楽しいギルド生活③
「よーし、全員いるなー。点呼はしないからちゃんとついて来いよー」
ギルドハウスや街中にいる時より、ほんの少しテンション高めに。
迷宮前にある露店通りの入口で、一同を振り返ってギムレットは言った。
朝飯食い終わったら早速と言う感じで連れて来られた。ギルドハウスを出て街中をしばらく歩いたところで、いつの間にかスティンガー(らしき人物)と合流して、挨拶をする間もなく迷宮へゴーだ。何なのコレ。
「えぇと……迷宮、入るの?」
「そりゃ入るにょん」
1足す1は2なの? って聞かれた教師みたいな顔をして、ミスティは露店通りの奥の方に見える迷宮入口を指差した。
「何故ならあれが迷宮の入口だから。見ての通り。あとは入るしかないぴょん」
「そうなんだ……」
クレオールがもにゃもにゃ言っている間に、ギムレット達は歩き出している。「ほら、早く行くわよ!」とマルガリータに急かされた。
「ご、ごめん」
マルガリータに謝ってから、足を速めて数歩前を歩いているスティンガーに並ぶ。
褐色の肌に、黒い瞳。名前の通り、針の様に鋭い視線を向けられる。
「あの、初めまして。クレオールと言います。神官として同行させて頂くことになりました」
「……真面目か」
「はい?」
「いや、驚いただけだ。封印者の癖に真っ当だな」
「成り立てですから。封印者らしくなれるように精進します」
「しなくて良い」
スティンガーは口元を布で覆っていたから見えないけれど、笑ったようだった。彼は全体的に黒っぽい格好をしている。鎧下も、金属製の胸当ても、長靴も、刺突剣の柄と鞘も、雨避けか防寒用の革のマントも真っ黒だ。腰に巻いている剣帯だけが血の様に赤い。
他には何も言わずに、スティンガーはさっさと歩いて行く。
「あー、ほら、気に入られたぬぉー」
本当に気に入られたのか、ミスティの皮肉交じりの冗談なのかは分からないけど、それ以上に大事なことがあった。
「ぬぉー?」
殺意的なアレだとすごく困る。これから迷宮に入るって言うのに。
「強そうな掛け声的なアレにょん」
「そっか……ならよかった」
「さっさと行くにぇー」
ミスティもすたすた歩いて行く。気負いのない、ごく普通の歩き方。冥界に続くといわれる地下迷宮に行くっていうのに、何の感慨も無いんだろうか。
新米の封印者は、初めの1月で3割が死んだり2度と迷宮に入れないような怪我を負って、残りの3割が心的外傷を抱えて迷宮から去って行くと聞いたけど。
それほど酷い場所でもないのかな。クレオールと同じような年齢のミスティやマルガリータが何度も入ってるみたいだし。噂に尾ひれがついて独り歩きしていくのはよくある事だ。だといいな。
迷宮の入口前は、街の何処となく荒んだ雰囲気や、恐ろしい噂話から想像されるよりずっと賑やかだった。多くの封印者が行き交い、彼等に食料や道具を売る露店が幾つも並んでいる。
天候は今日もあいにくの小雨だけど、どの露店も簡単な木組みの上に色鮮やかな布を乗せているから問題ない。封印者の方も慣れたように、フードや帽子や兜を被ってしのいでいる。傘なんて邪魔なものを使っている人間はこの辺りには見当たらなかった。クレオールも帽子派だ。
露店の奥に、迷宮がぽっかりと石の口を開けている。全貌を誰も把握していないと謳われる広さを誇る建造物の入口は、存外こじんまりとしたものだった。横幅は4、5人が並べる程度。高さは、ギムレットが屈まずに何とか通れるくらい。
ここから怪物が世界中へ溢れ出したって、当時はもう凄い渋滞になったんじゃなかろうか。いや、でも。
とことこと隣を歩くマルガリータの服の袖を、軽く引っ張る。
「メグ、ちょっと良い?」
「なぁに?」
「迷宮への入口って、ここだけ?」
「まさか。もともと秘密の地下都市だったわけだし……あちこちに、いくらでもあるわよ。それこそ街中にも、逆にヴェローニャの外にも、たくさん。ただ、ここが今では一番大きい入口だから」
「これで?」
「えぇ」
「怪物が世界中に出て行ったのに?」
クレオールがしつこく尋ねると、マルガリータはちょっとフードを持ち上げて、あぁそうか、みたいな顔をした。
「だから、崩したの。もっと大きな出入口は、むかぁしの封印者が一生懸命壊して、埋めてしまったのよ……っと、袋が通るわね」
