楽しいギルド生活④
「たーのしい、楽しい、迷宮にょーん。そのうち、ここでしか生きられないと思う様になるよぅ!」
ミスティが歌うように言って、ダイキリが「違いねぇ!」と引きつったように笑う。「何がおかしいのよあんたたちー!」とマルガリータが喚く。
こちらを振り返らずにギムレットも同意した。
「迷宮はたーのしいぞぉー」
他の封印者達は、気味が悪そうにこちらを眺めて来る。
実に愉快で素敵なギルドに入ったと、思う。
身体を横にしないと通り抜けられない様な狭い道や、屈まないと進めない横穴を通り、封印者が多少なり整備したらしい階段を下る。
地図も無しに、先頭のギムレットは迷いなく進む。入口からの光はとうに届かないはずなのに、辺りは仄明るい。ガス灯が引かれているわけでもない。壁が青白く光っている。クレオールは壁にそっと触れた。冷たい。
「……壁、何で光んの?」
「死者の魂でって言われてるけど」
平然と答えたマルガリータに、ダイキリは舌打ちをする。
「バカ教えんな魔法使い。迷宮の壁とか床の岩は、反射率が異様に良いんだ。だから、どっかの誰かが持ってるランプの光とか、入口の明かりとかを、迷宮の壁はひたすら反射させ続ける。それで、こんなに明るいんだよ」
「何よー! だって変じゃない! もともとただの岩だったはずなのに、何で迷宮の壁はこんなつるっつるなのよ! 金剛石の3倍以上の反射率って異様でしょ!」
「理屈が分かんなきゃ、観測結果を口に出来ねーのかよ!? お前ら魔法使いは、分かんねーからって事実に適当な理由をでっちあげんな!」
「適当じゃないし、でっちあげでもないわよ! 魂の重量は測定出来たんだから! 死の瞬間には……」
「えーと……」
困惑するクレオールの肩を、誰かが叩いた。誰かと思ったら、スティンガーだった。
闇の中から唐突に湧いてきた亡霊のように、浅黒い顔をクレオールの耳に近付けて囁く。
「視界が利いて便利なのは良いことだ……深く考えるな……」
そしてそのまま、すすっとギムレットの傍に戻ってしまう。何だ今の。まぁ正直、死者の魂も、反射率も、同じくらいよく分からないからスティンガーの説に乗っかりたい。
「……明るいって便利だね」
ぎゃあぎゃあ喚き合っていたダイキリとマルガリータは、恨めしそうにこちらを見つめて来る。
「お前もそっち側の人間か」
「明るいのは便利だけどねぇー。自分で言い出した癖にどうなのー?」
「えー……ごめん……なさい……」
ふんすーっ、と鼻から息を吐いてダイキリ。
「まぁオレ様みたいにな、理解出来る人間だけが理解すりゃあ良いんだよ」
「なーによ偉そうに……あっ!」
マルガリータが短い悲鳴を上げて転び掛ける。大丈夫? とクレオールが呑気に声を掛ける前に、マルガリータが杖を持っていない左手で地面を強く押して顎を上げた。ほんの数瞬前までマルガリータの額があった場所に、短剣が振り上げられる。
「ポピュリオルスっ!!」
スティンガーが叫ぶ。杖に縋りつくようにして立ち上がったマルガリータはふらふらしている。
「……っ、クレ、オール……はやくぅ……っ!!」
呼ばれるけど、クレオールは何を見てるのか分からなくて硬直してしまう。
見たままを言うと、地面から、短剣を持った腕が生えている。
腕は1本では済まない。気が付くと、壁からもゆらゆらと3本の腕が生えている。獲物を持っていない腕もいる。素手の腕はダイキリの肩を掴もうとして、逆にダイキリに短剣で壁から斬り飛ばされた。
「おい神官! ボケっとしてねぇでメグの足治せ!」
「――っ、ご、ごめん!」
治す? 怪我したのか。マルガリータも自力で足の太い血管を押さえているけど、脹脛からの出血が酷い。あの腕に、下から斬り付けられたらしい。
聖書に魔力を込める。探さなくても、勝手に必要な頁が開かれた。
「第32節」
これが祈りの成果なのか、神官の徳なのか、或は単純に残酷に――魔力が人体に及ぼす影響なのかは分からない。だけど、聖書の一節が輝く。クレオールはただ読み上げる。
「幸いなるかな、傷つきし者。その人は癒されん」
