第20話 晩餐
この世界には街灯らしきものは無い。今、シオン達が歩いている道も「道」とは呼べないただ草が掻き分けられただけの道、石ころや雨水で抉れ、窪んだデコボコの道。空に浮かんでいた2つの月はすでに隠れて居なくなり、真の暗闇が纏わりつく。
その道中ふ、とシオンは不思議に思った。なぜこんな暗い中辺りが見えるのだろう、と。思い起こせば不思議な事ばかりで、少々口数少なめに歩きながらその考えを纏める。
「何故この世界に」「何故歩ける」「何故暗い道が見渡せる」「なぜ変身できた」「そもそも何故この世界の言葉が分かる」
疑問。シオンの頭の中に渦を巻き、そしてそれに答える事が出来る人物はいない。だが夢であって欲しくはない。と、そうシオンは結論付ける。元居た世界、地球の日本の病院生活はとても規律正しく規則正しく何もする事が無く、何も出来はしなかった。一体何年間そんな生活をしてきただろうか?
確かに日本の病院で生活するよりは危険で苦しいのかもしれない。しかし、それ以上の感動を、感激をシオンは得る事が出来ている。オレンジと藍色のグラデーションに彩られる朝の空がこんなにも美しいのだと感じる事は今までに無かった、手をベタベタにして大ぶりの砂エビを頬張る事に生命の何たるかをどれ程感じただろうか、ニーアの温もりを、ボロを纏った村人の雑な言葉を、えも言えぬ複雑な感情が心を満たした。
故にシオンは夢であって欲しくないと切に願う。疑問は尽きない、謎ばかりしかないこの世界をシオンはもっと知りたいと思わずにはいられない。
「はいよ、ここがルワンの村だね。んであっちに私の家があるんだ」
太陽が昇り切る前に一行はルワンにまで辿り着く。ニーアは村の各所をベローズに紹介しながら自宅へと移動した。
「ここが私の家。ちょっとだけ仮眠を取って浜に出ようかな。でね、問題が1つあるんだよ」
「問題、何かしら」
「寝台が1つしか無いんだ。狭いのがイヤだったらベローズは宿泊施設で寝泊まりしても良いんだけど」
「ニーア、それはシオンと3人で……同衾する、と言う事かしら?」
「勿論だよ、シオンが真ん中でね」
「あ、はい……え!?」
「狭いのは仕方がないのだわ。そう、仕方がない」
「その、僕が宿泊施設に寝泊まりとかは……?」
「ダメだよ」
「ダメなのだわ」
畑に植わった若い芽に朝露が輝き、小鳥がチチチと飛び立つ。そんなのどかな風景を背にシオンの提案はアッサリと却下される。
一同仮眠を取り、その後、シオンとニーアは浜辺に出て漁を行う。潮風が吹き抜けどこまでも青に染まる海と空、足元の海水は透明に見えるがなぜ遠くの海は青く見えるのか。不定期的な自然のリズム、波の音を聞きながらこの世界と自分への疑問をシオンは考え続けるも答えは出ず。
「考え事かな?」
「……はい!全てが不思議な事で満たされてます。何一つ答えが無いんですが、何だろう……やっぱり分かんないです」
フワフワしたシオンの返答だがその顔は大変に満足している表情で、ニーアも釣られて満足げに笑う。
「シオンの考え事は答えが出た方がいいのかな?」
「無いよりはあった方が良いですけど、無くても構わないのかも知れないですね。そんな事よりもベローズさんの分も砂エビを確保する方が大事かもです」
2人の背負い籠の中には砂エビが合計4匹入っている。小魚用の罠にも数匹の獲物が入っていて、それを縄で一括りにして確保済み。サクサクと砂浜を歩き、とある河口付近に近づく。
「今度は何も流れ着いてないですね」
「あの時は焦ったよ、今度あー言うのが現れたらニーアおねーさんがボッコボコにして洗いざらい吐かせてやる」
怪人カニ男が倒れていた河口付近だ。その男がドロドロになってしまった場所にはもう何も残ってはいない。一応だが2人は辺りをキョロキョロと見回し、何かしらの物品が無いか調べたが、何1つそれらしい物は無く食糧確保に思考をシフトさせる。
「ベローズさんは今後どうするんでしょうかね」
「本人も言ってたけど戦い大好きだからね、暫くのんびりしたら魔物の殲滅に動き出すんじゃないかな?」
ベローズは趣味の一環に近い感覚で魔物の殲滅を行っている。そうでは無いにしてもベローズの種族、吸血族は戦闘狂いの魔族だと知られ、人間にもその名が知れ渡っている。
しかし反面昼間は光が眩しすぎて外に出られないと言う弱点を持ち、それ故に手あたり次第どこにでも戦闘、喧嘩の類を仕掛ける等の事はしない。明確なまでの弱点があるならそこを付かれればひとたまりも無いからだ。
さらにもう1つ、ベローズは魔法が使えた。
「おかえりなのよ、シオン、ニーア。早速わらわに成果を報告するのだわ」
「はい、今日は砂エビ2匹と小魚ですね、あと貝が少しだけです」
シオンが漁の成果を報告し、籠ごとそれを台所に置く。それ以外の成果は村のために別けられている、互いに助け合いながら細々とルワンをはじめ、他の村もそう運営している。
「中々のモノが作れそうなのだわ、ニーアが作るのかしら?」
「そうだね、これを使ってここらで食べる郷土料理でも作ろうか。単に焼いた後で汁物にするだけなんだけどね、ベローズはそれでも良いかい」
「油で煮るのも良いけれど、砂エビは単純な味付けが最も美味しいのを知っているのだわ」
「だったら安心だね、待ってなよ」
そんな事を交わしながらニーアは自信ありげに料理に取り掛かる。
「油で煮る、揚げるんじゃなくてですか?」
「む、シオンはプカットを知ってるのかしら?……ますます謎が多い男の子なのだわ」
「あ、いえ知らないです。何ですかプカットって」
「……?簡単に説明するなら、肉や野菜を水に溶いた粉に漬けて油で揚げる物がプカットなのだわ。プカットはわらわの故郷の郷土料理だから、シオンはどこでそれを知ったのかしら?」
「あ、プカット自体は知らなかったんですよ。でも天ぷらって名前の僕の故郷の料理に似てますね」
ベローズは少し訝しんだ顔をする。ベローズの故郷はその名から、性質から恐れられ、その他の理由からも訪問者は少ない。しかも食用油を大量に使える地域は少なく、吸血族の誰かが伝えたとしても発展はし辛いと理解をしているのだ。
それを聞いたことの無い料理名「天ぷら」と言う名を聞き、年若きシオンの口からそれが出るのを訝しんだ。
「まあ一緒に飯を食べるんだ、ちゃんと説明出来るところはするから大人しくしてなよベローズ」
「やっと観念したのだわ、面白そうな話になりそうなのよ」
一方はため息、一方はクツクツと笑う夕食となる。
ベローズの魔法の事は次回へ。クソ魔法ですよw




