第14話 雨あがる
雨が降る、この世界では雨具が貧相な物しかなく、一旦天候が雨になればその地域一帯が仕事をストップする原因になってしまう。ルワンの村でもそれは例外ではない、そしてその貧相な雨具とは藁を重ねて編んだ蓑である。
そんな雨具で畑仕事や猟に出る事は緊急事態でない限り行われない。しかしシオンにとってその蓑も珍しい物で、雨に濡れるでも無しに雨漏りのする家屋でその蓑を装着している。
「これ温かいですね。雨具じゃなくて防寒具の1つでも良いんじゃないですか?」
「そうだね、冬場で雨が降っていない時に着ている人もいるよ」
ワシャワシャと音を出して上機嫌に家の中を歩いているシオンをニーアは微笑ましく見つめている。
瞬間、ニーアの脳裏に電流走る……!
「……シオン、裸になってその蓑だけを装着してくれないかな……?」
「……え!?」
「大丈夫、誰も見ていないしきっとシオンに似合うと思うんだよ、私は」
裸エプロンと言う文化?が地球上にはある。しかしニーアにはそんな知識など無いはずだが、何故ソレに近しい文化?に辿り着いたのであろうか……異世界の謎は深く、もはやニーアの発想は天才のソレではないだろうか!?
「いや、でも……チクチクして……その……」
「大丈夫だって、ちょっとだけ、ほんの少しだけ私に見せるだけだよ~」
ズイ、とニーアはシオンににじり寄る。その眼光は鋭く、まさに獲物を狙うオオカミ。シオンは家の内壁に逃げ道を閉ざされ顔を赤くしながら涙目で慌てふためいている。
雨の降るルワンの村の片隅で少年の「あっー!」という叫び声が雨音に掻き消えた。
次の日になると雨は上がった。前日は存分にキャッキャウフフを屋内で行い絆的な何かを育みまた一歩「家族」に近づいたシオンとニーア。そう、非常に重要な事で絆的な何かであり、決して不埒な物事は行われてはいない。そう、決してだ。
「明日辺りにセイノカからお呼びがかかるだろうね。シオン、明日に疲れを残さないように浜に行って食料調達してこようか」
「そうですね、砂エビがまた沢山獲れると良いですね」
背負い籠を持ち出し、携帯用の食糧や雑貨を詰めて砂浜で漁の準備。砂エビだけではなくタケで編んだ設置式の小魚用罠も仕掛けてある。その仕掛けの中身の確認もしつつ砂エビ探しも同時に行い、砂浜の採取作業はシオンにとってやや遊び半分、楽しみの1つである。
地球とは違い、砂浜にはペットボトルやプラスチックのゴミは打ち上げられておらず、水平線の彼方まで広がる青い海と空、白い砂浜が単純な風景にも関わらずシオンの心を飽きさせない。
「ニーアさん、この砂エビ緑のツブツブがお腹に付いてますよ!?」
「ああ、それはメスだね。食べてもすごく美味しいんだけど離してあげてね、そのツブは砂エビの卵だよ。2年もしたらその大きさのエビになるんだ」
「おおーなるほど」
シオンはニーアの話を素直に聞き入れ、メスの砂エビを元の位置に埋めなおす。砂エビは非常に捕まえ易い魔物で、ニーア達は経験則でその絶滅を防ぎつつ貴重なタンパク源として漁を行っている。
ニーアは魚の罠を1つ1つ丁寧に確認しながら、新しい餌を仕込み移動している。シオンの現在の漁獲高は砂エビが3匹で上々の成果と言えるだろう。
ニーアの歩調に合わせながら砂の小山をキョロキョロと探していると川の終点辺り、海と川の間に何かを見つけた。
「ニーアさん、あそこに何かありますよ」
「ん?何だろう、人と同じような大きさだね……溺れた人だったりして。見に行ってみようか」
前日の雨で増水し、濁流が海に流れ込んでいる。その河口の砂上には1人の人間らしき姿が倒れ伏していた、泥で汚れた粗末な衣服、所々が怪我をしていて恐らくは濁流に呑まれ流れて来たのだろうとニーアは推察する。
「人間ですね」
「そうだね、あれは多分死んでると思うんだけど……」
さらに近づいてみると、胸が上下して息をしている、まだ生きているが死が目前のように見えた。
「おーい、生きてるかな?」
「あ、う……」
「男の人ですね、水、飲めますか?」
ボロボロの男は虚ろな目で辺りをブルブルと震えながら辺りを見回し、そしてシオンをその目に捉えるとボンヤリとした表情で
「しけ、……い、13……はっけ……」
とボソボソと呟いた。
「何て言ったんだアンタ?」
男は歯を食いしばると震えながら立ち上がる。乾いた泥がパラパラと剥がれてゆき、1歩、1歩とゆっくりと足を引きずりながらシオンに近づいて行った。
「ちょ、ちょっと、まだ安静に寝ててください!」
男が力無くニィと笑ったような表情を見せ、シオンはそれに気が付かずに男の体を倒れないように肩を貸そうと男の懐に潜り込んでしまった。シオンの病院生活中の医師の、看護師の行動パターン、それをこの世界で当然の事のように行う献身。
「もうちょっと落ち着くまで座って体力をかい、ふ……く……?アレ?」
「回収を、始める……」
「シオン?」
ポタリ。
男の左腕がまるで茹でられたカニのような真っ赤なカラに覆われ、そしてその貫手がシオンの腹を貫通していた。男はニーアの方には背を向けていたのでそこで一体何が起こっているのか一瞬分からずにシオンと男が動きを止めたように見えた。
「カホッ!」
シオンが吐血した。白い砂浜に黒いシミを作り出し、貫頭衣にはジワリと血液が広がってゆく。未だに何が起こったのか理解出来ず、シオンは男の顔を見上げる。
男の顔は幽かに笑っている形のまま、その表情のまま固まってしまったかのように動かない。逆光の位置でその顔を見たシオンは「何か能面みたい」と現在の状況に不釣り合いな感想を抱いていた。
「シオンッ!?」




