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第66話 いのり とどきたまへ

 キョロキョロと辺りを見回しながらルロイは街中を小走りに移動している。自身の中ではロクスの景観をまるで昨日の事のようにも感じていた記憶がなぜかあやふやで、それが不安感を掻き立てていた。街中の景観など数年も経てば様変わりするのが当然と言えばそうなのだろう、だがルロイにはそれを教えてくれる人がいない。しかし彼には別れ別れになった家族の想いが募っており、それが原動力になっているのだろう、足を止める事は無い。


 周りを見渡しながら道行く人に注意を払い、何かあった時のための銀貨を握りしめ、焦りや不安に似た感情はあれども異変のあった己の体は額に汗の一筋もにじむ事は無い。


 「いらしゃーい!干し肉を割引中だよー!」


 「警備隊整列!今よりロクス外へと赴く、近くだと言え注意は怠るな!」


 喧騒がやたらと遠くから聞こえて来るような感覚で、その声が脳内で木霊する。息は出来るのに何故か水の中を藻掻きながら走るような気分。夢でも見ているんじゃないだろうか?宿まで帰り付けるかな?あの飯屋はまだ残っているのか?会いたい、生きていてくれ。


 よく分からないままに村は消滅し、己の編み上げた愚策で家族はバラバラ、盗んだものが売れた時には僅かな喜びを感じ、捕まって殴られている最中には安堵感すらあった。娘には悪い事をした、妻には面目が無い。目が覚めたら知らない若い連中に囲まれて、気が付いたらこの街に着いていた。


 グチャグチャに混乱したルロイの脳内にはある一種、懺悔と呼ぶべきかそんな言葉に満たされていた。


 (思い返すだけでも良い事なんてあまり無かった、せいぜい娘が産まれた時ぐらいじゃなかったか?苦しかった、毎日畑を耕していつ来るか分かりもしない魔物に怯えて……それでもあの頃に帰りたい。もういいだろう?神様、ちっぽけな人間には今を生き足掻くしか出来ないんだ。ほんの少しだけ、ちょっぴりで良い、せめて俺の家族に顔を見せるぐらいは叶えて欲しいんだ、頼むよ……)


 ルロイは信心深いとは言えない。神様がいるとはとても思う事が出来ない生活をしていた。例え、神様が居たとしても自分自身を、ルロイと言う人間を個別に助けてくれるはずが無いとルロイ自身がそう思っている。しかし祈らずにはいられない、願わずにはいられない、こればかりは今いる仲間にもどうする事も出来ないのだから。


 どれぐらいの時間を妻のいるはずの飯屋探しに充てただろうか、辺りはもうすぐ夕暮れに差し掛かろうとしている。喉が渇くような、腹が減るような、薄く膜が張ったようなそんな感じがルロイを包む。


 見つからない、確かここら辺にあったはずなんだ。確かにいつか見かけた井戸がある、あちらのボロな宿屋も。けれど目的である件の飯屋が見つからない。


 ルロイの足は次第に動きが遅くなり、ついには止まってしまう。


 心当たりのある場所には連続して数軒、比較的新しい建物が建っていたからだ。


 人づてにここにあった店はどうなったかを聞く手段もある、仲間達の許に帰ったとしても数日間単位で捜索を許可してくれるどころか協力までも得られるだろう、死んでいなければ痕跡があるかも知れない、妻の名前を知っている人がいるかも知れない、まだロクスに着いてから1日として時間は経っていないのだ。諦めるにはまだ早い。


 ……だがルロイはゆっくりと膝から崩れ落ちる。諦めたつもりは無い、つもりは無いのだが力が入らない。涙は零れ落ち、人通りがまだまだある中、みっともなくヨダレを垂らしながら嗚咽が漏れる。項垂れ、膝立ちで地面に辛うじて立ち、声にならない声で歯を食いしばりながら泣く。


 


 いのりは、ねがいは、のぞみは、かなわなかった、とおらなかった。


 


 「ううぅぐ……うぅああ……」


 薄々理解はしていた、シオン達と鉱山を掘り返している時から。例え妻と会えたとしても子供を売ったと言う事実は変わらない、恨まれているとしても文句は無い。生きていてくれさえするならば恨まれても良い、娘にも妻にも。


 でも力が入らない、これ以上の事実を受け入れたくないと体が拒否する。手がブルブルと震えて奥歯が沁みるように痛い。どうしていいかがもう分からない。


 「……ねぇ、あんた……」


 「ほ、放っておいで……ぐ、くだざぃ……」


 「アンタ!顔見せて!」


 「……!?」


 1人の女性がルロイの正面に近づいて声をかけた、そしてグイとルロイの泣き面を両手で挟んで目を合わせる。その女性の身なりは立派とは言えないものの、決して不健康そうには見えず、且つ困惑した表情でルロイの顔を掴んでいた。


 「やっぱり、ルロイだよね……何年間もどうしてたんだい?」


 「……フェ、イ?ここにあった、飯屋は……?」


 「腹が減ってるのかい?それなら、アタシが今いる家にちょっとだけ食べ物が残ってるから……鼻水拭いて」


 「い、いや……腹は……」


 フェイと呼ばれた女性がルロイの顔を服の裾で乱暴に拭う、ルロイはされるがままにその行いを受けた。ゴワつく服の裾はザリザリと痛みを感じたが、それでもそれ以上の何とも言えない感情はルロイに活力を呼び込む。


 「かなったんだ……ちょっとだけでいいって……かなった……」


 またもルロイは涙を流した、ボロボロと、子供が泣くかのように。構わないと思った、情けないと思われても関係が無かった、そこに奇跡があるのならそれで何の問題も無かった。通行人がジロジロとルロイを見るが何と言う事も無いのだ。ルロイの願いは通ったのだから。


 「また、もう……とにかくアタシの家に行くよ、色々話さないといけない事があるからね。ご飯も食べよう?ね?」


 「うん……うん。ごめん……俺が、バカな事ばっかりやった……でも、でも」


 よろめきながらもルロイは立つ。フェイはバシッとルロイの尻を一叩きし「行くよ」と手を握った。夕日が斜めに射し込んで来てオレンジ色の光はまるで燃えるように通りを色づかせる。ノロノロと2人は歩き出し、ルロイの力の抜けきった手を引いて帰り道をポツリポツリと昔話をしながらただ足を進める。


 炊煙が昇る頃にはもう日は沈み、徐々にだが涼しさと呼べる風が吹く。虫の声は日に日に増えてゆき、丸かった2つの月は細くなる。


 僅かばかりの、ルロイにとっては奇跡そのものは通った。他人からするならばそれはちっぽけでほぼ意味を成さない物なのだろう、しかし当人にとってはかけがえも無い貴重なモノだ。


 夜はやわらかな静けさを伴い、そして過ぎてゆく。

 

ロクスは大きな都市で、沢山のヒトが住む場所ですが都市内部に川の一部を引き入れているので便臭が割と少ないです。そして基本的には木造の建物が密集しています。

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