第75話 火災の痕
ロクスの大火災は結果としては完全に鎮火するまでに丸2日を要した。シオンの寝泊まりしていた宿屋を中心にしてその周りがほとんど焼け落ちている。全体としてはロクスの約30%近くが火災により焼失という憂き目を見る事となってしまったのだ。
街全体から焼け焦げたニオイが漂ってくる、そこらには黒焦げになった人間も魔族も大人も子供も分け隔てなく転がっていた。それを何とも言えない表情で見つめるロクスの住人達。それでも、なんとか復興を早めようと仏頂面で清掃作業に努める者が多数いるのだ。
「無事なヨモ草はあとどれぐらいだ!?」
「汚れていない布切れが届いたよー!」
「水!水はまだ!?」
ロクスの街の職員が中心になり街の復興より先に治めなくてはならない仕事、治療や物資の配布を必死に行っている姿が目立つ。今回の火事での死傷者はおよそ全住民の1割ほどだ。そしてその死傷者の全てが火災が直接の原因で死傷したものではない、中には切り傷や刺し傷、もしくは鈍器で思い切り殴られて死傷している人物もかなりの数がいた。火事場泥棒の類だろう。これが現在のロクスの壁の中の安全という基準である。
「……」
「……」
ロクスの一角、墓地のエリアの片隅にはシオンとカザンが一緒にいてルロイとその家族、ファニとカイハの墓に黙祷をしている。先日、雨が降って地面がややぬかるんでいるが今日の天気は晴れだ。空をクルクルと旋回している鳥類の影が壁に阻まれ見えなくなる。
この墓地のエリアには無事な人や多少の怪我、火傷を負ったヒトが多数訪れていた。当たり前の事だが全員の表情は暗い。家や親族、家財や仕事先を失い将来的な不安が大部分の人の両肩に伸し掛かっているのだ。だが、直近で一番最初に問題になるのは宿泊施設と食料の供給になるだろう。
「そろそろ、戻りましょうか」
「うん。ちょっと時間はかかるけど……いつかあたしもそっちに行くから、ファニ姉、カイハ……のんびり待ってて」
簡単に土を掘って死骸をそこに置き、土をかぶせただけの粗末な墓がこの世界での基本的な埋葬方法になる。例にもれず、ルロイとその家族、ファニとカイハも土の下に埋められている。街の外、壁の外側に墓地は作れない。魔物が掘り返して死骸を漁ってしまうからだ。
人間の、僧侶のような恰好をした者が薄く削がれた木の札のようなものに火をつけて大仰に目の前で振っている。何かの宗教的な儀式なのだろう、すすり泣く声はそこら中から聞こえて来る。シオン等はその悲しみの声を背中に受け、現在寝泊まりしている場所へと足を向けた。
冒険者組合の2階に手狭ながらも1室、幸運にも部屋が期間限定ながら借りる事が出来た。これはスクリスの冒険者組合長の推薦状を貰っていたからである。
組合の1階は緊急の仕事のせいか閑散としている。仕事内容は食肉にもなりそうな魔物の討伐、回収だ。生き物とはとりあえずでも構わないから腹を満たす事が出来れば落ち着くものである。故にこのロクスの中央に位置する冒険者組合は緊急の仕事として冒険者に魔物狩りを斡旋、推奨しているのだ。
もしもの話ではあるが腹が満たさなければどうなるか。それは一言で表すなら盗みや強盗、喧嘩等、街中で盗賊が発生するような状態になってしまうのだ。そうすると今度は秩序を求める派閥と持たざる派閥で別れてしまうだろう、そしてその次はどちらか一方が倒れるか食料が供給され、将来的な不安が解消されるまでソレは続く。つまりは無意味な血の雨が降る、だ。
住人の頭が悪いからそうなるのではなく、生物として食べなければ餓死する、そうなるぐらいなら殺してでも奪う、と言うのがある種正しい生命の反応ではある。そしてそれを理解しているが故の冒険者組合の緊急の魔物狩りであった。
パラパラとしかいない冒険者達を横目にシオンとカザンは2階へと進む。年季の入った階段は比較的体重の軽い2人の歩調に合わせてギシギシと唸りを上げた、階段から1階が見通せるが全く飾り気が無い。質実剛健そのものが行き過ぎればそこに残るのは木目調一色の部屋と革鎧の茶色だらけになるのだろうか。
「戻りましたー」
「おかえりー。早速だけど魔物討伐の仕事を受けたよ、夜になったら狩に行こうか」
「う!あたしも頑張る」
部屋の中で全員が揃う。それぞれが夜までダラダラして過ごす事になっており、各自が好きな事をしている。
火災により、そして追手との戦闘によりその結果、ロクスでの一軒家購入計画は現在頓挫している。チーム的に死者が3名と大打撃なうえ、街中がもうそれどころの状態ではなくなっているからだ。現段階で運よく一軒家を建てる事が出来たとしても治安上の問題と更なる追手の問題、ロクスの経済面としての問題から計画を一度見直さなければならなくなったのだ。
まさか平気で放火を起こすような連中から追われているとは考えもしなかった。もしこの放火でロクスの街が管理する魔物除けの煙を発する草、ヨモ草の倉庫に火が付きでもしたならばまた別種の問題が発生していた事だろう。
「まずは食料の供給が第一に考えるべき事なのだわ……あくまでロクスで居を構えるという条件ならば。ハッキリ言うとロクスを退去する手もあるかしら」
「不安が高まって来てますからね。でも、それはロクスがどうしようも無い状態になってからにしましょう」
2日前に追手の男と4号と呼ばれる女性型怪人は倒す事が出来た……出来はしたが被害状況があまりにも甚大すぎる。そして謎がいくつも残った。例えば追手と4号の頭部だが切り離した時に胴体部分は融けた。だが2人の頭部は形を保ち、融けたりはしなかったのだ。
この不気味な現象を重く見て頭部をそのまま埋めたりはせず焼却したのだが、頭1つを全焼させるのに丸1日を費やしてしまうなどの不可解な現象が起こるのだった。シオンはそこで脳に何かをされたのは確実だが、どう、何をされたかは判断がつかないうえに、自分の体もあんな風にドロドロに融けてしまうのだと自分自身の体に不安を覚える。
そしてカザンは正式にシオン達の仲間入りをした。
大きな街で大火災を引き起こし、甚大な被害の中で唯一それだけがシオン達にとってのプラスだ。それ以外はどう転がっても苦い結果にしかなっていない。
ルロイの頭部は追手の男が戦闘中に火の中落としてしまい、焼失しています。




