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第79話 不快の森

 ドスン!


 「ぅべおロッ!」


 ズムッ!


 「あぐッ!……もう、もうやめ、やめて……」


 「……えぇと、キサマに質問する権利は無いとかそんな事をシオンに言ってたんだっけ?違ったかな?どっちでもいいけどさ」


 リンスと名乗る中肉中背の貴族が木に縛り付けられて今、その丸みを帯びた腹にニーアのボディーブロウを散々に喰らっている。


 今行われているのはいわゆる拷問だ。


 だがまだ喋るだけの体力が残されているのを鑑みれば、それは多大に手加減をされていると言う事が分かる。それもそのはず、単純にトドメを刺すだけなら刃物で刺したり獣成の姿で一撃を入れればいいだけなのだから。


 だが彼には、リンスには喋ってもらわなければならない事がいくらかある。その為に拷問紛い、いやさ拷問を執行しているのだ。が、シオンの報告をつぶさに聞いていたニーアはまず初めに何を吐いて貰うかの問答を無視し、気絶しているリンスの服をひん剥いたすぐ後、横たわったままのリンスを木に括り付けその無防備とも言える腹部に目覚まし代わりの一撃を放り込む。


 当然リンスはその一撃で目を覚ます。彼にとってはワケの分からない状況だろう。強烈な痛みに目を覚ますと真っ暗な森の中で身動きが取れず、こみ上げる嘔吐感に抗う事も出来ず吐しゃ物を撒き散らしたそのすぐ後でもう一撃強烈なボディーブロウを喰らったのだから。


 そしてそれはすでに2時間ほど前の出来事。


 「ニーア、そろそろ質問しないと情報を聞き出す前に死んでしまう可能性があるのだわ」


 「んー、そうだね……そろそろ真面目にやろうか。リンスだっけ?覚悟した方がいいよ、しなくてもいいけど」


 ニーアは割とどうでもよさそうに川から汲んで来た水で手を洗う。生っ白い中年の脂ぎった腹を叩くのは何か嫌悪感に近いモノがあったからだ。そうでなくともリンスの顔は吐しゃ物が渇いたモノがへばりついており、痛みによる脂汗で鮮やかな金髪が額に張り付き不潔感が増しに増しているように見えるからだろう。


 「じゃあ、僕が質問してみますね。まず……僕の事を覚えていますか、リンスさん?」


 「ハァッ……ハァッ……お、憶えている……シオン……」


 「はい、そうです。一応聞きますね、僕が質問してもいいですか、リンスさん?」


 やや意地の悪い質問ではある。リンスには「はい」と言うしか返答は出来ず、そしてその通りにリンスは頷いた。ここでヘタに反抗しようものならどうなるか火を見るより明らか、そしてこの問いかけはリンスがシオンに言い放った事で、それを同じように返す事で立場が逆転したのだと知らしめる結果になる。無論シオンは言葉通りに「一応」と聞いただけだがリンスは違う意味に聞こえていた。


 「僕を捕まえる条件は髪の毛の色が黒だけですか?他に何か条件とかあります?」


 「そ、そうだ……です。他に指定は……されていない……」


 「そう、ですか……リンスさん、指とか切り落としますか?」


 「本当だっ!本当にそれだけが指定されたんだ!やめてくれっ!」


 数度鉄火場を潜り抜け、ロクスでは煮え湯を飲まされ、更にその後で手配がかかり、初めて接した権力者は庶民に対し暴威を振るう。そんな事が立て続けに起こった事でシオンの中ではやや遠慮と言うモノが無くなりつつある。話が通じるならばこんな手段は取らなかった、だが魔物の跋扈するようなこの世界でリンスの言動や行動はシオンにとって許し難いと言う位置を通り過ぎたモノだった。


