第27話 識字とレート
冒険者組合を後にした一行、ベローズはそのまま「最近運動不足だから鈍っているかも知れないのだわ」と言い残しドス黒い雰囲気を纏いながらスクリスの門を正面から出発した。
それから一夜明ける。シオンが目を覚ました時にはすでにベローズが隣で寝息を立てており、その逆隣りにはニーアが豪快なイビキをかいて未だ夢の中に居た。この時、年頃の男ならば少々魔が差し女体の神秘へと旅立つため、両隣に眠る女性のあれやこれをナニするはずだろう、だがしかしシオンはまだ少年が故にそこ等の研究意欲は未発達。ややボサボサになった黒髪をそのままにそっとベッドから抜け出てゆく。
トントンと軽い音を立て、シオンは宿屋の一階へと降りる。
「おはようシオン君、軽く何か食べるかい?」
「おはようございます、いただきます」
宿屋の大将との会話。大将は白髪交じりの壮年手前で人好きのする笑顔でシオンを食事に誘う。
宿屋の一階部分は木製のテーブルが並ぶ食堂と兼用になっており、酒類は出ないもののこの宿屋「雁の宿」独自の献立までもがある。食堂の奥、厨房では壮年手前の女将とその娘がいそいそと料理を作っている。
「おはよー、シオン君。好きな所に座っててね。今日の朝食はイーギル包みね」
「はい、ありがとうございます」
イーギル包みと呼ばれた料理はすぐに出て来た。小麦粉の薄焼きに葉野菜とやや赤みがかったタレ、そしてイーギルと言うスクリスの名物である川魚の白焼きがクレープのような形になりシオンに提供された。
シオンは皿の上に乗ったそのイーギル包みなる料理をマジマジと見つめる。食堂の中は太陽光がなるべく入って来るように計算された作りになっていて、その赤みがかったタレの色もしっかりと見える。
シオンは小声で「いただきます」と言うと両手に持ったイーギル包みに齧り付いた。その瞬間やや辛味のあるスパイシーな香りがシオンの鼻腔を刺激する。清涼感の溢れる新鮮な葉野菜もその味に調和しイーギルの柔らかな身がほぐれる。
「お、美味しい……!」
「お、口に合ったみたいね。ウチのイーギル包みは中々人気があるんだよ。蛇みたいな外見だから苦手な人もいるけど味は良いんだよね」
はぐはぐと一心不乱にイーギル包みに嚙り付いているシオンを上機嫌に見つめながら宿屋の娘がニカッと笑う。
「……蛇なんですか?イーギルって」
「うんにゃ、ちゃんと魚だよ。お母さん、イーギルを見せてあげて」
厨房にいる女将が件のイーギルを取り出す。青黒く光を反射し、確かに蛇のような外見。だがそれに似た物をシオンは知っている。
「ウナギに似ています」
「あ、やっぱり他の地域の子なんだねシオン君は。うなぎって言い方になる地域は知らないけどイーギルを知ってるんだったら美味しいのも知ってるよね」
異世界人だと言う事はバレなかったが簡単にここ等の者ではない事を見透かされるシオン。
細かな事なのでシオンは気が付かなかったがこのイーギルの捌き方は「腹開き」と言われるもので少々独特な捌き方である。例えば地球のイギリスなどではウナギのブツ切りにして食べるのだが、それだとどうしても骨が口の中に残ってしまう。
そのイーギルを美味しく食べるためにスクリスの村人の途轍もない研鑽と試行錯誤がこの一皿の中に垣間見える。
「ごちそうさまでした」
「はいよ、ご丁寧に。シオン君の食べっぷりを見てると作り甲斐があるよ」
宿屋の娘はシオンに出した皿を片付ける。そしてシオンはそろそろニーアが起きて来る頃ではないかと2階の部屋に軽い足取りで帰っていった。
扉を開けると案の定ニーアはベッドから起きだしていて、身支度を整えている。久しぶりに見る革鎧姿では無い事に不思議な感覚をシオンは覚えた。
「ニーアさん、おはようございます」
「おはよう、シオン。天気が良いしスクリスの中を見て回ろうよ」
「……うぅ、ニーア、冒険者組合にも寄っておいて欲しいのだわ……報……酬……」
ベッドの中でうわ言のようにベローズが呟き、そのままスゥスゥと寝息を立てる。
「多分昨晩出て行ったアレだろうね、お金はどれぐらい貰えるんだろう?」
「行って見なければ分かりませんね。文字が読めるならついでに依頼がどんな物なのか確認しときたかったんですが」
ともあれシオンとニーアはスクリスの村に繰り出る事となる。
夜間の賑わいとは打って変わって村の中は商人たちで賑わっている、木の看板に墨汁で描かれたイーギルや日用雑貨を売る店、ムシロを敷き、ボロを纏った子供が薪の束や干し肉を売る姿もある。
「ニーアさん、あの子供が売っている干し肉とかは本当に買っちゃいけないんですか?」
「ベローズに言われたよね、あの手の子供は雇われてワザとあんな格好でモノを売ってるんだって。よく見てシオン、妙に血色と肉付きが良いと思わないかい?」
「確かにそうですが……」
ムシロを敷き、ボロを纏っている子供はどことなく余裕で上の空。ベローズはシオンとニーアに噛み締めるようにこう言っていた「商人はゼーンを稼ぐためにどんな手段でも使う、法に触れない限りは。特に子供がモノを売っていたら警戒するのだわ、アレは他所からスクリスに来たカモを見分けるための罠なのよ」と。
生き馬の目を抜く。しかしながらしっかりとした法がある故にせいぜい引っかかったとしても割高になる商品を売り付けられるだけだろう。仮にベローズが居なければシオンとニーアは簡単に引っかかっていたかも知れない。
交易の中継点スクリス、この村は一皮剥けば商売を媒介に人の悪意渦巻く魔境の類なのだろう。しかしながらその欲望は発展を生み出し、いずれ大きく村を成長させる事になる。シオンとニーアは各種店舗を横目に見ながら冒険者組合へと足を延ばす。
「こんちはー、夜の内にベローズが組合に獲物を持って来たって聞いたんだけど」
「おおニーアさん、シオンさん、いらっしゃいませ。勿論存じております、少々お待ちください」
昼間も組合長が受付をしておりエネルギッシュにあくせくと働いている。組合長は一度奥へと引っ込み、すぐに受付へと戻って来た。
「こちらをお受け取り下さい」
チャラ、と1枚の丸い銀貨と数枚の銅貨を受付の上に置く。しかしシオンとニーアは微妙に困り顔になる、この金額が多いのか少ないのかを判断出来ないからだ。文字が読めないのと報酬のレートを理解してないとはこれほどにも困る事なのかと2人は驚愕する。
それは商売を行っている場所では防寒具を付けずに冬の荒野で野宿をするにも等しい事だと結論付けた。
人が集まれば綺麗事だけでは済まないですねw
割とベローズ頼みで物語は進行します。




