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第34話 絶望の果てに虎を噛む

 湿気をはらむ風が一陣吹いた。サワサワと草木が揺れ、それと同時に焚火も揺れる。2つの月の影響で明るいは明るいがこの場所は鬱蒼と茂った森の中の崩れた神殿、普通の人間の目にはその暗闇は見通せない。


 ……合図は焚火を付ける事だった、それを合図に近寄って朝方まで待機し吸血族であるベローズを無力化した後にニーアとシオンを捕らえるという作戦だった。あわよくばベローズも確保して珍しい銀髪の吸血族として外法の奴隷商に売り込む事が出来れば万々歳。これがミーロ側の本音。


 「じゃあ、僕達が目立ったから目を付けた、で合ってます?」


 「……合ってるよー、ちょーっとだけ縄が食い込んで痛いから緩めてくれると嬉しいかなー」


 「それはニーアさんとベローズさんにキツく止められています。きっとそう言うだろうと。じゃあもう1つ確認です、この思い付きには背後関係、貴族とのつながりや人質を取られているなんて事は?」


 「それがねぇシオン君、アタシの妹と母親がこの話を持ち掛けた奴に人質にされてるんだー、アタシもやりたくてやってるワケじゃないのよー。後ろの2人も似たようなモンでさー、借金があるから仕方なくやってるんだよー」


 現在、ニーアとベローズは焚火の明りを目指してやってくるこの場にはいない他の冒険者を「狩猟」しに出ている。そしてシオンはこの3人が逃げだしたりしないように見張りとして待機させてあるのだ。


 ついでにシオンは時間つぶしがてら背後関係や何らかの事情が無いかを根掘り葉掘りと聞き取り調査をしている。


 「そうなんですか!?妹さんの年齢とお母さんの年齢を聞いてもいいでしょうか?」


 「妹はアタシの4つ下だから18になるんだよー、お母さんは39のはずだよー」


 ミーロはシオンの目をジッと見つめ、質問にはノータイムで答えを出す。シオンも首をコテンと傾げながら目線を外さずにミーロの受け答えを聞いていた。


 「ではもう1つ質問です。妹さんの業種とお母さんの思い出で印象深い事を教えてください」


 「変な質問だねー、妹はアタシと同じ冒険者をやっていたよー。お母さんはスクリスでお父さんと一緒に畑を耕してたんだー。どっちも捕まっちゃったけど」


 「わたしも無理矢理借金を背負わされているのよ、本当よ!」

 

 シオンの次の質問にも目線を外さずにスラスラと返答が帰って来る、更に後ろで縛られている女性冒険者の借金の話にも反応を示さない。内心でシオンは「本当に目線を全く外さないで喋るんだ……」とベローズが講釈した人間の心理読みに対し驚愕を隠せないでいた。


 「……なるほど、分かりました。もう少しでニーアさんとベローズさんが帰って来るので今喋っていた事を報告します。良いですよね?」


 「いやー、誤解が解けるならそれで良いんだよー。シオン君話が分かるよね」


 勿論シオンが「報告」するのは目線を外さずにスラスラと受け答えしていた事などだが、何かを勘違いしたミーロ等3人はどこかでホッと胸を撫で下ろした。


 しかしここで困った事が起こる。そのミーロ等のホッとした表情にシオンの良心がチクチクと苛まれ、一瞬だけだが自分のミスと言う事で逃がしてしまおうかと考えてしまったのだ。つまりはシオンとミーロ等はどちらも甘っちょろいのである。


 少しだけ逡巡したシオンの脳裏にはある言葉が浮かび上がる。それは「自分達以外を信じてはならない」との言葉。これは冒険者組合の組合長に言われた言葉だがその言葉は強くシオンの心を叱咤する。この場を移動して狩を行うニーアも実は見張りはシオンに厳しいかも知れないと内心思っていた。仮に組合長の言葉が無ければどうなっていたかは分からない。


 