 だがしっかりと喋るならば、未遂だが、直接的に害を為してはいないリンスに危害を加えるつもりはシオンには無い。目的はあくまで追手の大本なのだから。


 「じゃあ、それを伝えて来たヒトはどんなヒトですか?」


 「ハ、ハイエト。ハイエトからの使者だ、です……」


 「?」


 「ハイエトはこの国の首都なのだわ、ロクスよりも大きな街並みで王の居城がある所かしら。思ったよりも根の深い話になりそうなのだわ」


 考えてみればこの国の名前すら知らないシオンは「首都……」と口ごもる。しかし今聞くべきは国の名前や首都の事ではなく追手の素性で、それが解決をした後からゆっくりと色々な事を学べばいいと開き直る。


 シオンはリンスに向き直り、再度質問を投げかける。焚火が爆ぜ、風が真っ暗な森の木々を揺らしざわめきがリンスに死の気配を送り込んだ。絶え間なくその額には脂汗がジットリと粘り着く。


 「微妙に質問に答えてもらっていませんよリンスさん。使者だけじゃ僕は分からないです、何分学が全くないもので」


 別段凄んだり等はしていないがリンスからは「ヒィ……」と声が漏れる。彼の頭の中では今までに無いぐらいの速度でこの難をどう逃れるかの算段が駆け巡っている。だがそれは暗い内には不可能で、例え運よく逃れる事が出来たとしても暗い森の中、武装も手勢も無し、場所もどことも知れない。つまりはどうしようも無い。


 「ワ、ワタシは分からない!お、恐らくは王城からだろうが使者殿の立場はワタシよりも上で素性は聞いた事が無いんだ!」


 そう、このようにリンスには正直に喋る以外の道は無いのだ。


 「……ベローズさん、こんなところでしょうか?聞くべき事って他にもありますか?」


 「そうね、聞くべき事……の中には入るのだけれど追手の関連ではない内容があるのだわ。丁度いいからこのリンスとやらにはシオンの教材になってもらおうかしら」


 「僕の教材に、ですか?」


 「そうよ、正直に言うならばわらわから見てシオンは人間と言うモノを少々見くびっているように思えるのかしら」


 ベローズの中ではある程度の追手に対する推測が立ったのであろう、今度はリンスに別方向での質問を投げかけるようだ。


 「ではリンス、まず最初にシオンを連れて行ってどうするつもりだったか喋ってもらおうかしら。正直に洗いざらい喋る方が得になるかもしれないのだわ」

 

 暗闇の中ベローズの両目がバイザー越しに妖しく輝いている。リンスはその質問に顔色を土気色に変化させ、歯をガチガチと鳴らしながらやがて口を開いた。


 「……ワタシ、の……屋敷の地下で……飼って……その、調教をする……つもりでし……た」


 「そう、今までそれをどれほどの人数に施してきたのかしら?」


 「いえ……その、いません……初めての、試みになゴゥボオッ!!」


 ニーアのボディーブロウがリンスの腹に突き刺さる。吐しゃ物こそ出なかった物の、リンスの口は金魚のようにパクパクと開いては閉じてを繰り返しその中からヨダレが滝のように溢れ出す。


 「今、コイツが嘘吐いたのは分かったかなシオン?」


 「……ニオイでは分からないですが、流石に手慣れていた感じがしましたので嘘なのは分かりましたよ」


 「聞くに堪えないだろうけれどこのゴミの喋る言葉をしっかり聞いておくのだわ……次に嘘を吐いたら欠損部位が出るかしら」


 「ゴフッ!ゲホッ……や、やめて……やめて」


 「……質問に答えていないかしら」


 「!!……10、10から先は覚えていない……!人間も魔族もだ……です……何人も、壊れたら……捨てました……」


 リンスのその言葉を聞いた瞬間からシオンの目から温かさが消え去ってゆく。リンスは今更後悔しているのか自分の未来に対する恐怖なのか分からないが涙を流している。


 だがシオンの心の中に同情心のようなモノは一切湧いては来ない。


 リンスにとって長い夜は始まったばかりで、シオンにとっても不快な夜はまだ続く。

 

リンスをどう攫ったのかは、普通に変身して闇夜に紛れ壁を登りましたw

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