第49話 目
「雨は降ってないですが良い天気ではないですね、蓑とかも用意した方がいいかも知れないです」
「問題アリマせんシオン様、ネタマルゴの肉を加工した雨具を人数分用意シテおりまする」
シオンの言葉通り天気は朝から曇りになる。一行はスクリスの村から今日、出立する予定なのだ。風が吹く、遠くから僅かに埃の匂い、恐らく山1つか2つ向こうでは雨が降っているのだろう。こちらの世界の住人はわずかな雨には怯まない、少々濡れたところで時期は夏だ、空気汚染もほぼ無いのでシャワーの替わりなのかわざわざ雨中に身を投げ出す人もいる。無論冬場にそうする人々は少数派なのだろうが。
一行は手で引く荷車に荷物を括り付ける。少し前に購入したばかりになる物だ、一応新品の部類には入るのだろうが引けばギィギィと車輪が軋んだ音を奏でる。そしてこの荷車は一応カモフラージュでもある、荷物はイリスに転送してもらえば手ぶらで移動できるのだ。しかしそれでは悪目立ちする可能性を考慮してからのカモフラージュである。
だがこの荷車は荷物を転送した後に別の方向で役に立てるつもりだった、荷物の替わりにのせるのは人。ニーアの提案で3人が荷台に乗り込み1人が引くと言う事になる。勿論1度イリスにレストアしてもらい荷台の拡張と軋んだ音を消してもらった後だ。
「目的地に着いたらしばらくは野営になるのだわ。行ったことは無いけれど近くに村落は無いと思うほうが良いかしら」
ベローズはそう言いながら岩塩の塊を3つ購入し荷台に放り込んでいる。その他に生活で必要になる消耗品も。
空いている時間でシオンは世話になった冒険者組合の組合長に挨拶をした「今日スクリスを出立します、お世話になりました」と。その丁寧な挨拶に組合長は別れを惜しむ、だが若い人間が目的をもって何かをする事に感激もしていた。目的は何なのか等野暮な事は聞かずにただ握手をして「またスクリスにお立ち寄りください」とだけをシオンに伝え、別れる。
短い期間の滞在だったがシオンはこのスクリスの村を気に入っていた。行きかう人々、魔族と称される人間とは色も形も違う様々な人種が混在し、協力し合うこの村を。
ニーア達のもとへ帰る途中、シオンは奇妙な男と目が合った。ボロのマントを身に纏い、冒険者風の皮鎧を装備した、目が異様にランランと輝いている赤茶けた髪色の男だった。その男は遠目からだがシオンの方をジッと見ていた、シオンもその事に気が付いていたが特に何も感じることも無く素通りをする。何のアクションも起こさずただぼんやりと中空を眺めていただけだったから、そう見えたからだ。
……準備は整った。一行は軋んだ音が少々不快な荷車を引いて一塊になりスクリスの正門を潜る。時間は昼前、遠くに雷鳴の音を聞きながら。
「またいつかここに戻って色々してみたいですね」
「スクリスも悪い場所ではないのだわ。もし最終的な目的地の街で住居が購入出来なかったらスクリスに居を構えても良いかしら」
「そうだね、イーギルはいつ食べてもどんな調理でも美味しいし冒険者組合のおっちゃんは良い人だしね」
呑気な会話を楽しみながら出立。エイブの時とは違って見送りに出てくる人はいなかったが、どちらかと言えばこれが普通の事だろう。
しばらく歩いてスクリスの正門が完全に見えなくなった辺りで荷物はスルスルとイリスによって転送される、荷車ごと。吸い込まれていくようにイリスの手のひらの中に入ってゆく荷車を不思議そうにシオンは見つめていた。転送出来る理屈も何もサッパリ分からないのだが携帯電話も同じような理屈で使う事が出来る。そして数十秒歩いた辺りでレストアされた荷車が返ってきた。
外見は買った当時のままに見えなくもないが荷台は広く拡張されていて、車輪にはゴムタイヤのような黒っぽい何かが嵌め込まれていた。軋んだ音もなく、ニーアとベローズはしきりに荷車の頑丈さを確かめ、イリスを褒める。
「簡単に性能面を説明スルト、車輪部分にはネタマルゴの肉を変質させた疑似タイヤ。ベアリングで消音し、小型ナガラ強力なサスで軽快な運び心地を実現させテいるでごぜます」
「シオン、何を言っているのか分からないのだわ」
「僕にもサッパリです」
「まあとにかく性能が良くなったんだよね?それで良いんじゃないかな」
そんなやり取りをしながら3人が荷台に乗り込む。乗り心地は思った以上にガッシリとしてかなりの安定性があるように思えた、ちなみに引く係はニーアになる。
「ん、あれ?これ……すごく軽いんだけど何で?イリス、何かしてるのかな?」
「ハイ、奥様。こちらの世界の住人にバレぬよう電動アシスト機能も搭載させてアリマスる」
「あ、それは聞いたことがあります。引いたり漕いだりした時に軽くなるんですよね」
荷車が地味にこの世界の次世代型荷車の機能をすっ飛ばした高性能使用になっていたが、やはりニーアとベローズには何が何だか分からなかったようだ。それでもスイスイと道を進んで更にはサスの効果が利いており乗り心地も抜群。荷台でジッと様子見をしていたベローズもその事に気が付き驚きの声を上げる。
道すがら、シオンは自らの意思で変身が出来るよう訓練を重ね、交代の時間がくれば荷車を引く。荷台の上に女性3人が固まれば姦しく会話が進み、シオンが荷台の上に上がっている時はデコボコ道にかこつけてセクハラまがい……セクハラが炸裂し、そんな時間はしばらく続いた。
遠雷が聞こえる。黒雲は厚さを増しながら風は湿った空気を運んできた。もうすぐ雷雨になるのだろう、荷車を引いているイリスの提案で早めに仮宿になる場所を探そうという事に否はない。
「イリスさん、このタイヤの素材で靴は出来ないんですか?」
「シオン様と奥様、ベローズ様の身体能力のデータと比較シマスとやや耐久性に問題アリ。硫黄がアレバ問題が解決し靴を制作出来マスル」
この言葉にシオンは硫黄って何だっけ……確か温泉の臭いの元だったかな?でもそれが何で靴に関係があるんだろうと頭を悩ませるも、考えても仕方ないと思い直す。
サァ……と風が吹き、ポツリポツリと雨が降ってきた。一行はその前に森の中の大樹に身を寄せて、雨除けになるターフを枝に結んでいた、一応の今日の仮宿の完成である。本日はここを拠点とし、雨が上がった直後に進行を開始するのだ。
……そしてその一行の行方を遠くより監視している目が有った。まだ軽い雨に打たれて濡れたボロのマントの中からランランと輝く目が、1対。
シオンの旅している場所は気候的に夏でも涼しく感じる場所です。なので革鎧を装備してても平気なんだぜw




