第52話 火山弾
バヂッ!ダンッ!
目に見えない何か、高速で飛来するこぶし大の石礫のようなダメージをニーアは受け続ける。これはわざとそうしているだけだ、相手の位置はおおよそ見当が付いているのだがカメレオン男の目的であるはずのシオンがまだ回復し切れていない。
己の頑強さを盾にした今出来る最善策。安全に安全を重ねた献身と言う名の盾。そのおかげもあってかカメレオン男の謎の攻撃はニーアの背後に1撃も通す事が無かった。注意をし、体の弱点になる正中線を守り抜き、巨大化した腕や肩、腿で攻撃を凌ぐ。
「ニーア、痛みはあるのかしら!?」
「この程度なら2晩は平気だね、少~しだけイライラしてるだけだよ!」
そんな言葉を発しているがニーアの表情は歯を食いしばり、目を血走らせてコメカミには青筋がはっきりと浮き出ている。雨に打たれて冷えているはずの体からは吹き上がるほどの湯気が立ち上っていた。ニーアの言う「少~し」はあまり信用が無いのだわと割と呑気にベローズは構えている。
そしてニーアの心中は殺意が渦巻きシオンの状態が戻ったらどうグチャグチャにしてやろうか、などの考えを巡らせていた。噴火直前の群青色の火山、憤怒の化身とはまさにこの事。
そう、すでにニーアはカメレオン男がどの場所にいるのかは特定している。たとえ姿が見えていなくともニオイまでは誤魔化す事が困難だからである。そして、それと同時にニーアは不可視の攻撃を単調だとも思っていた。確かに威力はそこそこのモノだ、現にシオンは当たり所のせいもあるが1撃で昏倒し、回復するまでの時間をこうして稼いでいる。しかし、単調なのだ。
ニーアは以前の怪人「カニ男」の事を思い出していた。このカメレオン男もそうなのだが、どうもほぼ目的達成しか頭にないように見える。その事がどうにも頭に引っ掛かりを覚えるが、その事はまず最初にボコボコに殴った後で捕まえて尋問と同時に拷問でもしながらボコボコにして聞き出したその後もボコボコにして考えればよいと思っている。まあとにかくボコボコにしたいと言う事。
ズダンッ!と不可視の攻撃がニーアの腹部に入る。しかし頑強な筋肉はこのダメージを内蔵にまで通す事は無い。そして目が慣れてきたのか、雨粒を弾いて飛来する攻撃の軌道がそこそこ読めるようにもなってきた。反撃の準備は整いつつある。
「ニーア、さん……もう、僕は大丈夫です」
「ちょうど良かった、もうそろそろ頭の天辺から良くないモノが吹き出そうだったよ!ベローズ!イリス!ちょっと行ってとっ捕まえてくるよ!」
怒号。苛立ちは頂点にまで登り詰め、今よりそれをすべて解放出来ると言うある一種の喜びさえニーアは感じていた。カメレオン男とシオンを結ぶ射線上に立ち塞がり、ドシリと一歩を慎重に進める。
その姿をどこかで確認したのかカメレオン男の攻撃はピタリと止まってしまう。慎重策に転じたのだ。
しかしニーアにとってその慎重策は下策にあたる。普通の体格の人間、魔族にとってカメレオン男の攻撃は非常に脅威の存在になるだろう、姿を消す特殊能力もとんでもなく厄介だ。しかしニーアの頑丈な体にはそれ程の効果は確認出来ず、更には雨の中でもその嗅覚でもって追跡が出来る。仮に、に話になるだろうがこのカメレオン男の相手がベローズやシオンならばかなりの確率で勝ちの目は無い、敗走する道以外は難しい。
「カニ男のお仲間だよね、アンタ。アイツには尋問が出来なかったからアンタから聞くとするよ、覚悟しときな」
勿論返答は帰ってこない。そもそもカニ男の時もそうだったが話が通じていないようにも感じている。だがそんな事は関係が無いとニーアはドシリ、ドシリとゆっくり歩を進めた。
カメレオン男の居るであろう位置が目前に迫る。そこでニーアは歩みを止め、ここで互いに膠着状態に移行した。雨粒が木々の葉を打つ音のみが森の中に溢れている、それ以外の音が無い、一種異様な静寂に似た緊張感があり、後方でニーアの背を見つめるシオン等は息をのむ。
ふ、とニーアが脱力したように膝の力を抜く。体が「く」の字に折れ曲がる直後、2足歩行する生物の生理現象と呼ぶべき反応でもってごく自然に右足が前に出る。これはいわゆる古流武術の歩法の1つであり、力みを伴わずに一歩目からトップスピードを出す方法だ。非常に細かな技術だが動きの「起こり」が隠せるために相手から見ればいきなり動いたように誤認させる力がある。
爆速の踏み込みでカメレオン男のニオイの元へと横拳を振るう。人間の顔の3分の2程はあろうニーアの拳が木の幹に炸裂した。大砲の着弾音よろしく腹の底に響くような音が木霊し、その衝撃で木に付着した水滴が一気に落ちる。この拳がカメレオン男に当たっていればその個所は確実にグズグズになっているだろう。
しかし!ニーアには手ごたえが感じられず、後ろで見ていたシオン達には「どうなった!?」と不安が鎌首をもたげた。手番はカメレオン男に移ってしまったのだ。
西部劇のガンマンのように一瞬の交差、ニーアの頭上よりカメレオン男の攻撃が飛来する。そう、カメレオン男の指先は吸盤状になっており、どんな体勢でも壁面や木に自在に昇る事が可能なのだ。
バシッ!と肉が肉を打つ音が響く。しかしそれはニーアがカメレオン男の攻撃を「掴んだ」音だった。未だ透明な状態だがこの時、カメレオン男の表情が見えるなら恐らくは驚愕の表情をしていただろう。
「そこだって思ってたよ、そこしか無いもんね。だけどこの柔らかい物で攻撃をして来てたんだ、なんだろうこれ?」
水滴がカメレオン男の体中に付着していてその姿がほぼ丸わかりの状態になっていた。そしてその攻撃を行っている物はカメレオン男の頭部、口の中から伸びている。そう、カメレオン男は伸縮自在に動かせる舌で攻撃を行っていたのだ。
ニーアの中で何かがキレる。
「お……乙女の体を……?今まで舌で……!?」
ニーアの体毛が総毛立つ。一種、悲鳴に似た雄叫びとともにカメレオン男の舌を引っこ抜くが如く全力で引っ張り寄せる。力では流石に敵わず、カメレオン男は張り付いた木から剥がれ、ニーアの元まで手繰り寄せられた。
それからは火山弾が噴出したかのような怒涛の拳打がカメレオン男に襲い掛かる。我を忘れたかのようなラッシュ、その一撃一撃が全て全力。滅多打ちは止まる事を知らなかった、ひしゃげ、潰れ、千切れ。ソレはカメレオン男を尋問すると言う目的を思い出したベローズによって止められるまで延々と繰り返されるのだった。
大丈夫、カメレオン男は生きてますw




