第15話 マギア
パタタ、と数滴の血が砂浜に落ちる。シオンの腰からゆっくりと力が抜けてゆき、それと共に貫手もシオンの腹から引き抜かれる。血塗れになった男の貫手の色は赤く、硬質な光沢に血油でヌメリと光っていた。
「ぜぁっ!!」
ニーアが咄嗟の判断で男に致命の一撃を与えんと首筋に剣ナタを打ち込む。しかしそれは硬い骨のように変化した外皮によって弾かれた。その色も茹で上がった甲殻類のような赤に染まり、膨れ上がった体は粗末な衣服を飲み込みその異様を曝す。
その男の外見は人間の四肢を甲殻類の鎧で覆ったような、人とはかけ離れた姿に変貌している。ニーアはその姿を見て動揺した、記憶の中にあるどの魔族と呼ばれる人達の外見に似ても似つかないからだ。獣成に変化したニーアの姿もおよそ魔族のそれとはかけ離れている、しかしこの男のように外殻ではなく体毛により変質しているのだ。
ニーアは剣ナタを構えジリと詰め寄るながら考える。一度シオンを離した方が良いか、それとも獣成で引き千切るか、足場が悪い、剣ナタが通らなかった。考えに考え抜く間も無く、男は体を回転させながら外殻に覆われた太い腕で裏拳をニーアに放つ。
空気を爆ぜさせてニーアの頭部に襲い掛かる裏拳を屈んで避け、同時に剣ナタを肘関節部分に打ち込む。が、裏拳の予想外の速度に剣ナタは火花をまき散らし弾かれた。
「邪魔者……排、じょ……」
「……」
男の腕は裏拳の伸びきった姿勢のままストンと元の腕の位置に戻る。
ニーアはその一連の行動に違和感を覚える。男の息が荒く、何か動きがぎこちない。それもそのはず、この男はすでに濁流に呑まれていると仮定してすでに多大なダメージを負っている、しかも鎧のような外骨格のせいで体の可動範囲が人間のソレよりも圧倒的に限定されているのだ。
ニーアは閃く。もしや、と。
剣ナタは通らない、外殻のせいだ。動きが直線的だ、これも外殻のせい。硬い殻のような表皮のせいで攻撃が当たれば威力はある、しかしあの直線的な動きでは私は捉えられない、と。
ザワリとニーアの両腕が肥大する、一部分を獣成に変化させて剣ナタを捨てる。全身を変化させないのは砂地の地面では脚力が流されてむしろ不利となるため。
ニーアの狙いはもう一度の裏拳。再度ジリと近づき、わざとスキを見せるようにしてソレを誘発させる。男は外見はしっかりと直立しているように見えるが中身は違う、未だ朦朧として第1目的以外をハッキリと認識できない状態。
とある魔物の倒し方をシオンに見せた事がある、擬態蟹。あの魔物の一撃は確かに喰らってはいけないが、結論として攻撃が届かなければ喰らう事など無い。いくら硬い外殻を有しようと間接まで固められるはずが無い。殺せない生き物などいない、ましてや朦朧とした意識の今ならば!
ニーアは意を決して飛び込む、瞬間、男も反応し半歩踏み込み体を半回転させての強烈な裏拳をニーアの顔面に放つ!
心の中でニーアは呟く「ヌルい」と!
再度男の裏拳はニーアの頭上を通り過ぎた、しかしニーアの行動は先ほどとは違った動きを見せる。頭上を通り過ぎた腕が伸びきる瞬間を見切り、その腕に、飛びつき腕ひしぎ十字固めを取る事に成功する。
まだここでもニーアは油断しない、もう片腕があるからだ。瞬間的に全身を獣成化させその変化する重みにより砂地に、外殻を纏った男を引き倒す!
