても過言ではない程の悪行の数々は「ヒトの限りない悪意」と言う名の教材としてシオンに真っ黒な教育をもたらす。
「そろそろ休憩するのだわ。やっぱり速さだと交代で荷車を引いた方が良いかしら」
「そうですね、身体能力も大分違いますし」
荷運びがフラフラとしながらゆっくりと荷車を停める、すると無言で膝から地面に崩れてへたり込んだ。2日ほど前まではダメ元で「もう走れない……」と泣きごとを漏らしてはいたが、その度にニーアやカザンから強烈な蹴りを見舞われ、今ではもう1日中何も喋らなくなってしまった。
「明日にはハイエトまで辿り着けるのだわ、カザンはデルメオ出身だったのよね。ハイエトには行った事があるのかしら?」
「う!?国境越えしてきたから違う道だった。ハイエトには入った事ない」
「それってやっぱり密入国ですか?カザン姉さん」
「勿論密入国。案外スキマが多い、大変だったけど」
荷運びの状態は視界の中に入っているがこれをガン無視。ニーアはイリスに肉類などを取り出してもらいサクサクと食事の準備を始めている。
開けた見渡しの良い草原のような場所に水場、川が通っている。その川の近くでゴロゴロとした石を組み、簡易的な竈を作り上げ人数分の肉串を焼く。水はベローズの魔法「呼び水」を使いそれを飲むので腹を下すなどの事は今まで1度も無い。
時はしばらく経ち、肉串が焼き上がった。岩塩のみの簡単な味付けだがBBQのように焼くので香ばしい。
「……そう言えばシオン、メイラは覚えてるかしら?」
「覚えてますよ。どこかで手に入ればいいんですが」
「ハイエトで確実に手に入ると思うのだわ、あそこは内陸部の都市だから海の物が手に入らないのが残念ではあるけれども」
メイラの実。コメに似た植物なのだが話によればそれほど美味しくは無いとの事だ。だがシオンは「おお!」とベローズの情報を喜んだ。それはコメが食べれるからではなく、ルロイの言葉とロクスでボンヤリと食べ物屋を眺めていた浮浪者の子供を思い出したからだ。
何とかしてそんな子供の数を減らしたいとシオンは夢想する。その気持ちは自らが不遇だったからだろうか、それともそれ以外の何かだろうか。だがシオン自身はこの気持ちを正義の行いではないと考える。シオンの中で燦々と輝く「正義」と言うモノと現在荷物引きに行っている態度が驚くほどの乖離を見せているからだ。いつかTVで見たような「正義」ならば、かの荷物引きもどうにかして改心させる方法があるはずだと思っている。が、それは結論として不可能だろう。
「……明日にはハイエトに着くならそろそろ荷物引きを楽にさせてあげようか?」
「そうね、ハイエトの門の前で首を刎ねるのもちょっと印象がよろしくないかしら」
ニーアとベローズの言葉が荷物引きの耳に入った。さめざめと涙を流し、がっくりと項垂れ嗚咽を漏らす。だがその態度を見てもここにいるシオン等5人は揃って反論無しのうえ繭一つ動かさない。
合計10個の目が荷物引きに突き刺さる。
「いぃ、生きて……生きていたいぃ……」
「……じゃあ、今まで殺してきた人達を生き返らせる事は出来るかしら?」
「出来……出来ない、でも、でも生きていたい……」
「そう、じゃあ自分の命と引き換えになるほどの財貨はあるかしら?」
「……ロ、ロクスに屋敷……屋敷が……!」
「……足りないわね」
「うぅ……あ、悪魔!悪魔っ!」
「人間の宗教には興味が無いのだわ……しょうがない逃げてもいいわ、運が良ければどこぞの村にでもたどり着けるんじゃないかしら?それともハイエトにまで行って助けを求める?」
ベローズの逃げても良いとの言葉を聞き、荷運びはキョロキョロと周りを見渡す。視線の先にはだだっ広い草原に川が流れているばかり。それを肉串を頬張りながら、まさに「どうするんだろう?」との表情で眺めるも何の動きも無し。
今まで通って来た道は2日前に村があり、ハイエトにまではベローズの予想で1日で到着する。単純な計算だった。
荷運びは気力を振り絞りヨロヨロと立ち上がる。長時間の走行の後に少々の休憩を挿んでしまったことで体が感じる重さが倍以上に感じた。しかしそれでも足を前に出す、1歩1歩をゆっくりと動かすが皮の捲れた血だらけの足の裏に痛みが走る。だがここでへたり込んでいたとしても体から首が泣き別れしてしまうのは確定している。ならば一心不乱に足を動かし奇跡を祈りながらハイエトにまで到着するしか生き延びる方法は無い。
「いいんですか?ベローズさん、行っちゃいますよ?」
「問題無いのだわ、行かせてあげればいいのかしら」
「人体実験用の検体ガ欲しかったのデスガ」
「何に使うかは聞かないけれど却下なのよ、イリス」
次第に遠のいてゆく荷運び、リンス。一行はその背中を眺めてはいるものの誰も動こうとはしていなかった。時間は昼を過ぎて夕方になっていて、本日の移動はここまでとし、川辺に野営をする事になった。
次の日ハイエトにまで向けて出発し、暫く走った所に1体の新しい、食い殺された死体を発見したのは当然なのだろう。
残念ながらリンス様がご退場となられました、数々の悪行の方は……まぁ色々やったと言う事でw




