第56話 地獄の果実
「現在、金属類の必要量ハおよそ53%を上回っておりマスル。食料品の残量はオヨソ45%となります、下山し体調の回復と補給を進言するでアリマス」
「シオン、イリスがたまに口にするぱーせんとってのは一体どんな意味なのかな?」
「うーん、たしか1つの物事を100個に分けて大凡どれぐらいなのかを確認しやすくするための方法?だったかな?そして53%は大体半分ぐらいって意味ですね」
「逆に分かりにくいかな。最初から大体半分って言えばよくない?」
「精進……いたしマスル……」
やや大雑把とも言えるニーアの言動に対しイリスは数舜迷い、絞り出すようにその言葉を紡ぎだした。異世界での言語問題に苦しむ被害者ともとれる1機がここに……!
鉱山の壁面に掘られた穴。その下に流れている川から壁面を見上げると、シオン達が到着した時は実数の穴が開いていた。が、現在は人が住めるような建物が何棟もスッポリと収まるほどの大穴が開いている。
これは鉱山を掘る技術も知識も無いシオン等が掘り進んだ結果である。簡潔に結論を示すならば「崩落した」しかし少々埋もれたものの怪我をしたメンバーは幸運にもおらず、怪我の功名とでも言うかのように回収作業は早まった。チマチマ掘り進むよりも崩落した破片を回収した方が早かったからだ。
「下山、確かにそろそろなのかも知れないのだわ。ここに来てから10日は経ったのかしら?」
「正確ニハ12日でござりマシュ」
廃村だった個所には砂礫で建てられた長大な防護壁が周囲を威嚇するように取り囲んでいる。これはイリスの転送した鉱石の残りカスで、それは今まで採掘した量がこれほどあると言う、ある種の成果を視覚化したモノだった。
日々、積み重ねられてゆくその防護壁を見てシオンは妙にやる気が出てくるのを感じていた。これは恐らく女性には理解不能な男の本能的な習性ともとれるモノだろう。この防護壁の完成をイリスの報告で聞いたシオンは妙な達成感と自信に満ち溢れ、ヒマがある時には防護壁の上に立ったり眺めたりとニーア、ベローズにはいまいちよく理解出来ない行動を取っていた。
この何もない山中での生活を快適にしていたのはひとえにイリスのおかげである。彼女が作った便利な道具の中には原始的な瞬間湯沸かし器があった。金属の管をコイル状に成型し、外側から熱しながら水を通すと、その水が排出される頃にはお湯が出来上がっているという仕組みの物だ。そして地面より低い位置に穴を掘りそのお湯を流し入れると簡易的な風呂が完成する。
この風呂は数日間の稼働のみだったがコイル状の金属管を転送すればいつでも風呂に入る事が可能。無論人力での持ち運びも可能なほどの重量だ。
「では採掘は今日までにして明日からは下山、ロクスを目指して移動するのだわ。やり残した事があるなら今のうちにやっておくのかしら」
その時イリスがいつもの無表情でスッと手を上げ、何事かがあるとアピール。
「やり残した物事ではゴザリませんがシオン様に重要な内密の話がアルデごぜます」
「……それはみんなの前で言うと内密にはならないんじゃないかしら?」
「どんな重要な話かは分かりませんがコッソリと聞いておきますんで……」
重要な内密にしなければならない話。そしてイリスはシオンを指名した、つまりは異世界から来た者同士での何事かであり、それに気が付いたニーアとベローズは聞き耳を立てないと約束をする。この時、時間は夕暮れ時でパイプを振り回した時に出るような声で鳴くカエルがやかましかった。
所々レストアされ隙間風が入りづらくなった元掘っ立て小屋を出てすぐにイリスは小声でシオンにこう伝える。
「シオン様、当機の創造主は常日頃より注意してイタ事がゴザリますれバ」
「僕らの世界の何らかの技術ですね?何でしょう」
「ハイ、銃でゴザます」
銃。その言葉を聞いた瞬間シオンは迷う。今まで直接見たことも触ったことも無い、地球人ならそのほとんどが存在を知っている武器、それをどうするのかを聞く前から迷う。
「……スデに硫黄さえアレバ火薬が生成出来、フリントロック式のマスケットが準備出来る段階ニきておりまスル。シカシお聞きくださいシオン様。当機の創造主は常日頃から注意してイタ事でゴザマス、それはもし銃をこの地の人類に見せてしまエバ、その有用性に気付いた者がすぐに複製を開始してしまう事でゴゼマス」
シオンはゴクリとツバを飲み込む。
「勿論簡単ニハ複製出来ないと理解してオりますが、それは後年確実に地獄の実を結ぶに至ります。地球でさえ千年を超える時を過ぎても屍の山はうず高く積みあがるばかり。当機の創造主はそれ故にこの地にそんな物を作り上げてはならないのではないかと常に考えておりました、ですが」
目を伏せ苦しんでいるように話していたイリスは目を開き、深紅の瞳でシオンを捉える。
「現在、当機の所有者はシオン様でございます。もし銃を作り上げる指示をくださいますなら全霊を持ち作り上げる所存でございます……いかがいたしましょう」
驚くほど張り詰めた気配がイリスから伝わる。どこか身の危険を感じてしまうほどに真剣な視線はこれまでのイリスの雰囲気とはまるで何かが違っていた。
シオンはイリスの言葉、創造主と呼ばれる日本人の想いを楽観的に捉える事は出来ない。ほぼ学のないシオンでさえTVを通じて戦争が世界中で繰り広げられている事を知っている。そしてそれは未来よりこの世界に転移してきたイリスの創造主によるシオンのいる地球の時間軸における悲惨な宣告なのだ。
千年を超えてなお屍は積み上がる。とても簡単には首を縦に振る事は出来ない。しかし。
「すぐに作れるだけの準備はしていてください。ただし、僕の指示無しで表に出す事は禁じます……それでも良いですか?」
シオンの決断は現物は作らず準備だけ、更にその状態でも最終的な決断を下すまでは誰の目にも触れさせない事を選択する。口を開きそうになるイリスを手で止めてシオンは続ける。
「理由はいつかどこかで僕が倒れた時にイリスさんを含めて全員の安全を守るためです。こんな世界ですから何があるかわかりませんし。それともう1つ、僕がイリスさんの主で決断を僕に委ねたからですね」
イリスの鋭い雰囲気は雲散霧消する。シオンもそれに気が付いて肩の力を徐々に抜いてゆく。
「承りマシタ。シカシそれではソノもしもの時にシオン様が指示を出せないノデハ?」
「あー、なるべく死なないように頑張ります。もしもの時はイリスさんに任せますね」
最後は決まらなかったが一先ず重大な決断をシオンはクリアした。
イリスはシオンを主と言いましたが実際はそんな権利をいつでも自由に破棄できます。




