楽しいギルド生活⑤
「ポピュリオルスの足跡じゃねーの?」
ダイキリが興奮気味に言って、跡を追い始める。
「ほー、こんなことまで出来るのかぁ」
ギムレットはうきうきした足取りで続く。
「拾い物だったなぁ」
「まったくだ」
スティンガーも頷いて、小さな点を追い始める。
「あの、俺、こんな現象初めて見るんですが……」
クレオールが一応報告するけど、「なぁに、外れなら外れで構わんさ」とギムレットは軽く応じた。
ダイキリはポピュ何とか――もうポピュでいいや。とにかくその足跡ではないかと言ったけど、でも足跡自体がずいぶん小さいし、本当に足跡ならかなり歩幅が小さい事になる。掌に乗ってしまいそうな大きさだ。子猫とか、あるいは少し大きめのネズミとか。どんな生き物だろ。
薄明るい迷宮の床に、白い光の跡が点々と続く。しばらく歩くと、道の向こうから封印者が歩いて来るのが見えた。封印者――だろう。怪物には、見えない。かなり腰の曲がった老魔法使いと、小剣を両手に持った戦士、だろうか。戦士の方は怪我でもしているのか、歩き方がふらついている。
同業者ですかね、とクレオールが誰かに尋ねる前に、マルガリータが杖を掲げる。暗い迷宮の中で、眩しいと思うくらいにマルガリータの耳元の鉱石が煌めく。
「え、何……!?」
「あれも死体もげ」
ミスティが軽く答える。マルガリータが高い声で叫んだ。
「ウィル・ト・オ・バム・ダ・ケラ・セラ!」
戦士の方の足元で、爆発と閃光が弾ける。吹き付けてくる熱風と小石にクレオールが目を閉じると、すぐそばに何か重いものが落ちる音がした。うっすら目を開ける。誰かが怪我でもしたなら、クレオールが治さないと。
何という事でしょう。黒く焦げて膝辺りで千切れた足が転がっています。
脱いでしまったのか奪われたのか、靴も履いていない足はクレオール達のものではなく動く死体のものだろう。
どうしてこんなとこ来たんだっけ――遠くを眺めて考える。迷宮だ。迷宮の最深部は冥界に繋がっている。そこへ行くんだ。行かないと。辿り着きさえすれば、全部やり直せる――!
クレオールが呆然としていたのはそう長い時間でも無かった。
「ほーいさっと」
ギムレットが倒れた戦士の動く死体に駆け寄り、首を刎ね飛ばした。ギムレットの太刀筋には迷いも躊躇いも無い。何かが違えば、彼はギムレット自身でしかないと理解しているんだろう。迷宮に挑む以上、誰にでも訪れ得る結果でしかない。今更、動く死体に対して特別な感慨を抱く必要はないのだ。
魔法使いの方の動く死体は、腐りかけた舌を動かして呪文を唱える。「ギーム・ト・オ……」だけど魔法を発動させる前に、間合いを詰めたスティンガーの刺突剣が魔法使いの喉を貫いた。
魔法使いは、既に朽ちかけた唇を歪めて笑う。
「……ダルク・ケラ・セラ!」
「……むっ」
スティンガーが飛び退く。閃光。少し遅れて、耳を塞ぎたくなる轟音。薄暗い迷宮の中に、雷が落ちた。スティンガーは避けられたのか。
「こんっ……のやろ!」
横から抱き付くようにして、ダイキリが魔法使いの腹に短剣を突き立てる。動く死体は止まらない。「ギーム……と・オ……」潰された喉で、拙く詠唱を再開する。
「クレオール! 第58節!」
叫びながらミスティが盾で魔法使いの頭をガコーン、と殴りつけた。ダイキリがミスティと入れ替わる様に魔法使いから離れる。
「つうか、スティンガーの回復が先だろ!?」
「え、どっち……!?」
第58節、を唱えかけてクレオールは一瞬硬直する。何かの呪文を唱えていたマルガリータが、詠唱を中断して悲鳴を上げる。
「っていうか、緑豚族まで来た!?」
軍隊の行進のように、規則正しい足音を立てて武装した緑豚族の集団が迷宮の奥から現れた。緑豚族は迷宮の深部から現れた亜人の中でも特に個体数が多く、地上で土地を奪って幾つかの拠点を作り上げている。
道を塞ぐように4人の緑豚族が横に並んで剣を構えた。半分くらい首がもげた魔法使いの動く死体が、緑豚族の陰に隠れる。
