第67話 覚悟
チリリ、チリリと虫の声がする。涼やかにも感じる声は風に乗りシオン達が宿泊する宿の一室にも届いていた。
「準備は整ったのだわ、明日を境に大きく稼いで豪邸をこのロクスに打ち建てるかしら!」
テーブルの上には石鹸や斑色の皮が所狭しと並んでいる。ベローズは鼻息を荒くしながらその商品となる物を高く掲げ、それに追従するかのように、隣近所に迷惑がかからないように小さな声で「おおー!」と喝采が上がる。
「けれどもその前に1つ重大な物事を伝えなければならないかしら。シオンの事なんだけれども、実は追われているのだわ。その追手の正体は不明、しかし確実にわらわのシオンを狙っている不届き者なのよ!」
「う!ベローズ姉、シオン君はもしかしたらあたしのモノになる可能性も無きにしも非ず」
「それはつまり……追手があるとしてもそれを下してわらわと互角の位置に立とうと言う事かしら?だとするならば上等な物言い、受けて立つのかしら」
「あの、僕の意見は……」
「シオン君、こんな時はあまり前に出ない方が良いぞ」
ベローズの前置きに対し、元気よく挙手してからのカザンの宣戦布告。火花を散らす2人を尻目にニーアはドンと大きく構えていた。それはまるで「自分こそが正妻だ」とでも言いつけているかのように大きく、不遜極まる態度だった。
宿の一室にはカイハ達も同室している。宿が決まり、カザンが呼びに向かったのだ。
そして集まった名目は今あるように「シオンは自分のモノ」と言った宣戦布告、ではなくれっきとした後日行う商売の会議である。しかしその前にベローズはシオンには追手が付いていると前置きして注意を促さなければならなかったのだ。そして今に至る。
「……話を元に戻すのだわ、さっき正体不明とは言ったけれども僅かばかり正体は掴めているのかしら。ルロイも実はその追手の1人だったのをそこのニーアが下して仲間に引き入れたのだわ」
「……なるほど、ベローズさん達の中では異質に見えたのはそう言う事か?それで、シオン君が狙われなければいけない理由は?」
「細かなところは不明なのだけれど、恐らくはシオンの生死を問わずの回収かしら?厄介なのは追手共の背後に何らかの組織が付いている事なのだわ。その理由は驚くほど効果のある薬物が使われている可能性があるからなのよ、記憶を無くすほどに強い薬効のね」
「そんなに強い効果の薬はニャー達も聞いたことが無いニャー。つか、ルロイのおっさんは本当に信用しても良いのかニャ?」
「ええ、問題無いかしら。ファニは分かっているかもだけれど、ニーアは人狼族なのよ、そのニーアもニオイで嘘を吐いていないと言っているし、わらわの目もウソを吐いていないと判断したのだわ」
一同はあれやこれやと話をする。追手は退けるモノとして話が早いのはベローズとしてもありがたい事だった。
「そして追手はある特殊な戦闘手段を持っているのだわ。シオン、少し見せてあげるのかしら」
シオンは「はい」と返事をする。一同の目がシオンに集まると椅子から立ち上がり、両手の甲を全員に見せるよう持ち上げた。
静かに黒い粒子が溢れ出す「おお……!?」と驚きの声が上がると同時にシオンの両手は黒の地に黄色の模様が浮かび上がる。
「これは……獣成とか言うヤツじゃないのかニャ?」
「いや、シオンは獣成じゃないね。かと言ってこちらの人間ってワケでも無いんだけど」
「こちらの……人間?ニーア姉、よく分からない」
カザンから鋭い質問が飛び出る。言いふらしてはいけないが、しかし聡くなくては話にならないモノとしてある種の心強さをニーアは感じる。一瞬の逡巡、すぐその後でシオンは自分を「異世界から来た」と一同の前で宣言する。
しかし当然「異世界」と言われてもすぐさま理解を得られるものではない。シオンの変化した手をペタペタと不思議そうに触りながらカザンの頭の中にはクエスチョンマークが吹き荒れている。
「異世界、と言うのは分からないが、ある場所で人が突然消えたり出て来たりする……怪談のような話は数回聞いた事があるんだが」
カイハの言はいわゆる「神隠し」の事である。地球上でも軍隊が一晩の内に消え失せ、あり得ない距離を移動したと言う報告もあるにはある。だがシオンは地球から別の世界にまでやってきた事で「神隠し」が同一の物だとは言い辛い。
「要点はその怪談がどうとかでは無いのだわ。外見からは見破る事が出来ないぐらいシオンには攻撃能力があるのかしら」
ベローズはくすんだ銅貨をシオンに1枚投げ渡す。シオンはソレを軽く握り込み、手を開くと団子状態になった元銅貨が掌の上に乗せられていた。
「これぐらいはまだ軽い方です。このロクスの防護壁は分厚くて高かったですけど……やろうと思えばアレぐらいは簡単に貫く事が出来ますね」
「つまり、そんな力を持った追手が居るって事かニャ?」
「中にはいるかも知れません。あるいは別種の力を持った追手かもです」
カイハ等はゴクリと唾をのむ。この会議は追手の力を過信せず、且つそれでも一緒にいてくれるかの覚悟を聞く場でもある。ここが分水嶺、退く事も判断の1つで例えカイハ等全員が降りたとしてもシオン等はロクスに居を構える気持ちである。
「追手、敵が強いとか弱いとかあまり関係無いんだニャー。ほんのちょっと運が悪いだけでどんなヒトも簡単に死んでしまうモンだってのはよく知ってるニャ」
「う、何人も見た。それに今までその追手を倒して来たのがシオン君達でしょ?ならその強い追手が現れたら姉であるあたしを守るのが弟の務め!」
「カザン、追われているのはシオン君だから守るべきはシオン君のほうなんじゃ……ともあれ、オレ達は降りる気は無いって事だな、ファニの言う通り、ただ5番目に生まれただけでオレも日陰者だからな。乗るさ」
カイハ達の決意は固い。彼らは理解しているのだろう、このままその日暮らしの冒険者家業をやっていてもいつかはドン詰まりにはまってしまう可能性の方が高い事を。そうでなくてもいつ油断をして魔物の不意の一撃を喰らうかもしれない、そんな稼業だ。ならば強大かも知れないシオンの追手とやらを相手取り死んだとしても大きく稼げるこちらの方がいくらか得だと。
「良い覚悟なのだわ、なれど軽々に死ぬような行動は許さないのかしら。では各自質問や何かしらあるのならば挙手してそれを伝えるのだわ」
会議は白熱し、そして夜が明ける。
ロクスにはまだ沢山の店舗や冒険者組合があります。魔法屋みたいなのは無いですがw




