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第35話 古代遺跡の地下

 「……?」


 ベッドからいつも眺めている天井を見上げる。代り映えの無い部屋の中、点滴がずっと繋がっている腕を見る。青黒く変色し、日に焼けた事など無い白い腕にその色は痛々しいまでに目立ってしまう。


 病室の壁に掛けられた鏡を見ればボサボサで、目が死んだ魚のようなやつれた少年が映り込んでいた。これもいつもの光景の1つ、自分の姿だ。車の排気音とともに風が窓ガラスをカタカタと揺らし、灰色に淀んだ空模様は灰色のビルと同化してその繋ぎ目を曖昧にさせる。


 「夢……?」


 ポツリと少年が漏らした、か細いその声はただ1人の病室に木霊する事無く掻き消える。


 消毒液の匂い、湿布の匂い、何日も風呂に入っていない自分の体臭が嗅ぎなれた感覚で、酸素と共に肺の中を満たす。


 耳鳴りがうるさく聞こえる静寂が少年の心を掻きむしる。無性に、何故か分からないが涙が溢れそうな思いに胸が締め付けられた。何故苦しいのかが思い出せない、自分は本当にこの無機質な場所にいたのだろうかと逃避に近い妄想をする。


 少年は半身だけを起こし足を撫でてみる。何故そんな行動を取ったのか自分自身で理解が出来ない、ずっと動かない肉の塊なのに、撫でたところで急に動き出すワケでもない。しかし少年は感覚も無い足を撫でる。


 この何とも形容しがたい悲しい感覚を薄めたいがために睡眠薬を貰おうとナースコールを押してみた。あわよくば、奇跡が起こり、処方する量を間違えて永遠に醒めない事を願いながら。


 しかし何度ナースコールのボタンを押しても看護師や医師はやってこない。


 少年はやがて絶望する。死ぬ事すら自由にならないこの真四角の牢獄の中で。


 


 ……ヌルリとした感触が指に絡みついた。シオンは気が付けば平たい地面に大の字になって倒れていた。指先の感触は何だろうと指を擦り合わせるとやはりヌルリとした感触で、それを見てみると透明度のない液体が付着している。


 やがて視界がハッキリと状況をシオンに伝える、光の1つさえ無い暗闇の中、シオンの隣には後頭部から血を流し虚空を瞬きなしで見つめる女性の姿があった。


 「死、んで……」


 不思議なほどに動揺は感じられなかった、ゆっくりと記憶は元に戻り始める、隣にある女性の死体の名前、現在の状況、先ほどまで見ていた現実だった時の夢。今としてはこちらが現実になっており、そしてそれは狂おしいほど手放したくない現実。


 シオンは全ての事を思い出し、天井、自分が落ちてきた場所を凝視するも月や星の無い夜空が広がっているかのような虚空がそこにあるだけ。


 ペタペタと自分の体をまさぐる、どこかに怪我や不調が無いかを自己診断するためだ。幸いどこにもそれらしい部分は見つからず、立ち上がって背伸びをしてみる。不思議な事だらけだった、ミーロは物の見事に死体に変化していたが自分の体には何1つ傷らしい物がみつからない。しかし好都合とも言える。


 キョロキョロと周りを見渡すとそこは何かの通路のように伸びていて、物音は聞こえないが部屋らしきものはある。


 シオンは「元」ミーロだった肉塊の目を閉じさせ、手を合わせる。せめてもの供養とこれから行う事に対する贖罪の意味もある。


 死体の革鎧を剥ぎ取り、腰のポーチをまさぐると中には小さめの水筒と1カケラの干し肉があり、革鎧の背中部分に小さめのナイフが隠し持たれているのを発見した。他にも有用な物は無いかと探るが収穫はそれだけで終わる。死人に口無し、道具も必要無し。このシオンの行動は特にニーアから注意されている、死人に必要のない物は全て剥ぎ取れと。


 もう一度天井を見上げ、今度は最低最悪な事を考える。もしこの場所から脱出できなければそこにあるミーロを食べるしかないかも知れない、と。幸いな事に水分と塩分の不足は感じなかったから未だジワリと広がり続けている血を飲む事までは考えなかった。


 気を取り直して移動を開始する。まごついているヒマは無い、焦りは禁物だが急がなければそれこそ一環の終わりになってしまうからだ。


 通路状になっている真っ直ぐな道をどちらに進むかカンで決め、歩き出す。そしてシオンは2歩目に違和感を覚えた。


 地面が平すぎるのだ。最も見慣れた地球の病院の通路や床のように整地された地面にペタリペタリと足音がする。そして瞬間的に古代遺跡と言う名前を思い出す、だが同時に古代の遺跡なのになぜこんなにも近代的なのかとも。


 暗闇を見通せるほど夜目が利いている。しばらく歩くと右手に扉のような物があった。地球のどこかの施設のように扉の横に電灯のスイッチこそ無かったものの、動かない取っ手が付いていたので引き戸だと判断し、慎重に扉を開け中を覗く。


 そこにはガランとした何もない部屋があるだけだった。シオンはひとまず胸を撫で下ろし、それでも何かしらの情報や道具はないかと部屋の中に侵入する。


 すると急に電源が入ったのか明りがついた。しかし電灯のようなものは見当たらない。見回してみるとその部屋の天井全体が光を発しており、部屋の中を一望出来た。


 「どなたかいらっしゃいますか……?」


 ボソリと一言だけ呟くも返事は無し。意を決し、シオンは部屋の中を捜索するべくズイと中に侵入した。


 静まり返る部屋の中には何もない、地下故に窓さえ無く閉塞感が急激にこみ上げて来る。ふと壁に目をやると更に扉が見つかる、その扉も引き戸で中を覗くと見知った形のモノがあった。洋式のトイレだ。


 「……」


 最早違和感しかない。しかし水洗ならば水が出るかも、とレバーを傾ける。最初こそ水は流れなかったが、それはタンク内の水が無かったために流れなかっただけで2回目には水が勢いよく流れた。


 シオンは形はどうあれ水源の確保に安心感を得る。飲めるかどうかは別として「人の生活環境」が一応整っているこの場所を1つの拠点と定め、一先ず腰を落ち着ける。


 床に座り込み、ニーアとベローズに聞いた野外生活の基本を思い出してみる。体温の確保と水、食料の3項目の事だ。この中で体温の確保はクリア、次に水、飲めるかは未確認だがこれも一応確保、最後に食糧だがこれは手元に心許ないがある。


 そこでシオンの拙い知識で導き出した答えは動けて30日前後。考えの隅に留めてはあるがそれでも脱出の兆しが見えない場合、ミーロの死体を食べてでも命を繋ぐ覚悟を決める。


 今はまだ思考に余裕があるためか「せめて焼く事が出来れば」などと考えた。そしてそれが出来なかった場合の事も、ミーロの死体から回収した小さなナイフをジッと見つめ、そして自分自身に言い聞かせる「それは最後の手段」だと。


室内ですがサバイバルです。体温確保が出来ない場合3時間、水分確保が出来ない場合3日、食糧確保が出来ない場合20日で人はダウンします。


そして何もない空間で人の精神は持って2日だったよーな?

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