 「ミーロの仲間はこれで全部かしら?一応死なない程度に痛めつけているけれど……別に命が尊いとか順法精神がどうとかは期待しない方が賢明なのだわ」


 「ただいまシオン、全部で5人だね。ご丁寧に足枷まで持ってたよコイツ等」


 狩猟に出ていた2人が無事シオンの元へ帰りつき、ドサリと縄で括られた男性冒険者5人を神殿の床に放り投げる。その誰もがピクリとも動かず呻き声が少々聞こえるのみ、焚火の明りでそれを目撃しているミーロの表情は動かない物の内心ではかなり狼狽えている。


 「ニーアさん、ベローズさん、ミーロさんについての報告です」


 そして先ほど聞いたミーロの嘘をシオンが報告する。事細かに説明を続けるとベローズはくつくつと笑いながらミーロの顔色を眺め嗜虐的な雰囲気を醸し出した。


 ミーロの焦りは加速した、上手く騙せたんじゃないの?有力な吸血族に付いておこぼれに与っているただの子供でしょう!?と。


 「シオン、女と言う生き物の料理の仕方を見せてあげるのだわ。もしかしたらちょっとだけ刺激が強すぎになるかも知れないけれど、勉強の1つだと思えば良いかしら。教材は3つあるのだしたっぷりと楽しめるのよ」


 「ミーロに教えてあげようか、私は人間じゃなくて人狼族の一種なんだよ。見誤ったね、ウソなんてニオイで判断できるのさ。たっぷりとそのニオイが沁みついてるね」


 暗闇の中、ベローズの光る眼と生ぬるい風の中、イヤに通る2人の声にミーロと2人の女性冒険者は失禁してしまいそうなほどの絶望を感じる。

  

 カチカチと歯の根が合わず冷たい汗が額から流れる、叫ぼうとしても下腹に力が入らない。戦闘狂の吸血族が目の前にいる事でイヤでも想像が膨らんでしまう「痛いのはイヤ、血を吸われる?拷問、死にたくない」ミーロの頭の中にはそれらの単語だけが何度もリフレインし血の気は失せ、顔色は土気色に変化する。


 「ど、奴隷……奴隷にな、なります。お願い……体を好きに使って良いから……っ」


 最後の手段。生き延びるためだけに、それだけのために全てを賭けた本当に一番最後の手。しかし。


 「これからその体をお望み通り好きに使うのかしら、だから奴隷にならなくても良いのだわ」


 「ミーロは私達をその奴隷にしようとしてたんだろ?ダメだよ、禍根は絶たないとね」


 「シ、シオン君!シオン君ッ!嘘じゃないの!お母さんも妹もいるの!本当なのよ!?」


 「それは、捕まっているって意味でしょうか……?」


 涙が溢れ、ヨダレを垂らしながら引きつった表情でシオンに縋りつこうとするも失敗。そもそもの話、ミーロの家族はいるもののスクリスには存在しないし捕まってもいない。ミーロは追い詰められた、それこそとことんにまで。


 


 この時、この瞬間が最大のミスだった。




 「うわあああアア”ア”ーッ!!」


 ミーロの中で何かがブツリと切れる音がした。火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛む、そんな事なのだが本当にあり得るのだ。それほどにミーロを追い詰めすぎたのだ。


 一瞬の出来事でニーアもベローズも反応が出来ず、さらにミスにならないミスが重なる。新品だと言え所詮は藁を編んで作られた縄がミーロの腕力で引きちぎられる、その事に気付いているのか気付いていないのかも分からないままミーロは目の前にいたシオンに飛び掛かる。


 「シオン!」


 ミーロがシオンを抱え込み、ゴロゴロと転がりながらシオンの顔を殴打する。シオンにダメージは無い物の気が動転して殴りかかってくる腕を防御するので手一杯。


 狂乱しながら転がるシオンとミーロが壁にぶつかる、すると小さな音が「カチリ」鳴った。しかしその音はミーロの音声に掻き消える。


 それは何かのスイッチだった、数瞬の後神殿の床が落とし穴のように口を開き、シオンとミーロを底の見えない暗い穴に飲み込んでしまった。


冷や汗や脂汗の類は本当に噴き出るし火事場の馬鹿力もマジでありますw

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