「あー……これはまずいな。逃げるか」
戦士の動く死体――いや、もう動かないからただの死体か。とにかく戦士の死体を、ギムレットは緑豚族に投げつけて回れ右をした。
「ほーら、全員逃げるぞー」
こんな時だって言うのに、楽しげに笑いながらギムレットはクレオールの背中を押してくる。何なんだこのおっさん。もといリーダー。
逃げ出しながらも、マルガリータが振り返って杖を掲げる。
「ウィル・ト・オ・エスク・ケラ・セラ!!」
先ほど服を乾かした、熱風の魔法だ。恐らくこっちが本来の使い方なんだろう。真正面から食らった緑豚族が悲鳴を上げる。余波を浴びただけでも、クレオールは火傷したんじゃないかと思った。多分してないけど。でも顔がひりつく。一瞬で乾いた目から、涙が零れた。
「くそやってらんねー!」先頭のダイキリが喚く。「黙って走りなさいよー!」マルガリータが金切り声を上げる。「ほら、走れはしれー」最後尾についたギムレットが、呑気な口調で応援してくる。
スティンガーはクレオールの横を並走していた。
「け、怪我っ、大丈夫ですか……?」
「うむ。走るのに問題はない」
スティンガーは涼しい顔をして答える。それは良かったけど、緑豚族は追っかけてくる。殺意と鈍器を持った相手に追いかけられるってこういう気分か。クレオールは初めて知った。知りたくなかったけど。
本当ならもっと速く走れそうなのに、脚が上手く動かない。妙に息が上がる。今にも背中の荷物を掴まれて首を掻き切られるんじゃないかとか。っていうか、本当ならって何だ。本当って何だ。いま必死こいて走ってるクレオールが偽物だとでも言うのか。そんな事は無い。大して速くない、たぶん変な走り方をしているクレオールが、残念だけど紛うことなき本物だ。
余計な事を考えないで走るべき何だろうけど、出来ない。足がだるくなって来たとか、死ぬなら出来るだけ痛くないといいなとか、そもそも死にたくないしとか、いやそうなんだったっけとか、どうしたって考えてしまう。
装備の重さの違いか、聖騎士のミスティが遅れかける。結構な距離を走ってる気がするけど、緑豚族たちは諦めない。気が長いのか、人間とは体力の絶対量が違うのか。先頭のダイキリが何処を目指しているのかは分からない。
クレオールはちらっと緑豚族たちを振り返る。何か……増えてる? 4人じゃなかったっけ。いつのまにか10人くらいいる。ガチャガチャガチャガチャと金属鎧と武器を鳴らして、ゴッシュとかボシュフッとか、濁点と促音が多い系の声を上げて追ってくる。
クレオールはもう息が上がって足なんだか喉なんだか胃なんだか、とにかくあちこちが痛だるくて仕方が無いのに、不意にギムレットが立ち止まって振り返った。やっぱりリーダーは笑っている。絶対この人どっかおかしい。クレオール達は、慌てて足を止める。
クレオールの前でつんのめったマルガリータの背中を押してしまって、マルガリータが甲高い悲鳴を上げて転んだ。謝る間もなく、ミスティにクレオールも背中を押される。転んだマルガリータを踏ん付けないように、ミスティが跳ねて避けた。
クレオールは、立ち上がりかけたマルガリータに手を貸す。ぎゅうっ、とクレオールを励ます様にマルガリータは手を掴んで来た。マルガリータに尋ねても仕方ないのは分かっていたけど、言わずにはいられない。
「……ど、どう……!?」
どうすんの。緑豚族来てるし。すっげぇたくさん来てる。通路が埋め尽くされてしまってるみたいに見えた。迷宮は人間の土地じゃない。怪物達の土地だったんだった。改めて思い知らされる。
緑豚族の大群にリーダーが轢き殺されそうになる寸前、通路の端っこに避けていたダイキリが喚いた。何かを掴んでる。「――死ぬなよ!」とか、いい加減な事を言っていた様な気がした。ダイキリが何かを引っぱる。
遠くから地響きのような低い音がして、天井が、落ちてきた。