「おおおおおおっ!」
雄叫びを上げてフルパワー、全身の筋肉を総動員して一瞬で男の腕を引き千切る!しかし本当の目的はソレではない、勢いそのままに引き千切った腕を放り投げ、前後不覚の男の頭を踏みつけ、シオンの奪還に成功。
「シオン!シオンッ!」
「ニーアさん。だ、大丈夫……です。全然……痛くないんですよ」
シオンの言葉にゾワ!とニーアの血液が逆流したかのような感覚!冷や汗がニーアから噴き出る、もしやすでに感覚が失われてしまったのか!?と!鼓動がシオンに聞こえてしまいそうな程の悲鳴を上げる、足の震えが止まらない、涙が溢れ出しマトモにシオンの表情すら読めない程の混乱がニーアの感情を支配する。
「ああ、ああああ……」
「ニ、ニーアさん、本当に大丈夫なんですよ?ほら、傷も塞がってます」
その言葉にやや正気を取り戻したニーアが貫頭衣から覗くシオンの白い腹をジッと見つめ、目を白黒させた。確かに傷は塞がっている、しかし男の貫手は確実にシオンの腹を貫いていたはずなのだ。
抱きかかえられているシオンはニーアの顔を優しく撫でた「大丈夫だよ」と言わんばかりに。一拍、強い鼓動がした。
シオンの視線は立ち上がった男に向けられる。千切り捨てられた腕はそのままで、フラリと何かしらの目的を遂行するため、それだけの理由で男は立ち上がった。
二拍、シオンの心臓が強く鼓動する。シオンの人間としての本能が、動物としての本能が、男としての本能が!立ち上がってこちらに歩を進めようとする異形を明確に敵だと判断する!シオンの脳内から信号が発信される、目の前の敵性を排除しろと!
三拍!シオンの心臓は火を入れたエンジンのように高まる。ニーアに抱えられた手から砂上に立ち上がり、脳から発せられる信号を遂行すべしと男の前に立ちはだかる、ニーアを背に、その自らの大切な存在を守るかのように!
シオンには何故か分かるのだ、自分には目の前の男を圧倒出来るナニカがあると言う事を。本能が叫ぶままに、脳内の指令を遂行するために、今やエンジンのような鼓動を妨げないように、シオンは心の中のトリガーを一言だけ呟く。
「変身……ッ!」
瞬間、突風がシオンを打ったように黒の長い髪は逆巻き、右目の色が金に変わる、皮膚が細かい泡状に変化し、次第に黒い外殻に変貌する。腕が、足が、体が、顔が、シオンの全身をその漆黒が覆う。腿と脇腹、そして肩には黄色のラインが浮かび、右目は金色の複眼、左目は赤の複眼のように変化、変身した。長い髪の毛は2本の触覚のように尖り黒と黄色の虎の尾のよう、そして腕と足にはノコギリのような形状の突起が。
ニーアはその姿を外骨格を纏った男のようだと認識をした、何かが、どこかが似ていると。しかし、シオンの方はまるで昆虫の姿を模したようにも見える。
シオンの表情は分からない、しかしその歩を男の方に向け、何かを試しているかのようにゆっくりと歩く。
外骨格の男はシオンの姿を捕捉し、左腕を振り上げて待ち構えた。それに捉われる事も気にするそぶりも無いままシオンはその懐へ無防備に滑り込む。男の腕はシオン目掛け、轟音を伴い振り下ろされた。すると男の左腕は千切れ飛び砂浜に突き刺さる。
「ぎ……ぉ……?」
「これで貴方は何も出来ません、降伏してくれるととても有難いんですがダメでしょうか?」
シオンの降伏勧告を受け入れないとばかりに男の両腕が体内より伸びて再生する!
「シオン!油断した
ズル……と男の体が真っ二つに割れ、砂上に崩れ落ちる。そして時間を置かずにドロドロの液体に変化した。その姿をシオンはジッと確認しながら一切の油断を見せない。
「終わり……ましたよね?流石に」
同時にシオンの変身が解けてゆく、サラサラと黒い砂のように外皮が崩れその少年の元の姿に戻って行った。
シオンが行った攻撃行動は実に単純なモノで、男の両腕が再生された瞬間に危険察知し降伏勧告が無意味だったと判断、ニーアが擬態蟹を絶命させた形と同じく、口から手刀を突き入れ両断したのだ。極単純な超速度攻撃、シオンはそれを何故か「出来る」と認識している。
「シオン!本当に無事なのかい!?」
「ニーアさん、大丈夫ですよ。むしろ調子が良いぐらいです」
ニッと微笑み怪我の無い事も伝え、ニーアを安心させる。その実、全くシオンは無傷で問題が無かった。
しかしその後帰宅し、本当に怪我が無いか未だに心配ぶりを見せるニーアにひん剥かれて隅々までネットリと調べ上げられたのはまた別の話になるっ!なってしまうのだっ!!
「マギアMagie」の語訳は「魔法」ともう1つ「変身」になります、ラテン語だったっけ?w
つまりタイトル通りシオンが魔法少女のよーに変身して戦うえっちぃ物語となりますw




