第70話 持たざる者
滞りなく木こりの作業は終わった。作業終了の合図の笛を空に向かい高らかに吹くと時間は昼を過ぎた辺りだったので数グループの冒険者達が同時に作業終了の笛を吹いた。時間的に、人数的に撤退を選んだのだろう。
ロクスまでの帰り道も魔物との遭遇はなく無事にたどり着けた。
そしてシオン達は夕暮れ前にロクスの門を潜る。
「何匹か魔物も倒しておきたかったね。ドノイスでも出ればいい小遣い稼ぎになったんだけどなー」
「う!ニーア姉、あそこら辺はドノイスの痕跡が無かった。多分もう少し森の深い場所に引っ込んでる」
「やっぱり帰り際の笛で逃げて行ったのかな」
「そゆこと、最初の方はそっちの方を狙ってたと思う。それがだんだん変化していって今の形になった」
荷車を引きながらロクスの通りを喋りながら宿に向かう。枝打ちした木は荷車に括り付け、出来るだけ長い形のまま運んでいる。以前門番にもう少し長い木材がいいと言われたからだ。とは言ってもイリスに渡して加工をするため、これは一種のカモフラージュでもある。
他にも何組かの団体が同じように荷車に木材を括り付けて運んでいる姿がチラホラと見受けられた。彼らは同じ方向に向かっており、それは冒険者組合に卸すためで別段同じ宿に宿泊していると言うワケではない。
通りには浮浪者の格好をした痩せたイヌミミの子供が物欲しそうに出店をいつまでも眺めている姿がある。それをシオンは何ともいたたまれない気持ちになりながらも敢えて無視。助けたいのならば己の余裕を超えない範囲で、と言われたのを覚えているからだ。今運んでいる木材は言ってしまえばグループの資金源であってシオン個人の持ち物ではない、手を付けるのは論外になる。
その子供だけではなく、浮浪者はロクスには数えきれないほどの人数が存在しており、一度助けてしまえば自分も助けて欲しいと名乗りを上げる者が鼠算式に増えていくだろう。つまり、ここで出来る事は無視以外には無いのが現状。
「シオン君、あーいう風な子供、気になる?」
「気になりますね。どうにも出来ないのは何と言いますか、もどかしいです」
「あたしはデルメオから来たって言ったよね、あんな風な子供だった。食べ残し、売れ残り、腐りかけ、そんな食べ物でもありつける日とありつけない日がある。戦争ばっかりやってるデルメオって所はそんな子ばっかり」
「農夫でも同じようなモンだよシオン君、子供の頃は腹が空いてばかりだったなぁ……でもこのロクスは、なんだろう……壁がある分まだマシな方だよ」
カザンとルロイの昔話。懐かしむように話してはいるが相当にキツい過去だ。ルロイに至っては防御壁と呼んでもいいか分からない程の貧弱な柵が村の守りだった。日々、ひもじさと魔物の恐怖におびえる毎日はどれ程のものだろう。
シオンは少しの間考え込む。
「……子供の頃、欲しかった物って何ですか?食べ物でしょうか?」
現代日本において本質的に「飢える」という状態にはそうそうお目にかかる事は無い。ある意味シオンの言動は物知らずか腹の立つ言葉だと取られても仕方のない言葉ではあるがシオンを知る2人はそれに素直に答える。
「食べ物、肉」
「食べ物だろうね、やっぱり。それと寒くない服だなぁ」
「食べ物と、服……」
仮に現代日本で災害に遭った、もしくは火災で焼け出された際、非常にありがたいのは食べ物である。時点では服だ。シオンは2人の言葉を聞いた瞬間にある事を思い出していた。
それは「米」
こちらでの主食は麦に酷似した植物で、それを粉にしてパンのように蒸したり焼いたりするのがよく見られる。これは「フスマ」と言う名の食べ物で、ほかにも麦粥のように茹でてふやかした物を食べる時もあった。どちらも言ってしまえばミネラル分が豊富、言い変えればゴワゴワとした皮が残っており口当たりが悪い。
そして米の事だ、シオンの想像の中では無論「白米」が思い出されていたが当然そんな物はこちらで見た事は無く、更には米も穀物であるが故に当たり前だが精米しなければ歯ごたえのある皮もついたままだ。
無論シオンはそんな細かな所まで知りもしないのだが。
「僕の故郷ではコメって言う食べ物があってですね、麦に似た食べ物です。確か、収穫量が麦よりもかなり多いと覚えています。こう、麦に似た茎と葉に小さな実が沢山ついていて垂れさがってるんですが」
「んー……?もしかしてなんだが、水を張った畑に植えてる奴かい?」
「あ、多分それです」
「それならメイラって実なんだが……それほど美味しくはないんだよ、ここらでは不人気であまり栽培はされていなかったはずだよ」
ルロイからもたらされた米の手がかり。こちらの人々の口には合わないと言われたが米自体はあるようだ、それでも何も食べないよりかは不味くても食べられるものはあった方がいい。
「俺の元居た村で行商が持って来たことがあるんだけど、食料品の運搬も問題点の1つだね。どうしても大量に運ぶと荷車が目立つから魔物……そうか、イリスちゃんに中継してもらえばいいのか」
イリスの機能を完全には知らないカザンはよく分かっていないが、メイラを販売している場所にまで移動さえ出来れば後は転送で大量の運搬は可能になる。だが勿論大なり小なりのネックもある「どう運搬してきたのか」という疑惑だ。
これをどうにかするためには力の強い協力者が不可欠になるだろう、もしくは自分達がこの国の重鎮クラスの影響力のある人物になるか。もしイリスの能力、機能がバレてしまえば権力者による強奪はかなりの確率で起こるだろう。ただヒトを助けようとするだけでも高い壁が目の前に現れるのだ。
「でもまだメイラが目の前に無いからどうとも出来ないですけどね。ただ、ベローズさんに話したら案外簡単にどうにかなるかも知れないです」
「カイハ君の背景も考えると意外と……いけなくも無い、のかな?」
そんな話を続けていると宿にまで帰りついていた。窓からベローズとイリスがシオン達を覗いていてそれに手を振る。ルロイはじゃあ、ここでと言い残し妻の許へと帰って行った。
「シオン君はお腹が空いているヒトを何とかしようって考えてる?」
「何とか出来るなら何とかしたいです。多分その方が良いと思います」
「う!立派」
荷車を宿の庭に置き、ベローズに今日の事を報告すると「それならカイハの家の権力とわらわの家の名を合わせれば不可能ではないのだわ」と色よい返事が返って来る。シオンは何とも言い得ない晴れやかな気持ちで就寝する事が出来るのであった。
……そしてこの晩に、ロクスの大火災が発生する。
人力で運搬しか出来ない所にイリスの転送は凶悪を通り越した能力です。