マルガリータはそう言って、クレオールを道の脇に引っ張った。
「袋?」
「あんまりじろじろ見るものじゃないわよ」
慣れたように、マルガリータは道端の露店に目をやっている。ダイキリは「朝からついてねーな」と毒づき、ミスティは「にぇいにゅーい」と変な声を上げた。大人2人は何とも言わない。
戦士らしき男の封印者が、黒と緑の袋を背負って歩いて来る。やけに大きい。今にも倒れてしまいそうな顔色をした盗賊の女が、袋の下の方を支えていた。
何だろ。短い棒とか、大きなボールみたいなものが袋には詰められているみたいで、妙にごつごつしている。封印者はたいがい、5、6人で迷宮に入ると聞くのに、2人だけだなんて――と、彼らとすれ違う時に、隠しようもない死臭をかぎ取ってしまった。袋の黒い模様が、模様ではなくて赤黒い染みだって事に気付く。
「……あれ、手伝わなくて……?」
クレオールが彼等を目で追っていると、マルガリータは細い肩を竦めた。
「ここまで来れば神官もいるわよ。露天商と並んで、何人かいたでしょ。墓堀人と一緒に待ち構えてるのが。ちゃんと供養しないと、屍食鬼の食事とか死霊魔術師の道具になっちゃうしね。さすがにそれは可哀想だわ」
「そういうものですか」
「何で急に丁寧なの」
「何となく……」
「おうおう、おけじついたか神官様よぅ」
ダイキリが偉そうに言うけどよく分からない。
「え、なに、おけ……?」
「怖気づいたか、だにょん。ダイキリは馬鹿丸出しもげもげ」
「うるせーぞミスティ! ちょっと言い間違えただけだろ!」
「もっげもげもげもげげ……!!」
忙しそうな声を上げてミスティは哄笑する。
「この変態聖騎士!」
「もげげげげー!」
実に2人は楽しそうだ。ミスティがもげもげ笑っている間に、迷宮の入口を通る。迷宮のすぐ中は、入口からすると随分広い空間が広がっていた。ギルドハウスが1件くらい入りそうな広さがある。
広場には火が焚かれていて、何人かが暖を取っていた。雨に濡れた服を乾かしてから探索を始めるつもりなんだろう。うちもですか? とクレオールが訊く前に、マルガリータが杖を掲げる。
「ウィル・ト・オ・エスク・ケラ・セラ」
耳元の赤い鉱石が輝いて、熱風が吹き付ける。あっという間に全員の服が渇く。「……便利だね」としかクレオールには言いようが無い。
「昔はけっこー火傷したにょん」
「ミスティうっさい」
自慢げに微笑みかけたマルガリータが、口を尖らせる。
「さーて、遊びはこれからだ。じゃない。これからは楽しいぞー、じゃなくて」
色々不安になることを言って、ギムレットが昏い目で微笑む。焚火が斜め下からギムレットの顔を照らしていて、子供が夜中に見たら間違いなく泣き出しそうな形相になっていた。
「さて、これからは迷宮だ。怪物が出て、死者がごろごろ転がってるからなー。気を付けるんだぞー」
「はぁ……気を付けます……」
さっき見たし。死体担ぎ見たし。
とはいえ――誰かが耳元で囁く。
『良いじゃないか。迷宮まで来たんだ。お前にしては良くやったよ。あとは努力している顔をして、適当なところで怪物に殺されてしまえば万々歳だろ?』
「しばらくは何にも出ないわよ。その代わり、道が狭いし、他の封印者も多いからはぐれないように気を付けてね」
五月蠅い、と喚きかけて何とか堪える。マルガリータは目を瞬かせた。
「クレオール、どうしたの? 変な顔して」
「……ごめん。変な顔なのは生まれつきなんだ」
「えっ、ちが、あの、あたし、そんなつもりじゃ……!」
クレオールが言うと、気の毒なほどにマルガリータは恐縮して俯いた。ぼそぼそとダイキリとミスティが囁き合う。
「メグ、ひっでぇな」
「べぇつに自己申告通りの変な顔ぬー。メグが気にすることはないよ」
「お前も鬼か」
「鬼じゃなくて聖騎士だぉ」
「大して違わねーだろ」
「違うよー。真実を見抜いたりするじょぇ。ほらー、歩け歩けあるけーい! 言っている傍からリーダー達とはぐれそうにゅん」
会話をぶった切る様に、ミスティがぐいぐいと背中を押してくる。
地面を掘り、岩をくり抜いて造り上げた迷宮は、足元から冷気が這い登って来るようだった。動きを止めたら、寒さに足を取られて動けなくなってしまいそうだ。止まってはいけない。歩くしかない。迷宮の、一番奥深くまで!




