第18話 月下の謀略
討伐隊一同が銀髪の女性の、戦いと言うよりは一方的な殺戮を眺め、今それが終わろうとしている。女性は息を荒げる事も無く始終軽やかにステップを踏み、そしてその動きに囚われた魔物、フェブリは最後の1匹を残し全てが悉く屍を晒している。
「あの人、凄いですね。こっちに気が付いてませんか?」
「そうだね、気が付いてると思うよ。アイツらは魔族の中でも厄介な奴等だね、吸血鬼、吸血族って呼ばれてる連中さ」
「吸血鬼……血を飲むんですか」
「一説ではね、でも塩が取れない内陸の方では人間も魔族も普通に血は飲むよ」
「え!?」
「血液は栄養が多くて塩分が含まれるんだ、一応覚えておいてね」
ニーアの言っている事は正しく、地球上でも塩、岩塩が希少な地域では塩分補給のために血を飲む事はある。血液を料理する事もあり、ブラッドソーセージが有名と言えば有名ではないだろうか。しかしシオンにとって血を飲むと言う行為には忌避感があり、イザそれをやれと言われても出来はしないだろう。
話は別になるが、草食動物が人間の体を舐めたりするのは汗に含まれる塩分を取り入れるためだ。ジャングルで象を呼ぶ時にも塩の塊を使ったりする。
「決着が付いたね、一応話は通じるから敵意を出さないでね、シオン」
銀髪の女性は血塗れのまま口を開け、まるで月光を飲み込むように舌を伸ばしている。魔物の死骸の山の上でそれは静かに、神秘的なまでに、吸血鬼と言う呼び名そのままにシオンの目に飛び込んで来る。
「こんばんわなのよ。一緒に踊ってくれても良かったのだわ」
突然クルリと女性の首だけがこちらを向き、敵意が無いかのように手をヒラヒラと振る。それに答えるべくニーアが茂みをかき分けて進み出た。シオンも一瞬だけ迷ってニーアを1人にさせないため一緒について行く。討伐隊は警戒をさせないために動きを見せない。
「見事な腕前だね、武者修行中?」
「フフ、武者修行はちょっと古いのだわ。単にお世話になっている場所に恩返しするために魔物の巣を潰してるだけなのよ」
「そうかい。んじゃあこっちは手間が省けて助かったから帰らせてもらうね」
「急がなくてもいいのだわ、だってこんなに良いよ、る……そこのちっちゃい子は誰なのよ」
ニーアの後ろにちょこんと控えてるシオンを見つけ、女性はジッと何かを忘れたかのように見つめている。シオンもそれに何故か釣られジッと見つめあった。
「ベローズ・リド・チュール」
「?」
「?」
突然の呟きにシオンとニーアは同時に首を傾げ困惑する。
「ベローズ、わらわの名前なのだわ」
「あ、はい、シオンです。エモトシオンです」
「私はニーア。ニーアゲイラだよ」
「シオン、いい名前なのよ。わらわの側女として仕えても良いのだわ」
「僕、男なのですが」
「!?」
「シオンは男だよ」
「!!」
女性、ベローズは緑に光る眼をチカチカさせて狼狽える。魔物の群れのド真ん中で大ナタを振るい狂乱していた雰囲気は雲散霧消していった。数秒経っても「え、嘘、え!?」と、その狼狽ぶりは最早同一人物だと言われても不思議なほど。
「こんな、カワイイ娘が……男のはず無いのだわ……!」
豹変。心の中で何かが決壊したかのようにコロコロと雰囲気は変わりまるで一昔前にどこかで聞いたようなセリフをブチ撒けた。少なくとも敵意あるセリフではない事からニーアは安心する。
「……そんな事言われましても性別は変えられませんし」
「じゃ、じゃあ男である事の証拠を見せるのだわ!その、つ、付いてる……アレを……わらわに、その……」
尻切れトンボとはこの事。竜頭蛇尾とはまさにコレ。一切の勢いは何らかの事情によりベローズの口の中に仕舞われた。未だ血塗れではあるがその血を洗い流せばそれと同等の真っ赤な顔が衆目に晒されるであろう。そんな折、その「何らかの事情」に気が付いた同性のニーアはベローズをけむに巻き、この場からサヨナラしようと画策する。
「シオンはね、スゴいんだよ……!こんなカワイイ顔してるのにイザと言う時は黒くてツヤツヤしてガッチガチになるんだよ、回復力もケタ違いでね。ベローズと言ったね、悪い事は言わない。これは心からの忠告だよ、他を当たった方が良い……危険だ、ドロドロにされるよ」
「ひ、ヒェッ……!」
「ニーアさん……っ!」
ニーア渾身の演技っ!身振り手振り、カッチリとベローズ伝わるように熱弁を振るう!更に「危険だ」の瞬間、目力を最大にしてベローズに心理的な睨みを利かせた!尚、ニーアは一切のウソを混ぜてはいない、シオンの変身した時の事をつぶさに説明しているだけなのだっ!策士!策士である!シオンも自然に何故か顔を赤らめ、それを見たベローズはガクガクと震え、地面にペタリと腰を抜かししゃがみ込んだ!
「シオン、帰ろう。ベローズ、また何時か何処かで……」
「うう……ニーアさんヒドいですよぅ」
ジャリ、と2人はベローズに背を向けた。ニーアの表情は計画通りとほくそ笑んで、シオンの表情は赤いまま。ベローズは戦慄の眼差しをシオンの背に……一部分に向けて動かない。
月下、風が血なまぐさい匂いをどこかへと運んでゆく、屍の山を踏み、血溜まりを避けながら殺戮劇の跡地を足早に抜け、討伐隊に合流しセイノカへと帰還しようとしたその時。
「ま、待つのだわ!わらわも一緒に連れて行って欲しいのよ!腰が抜けて立てないなのよ!」
あと一歩、あと一歩の所でベローズに呼び止められた。一応ではあるがセイノカの村の恩人にもなるが故にシオンとニーアは歩を止めざるを得なかった。つまり、ここにニーアの策は失敗してしまったのだ。
「ニーアさん、ああ言ってるんで、ね?」
「そう、だね。戦利品漁りもしてないし仕方ないね」
吸血鬼、吸血族の1人ベローズ。最初は惨劇で始まり最期は微妙な出会いになったがこれが長い付き合いになるとは当の3人も知りえない事だった。
この世界は下着類が未発達です、しかしベローズのスカートが捲れたりすることはありませんw