損傷した筋肉と血管と皮膚どころか、マルガリータの破れた長靴まで時間を巻き戻すように修繕される。マルガリータは両手で杖を握り直すと、「にゃーっ! もーっ!」と腹立たしげに、短剣を持つ腕を殴りつけた。上手く当てて、短剣を弾き飛ばす。
「よーぃしょっと!」
ミスティが気の抜けるような掛け声を上げて、マルガリータが殴りつけた腕の指先を盾でへし折る。ギムレットは笑いながら、野菜でも刻むような気楽さで、壁から切り取った腕を刻んでいる。何であんなに楽しそうなんだろあの人……。
スティンガーとダイキリは辺りを見回している。何かを探しているみたいだ。
「う……腕? 動いてたけど、何あれ」
「ポピュリオルスの死霊魔術」
マルガリータも辺りをきょろきょろと見回す。
「迷宮で死んだ封印者を動かして、他の封印者を襲わせるの。本体が、何処かにいる筈なんだけど……見当たらないわね。腕4本だけだし、別の場所にいるのかも」
おそらく封印者2人分の腕を完全に破壊したギムレットが、やけに朗らかな声で一同を促す。
「おーい。この辺にはいないみたいだから、先進むぞー」
はぁい、とマルガリータとミスティが可愛らしい返事をして歩き出す。くっそー、いねーなー、とダイキリは不満そうだ。
「……ところで、あんな執拗に死体を傷付ける必要って、あるの?」
吐き気を堪えながら、マルガリータに小声で尋ねる。ちょっと首を傾げて、あっさりとマルガリータは答えた。
「仕方ないのよ。壁とか床から切り離しただけじゃ、しばらくするとまた動き出しちゃうし……あ、ほら」
ミスティにすり潰された腕が、もぞりもぞりと動いている。何だもうやめろこういうの。怯えたクレオールの顔を見て、ミスティがにぇにぇっ、と変な笑い声を上げる。
「クレオールがびびってるから、急いだ方が良いよリーダー」
「そーかそーか。初めて見るとなぁ、わくわくするよなぁ」
「わくわくって間違っているにょん」
「少年の冒険心が騒ぐよなぁ」
「リーダーとは、時々話が通じないのは分かっていたじぇ」
ふぅっ、と思慮深げな顔でミスティは溜息を吐いた。それから聖騎士らしく、腕だけとはいえ死体に向き直り、額に中指の第二関節を当てて祈ってから歩き出す。クレオールもミスティに倣った。どうか、安らかに。
少し落ち着くと、聖書に呼ばれたような気がした。
「あ、そういえば」
クレオールが声を上げると、一応みんな足を止めてくれた。
「どしたー? もうおうち帰りたいか?」
意地悪く笑って来るダイキリに苦笑を返す。
「違うよ。そういえば、俺、第58節読めるんだった」
「58節?」
スティンガーは怪訝そうだ。神官と教義を同じくする聖騎士のミスティはぴんと来たらしい。すぱーんと良い音を立てて頭を叩かれた。
「さっさと使えにょん。捩じられたくなければ」
「ね……?」
何処を捩じるつもりなのか分からないけど、詳しく聞かない方が良さそうだ。大人しく聖書に魔力を流す。第58節。他者からの悪意に基づく様々な術を無効化する。死霊魔術なんて、効果がある対象の筆頭だろう。
「第58節――悪意あるもののために祈り、君を呪うもののために祈ろう」
折れた指を鳴らし、刻まれた肉片を集めるように地面を這っていた腕が、まばゆい光に包まれる。己がただの屍であることをようやく思い出したように、ゆっくりと動きを止めて、迷宮の床に横たわった。マルガリータが目をぱちくりさせる。
「えっ、嘘なに? 死霊魔術の解除?」
「っていうか、魔術的な悪意の無効化にょん。たぶん、死霊の金縛りとか、蛇の王の邪眼とかにも効果があると思うよ」
「何それ超便利。スプモーニの野郎は使えたっけ?」
「使えなかったにぇ。っていうか、普通の神官はこんなに珍しいの覚えないよ」
「ふぅん……あれは?」
スプモーニというのは前任者の名前だろうか。ギルドのお金持って逃げたっていう。
クレオールにおかまいなしでミスティと喋っていたマルガリータは、不思議そうに地面を指差した。あれ、と示された場所には、何と言うか――何かの目印みたいな小さな丸い光が、点々と浮かび上がっていた。




