第22話 語られない物語
数日が経過する。ベローズが参加したルワンの村は過去にないほどの安定ぶりを見せている。
理由としてベローズは度々夜間哨戒を繰り返し、フェブリ等魔物の殲滅と食料になる魔物を倒しては村人が寝静まっている時に村長宅の前にその獲物を乱雑に積み重ねていた。
知らず知らずの内に村長宅の前に積み重なってゆく獲物の山に村人一同は首を傾げ「精霊の仕業」だと少しの間だけ噂が立った。それをニーアが説明し、丁度曇りの日の昼間にベローズを紹介して今に至る。
「塩づくりを初めて見たけど時間がかかる作業なのだわ。何で塩が水の中に出来るのかしら」
「正直な所、私にも分からないんだよ。鍋を煮詰めると塩味が濃くなるのが関係あるとか何とか」
「塩分濃度がどうだとかを憶えているんですが、確かにベローズさんの言う事も分かりますよ。お湯の中に塩が出来るのが不思議ですよね」
ルワンの村の塩づくりは極単純な方法を採用している。鍋の中に海水を入れて水分を蒸発させ、塩の結晶を取り出し乾燥させる方法だ。この時注意しなければならないのは最後まで水分を蒸発させると大量のニガリが混入してしまいエグ味のある塩が出来上がってしまう。
塩10kgを作り出すのに海水が約400リットル程必要になり3日の間煮炊きする工程になる。そしてシオンの言う塩分濃度が20%を超えた辺りから塩の結晶が目に見えて来る、それでこの3人の「水の中に塩が出来る」現象が起こる。
ちなみにニガリの味は塩辛く、エグ味があるが豆腐の凝固剤として用いられる。しかしシオンはその事を知らない上にそもそも大豆のような物がここらではあまり栽培されていない。例えあったとしてもシオンが豆腐の作り方に気付くかは微妙な所。
「シオン、ニーア。提案があるのよ、ルワンでの生活も悪くないどころか快適なのだわ。でもいつ来るか分からない敵を警戒するよりか、こっちから探してはどうなのかしら」
「何かアテがあるのかい?」
「その怪人カニ男は川に呑まれた痕跡があった、なのよね?そしてそれにも関わらず地理情報を見失っていなかった。つまりおおよそ川の上流のどこかが敵の拠点に近い場所だと考えられないかしら」
「……村を出る事になるんだね、シオンはどうしたい?」
「僕は……このルワンに留まるのも良いと思います、けど他の村や色々な場所も回ってみたいですね」
「ニーア、決定なのだわ」
ベローズの提案は何かしらに苛立ったり狙われているストレスの関係でも何でもなく、単純な話、シオンとニーアに色々な場所を見せたかったり、どちらかと言うならば好意的なものである。ベローズの本心としては旅に出るも出ないもどちらも良い選択だと思い、いずれは自分の故郷へ2人を招待したいという思いがある。
キッカケはごく普通のキッカケ、出会いは偶然の産物か、旅の始まりは3人だけ、ほぼアテのない旅路はここルワンから始まった。ニーアのカンが運命を告げる、ここより1つずつ歯車が噛み合い何かが動き出す、そしてその結末は自分たちに必要なモノでそれはとても大切なモノだと。
某所にて。
「所長、13号の手がかりが途絶えました。それに伴い10号が未帰還です、6号の報告では落雷の現場から川を下って捜査したと報告があがっています」
「……確か数日前に雨が降ってたのう、洗脳薬の改良が必要になるか……何事もままならん事よ。知能の程度が下がるとはこれほどに厄介だとはの」
エブオルの研究室。そこでは所長と呼ばれる頭を抱えた老人と妙齢の女性が話をしている。日々怪しげな研究を繰り返してはいるが彼等も人間であり生き物、食べる物を食べ、考える事を考え、悩み事に悩む。それらはごく自然な行為であり誰もが行う行為。
「シビリには任せると言ったな、今後はどうしたい?」
「そうですね、捜索は打ち切り通常の状態に戻しましょう。何も結果が出ず申し訳ありません」
「いや、謝る事はない。何事にも経験は必要で、何事にも失敗は付き物。シビリはこの事を未来に役立てるように考えればよい、ワシも先はそう長くもなかろう、その時は本当の意味で任せる事になろうな」
「所長……」
シビリの表情はみるみる曇ってゆく。その感情は失敗に対する物なのかそれとも所長と呼ばれた老人の気弱な言葉のせいなのか。薄くボンヤリと光る研究室で重い沈黙が2人を包んでいる。
「私は所長の後を継ぎたくはありません……」
「ククッ……それもよかろうて、所詮は人の道を踏み外した外道の研究、所業よ。後年、忌々しく思われるような功績など誰も欲しがらんわのう」
「違います、私は貴方の研究の成果で起こる、人の可能性をこの目で見たいのです。決して私が所長の後を継ぎたいのではない、貴方が没してしまえば私には何も残らないのです……」
「カカ、そうか、お前を拾って育てたのは失敗だったのう。見捨てるかもっと早くマトモな誰かに預けるべきだった、そうしたら真っ当に太陽の下を歩けたはず。こんな……こんな、薄暗い湿気まみれの穴倉に閉じ込めるザマになるとはな!……すまん事を、したものよ……」
「……」
老人の気勢は萎んでゆく、それこそそのまま消え入りそうに。曲がった背を妙齢の女性、シビリに向け何かを掻き消そうとさらなる研究に没頭する。シビリはうなだれたまま研究室を後にした。
語られる事の無い物語はある。どんな人物、どんな人生、悪人であろうと善人であろうと。
そんな星の元に生まれた、生まれてしまった。やりたい事、やるべき事を突き詰めた結果そうなった。それしか出来なかった、それ以外分からなかった。いずれにせよ結論としてこの時代、人は産まれ持ったカードのみで戦わなくてはならない。その結果、語られない物語はあまたに産まれた。
それを是とするも否とするも本人に選択権は無く、血のにじむ努力も涙も生と死も、何もかも分け隔てなく平等に降り注ぎ、そして語られず人目に付かない場所へと埋もれて行った、そんな物語が。
塩づくり、一応ご家庭でも出来てしまう作り方ですw
ちなみに、第1話、第2話はエブオルの研究員のフキダシで所長じゃないです。




