楽しいギルド生活②
「ふぅん? ま、どーだって良いけどな。オレ等の怪我だけは治してくれよ」
あっさりと。実にあっさりとダイキリは言って、「さーて、飯行くかー」とか呟きながら伸びをした。それで良いのか。
良いのかもしれない。クレオールがどんな人間だって、ギルドの『神官』として怪我さえ治せれば。そう思うと、ふっと肩の力が抜けた。
「朝飯って、どうしてるの?」
「んー、金があるときゃ屋台街で食ったりしたけどな。最近はメグが節約だっつって飯作ってるなー」
「そうなんだ。手伝った方が良かったかな」
「やめとけやめとけ、メグは旧文明人だからな。現代で『男は台所を触るなー!』とか喚くんだぞ」
「旧文明っていうか、それ、何処の地域の風習?」
「あー? メグは……何処の出身だっつってたかな。忘れた」
ダイキリは酷い言い様だけど、食堂に入ると思わずと言った感じに顔がほころぶ。そう広くない食堂には、何かを焼いている香ばしい匂いと、紅茶の香りが満ちていた。
「やぁ、よく眠れたかい少年?」
先に食べ始めていたギムレットが、にっこり笑う。
「お陰様で。ギムレットさんは、ええと……」
朝、の筈なんだけど相変わらずギムレットの目の下はインクで塗ったように黒い。ギムレットは気にするなと言う風に手を振った。
「おれはいつも通りだ。少年がよく眠れたなら何より」
「おはようクレオール、ダイキリ」
甲斐甲斐しく、マルガリータが食事を運んでくる。一皿の上に、鮮やかな紅色の野菜のサラダと、何かに衣を付けて揚げたものと、キノコの酢漬けが載っていた。
「俺も手伝うよ、マルガリータ」
クレオールが立ち上がると、マルガリータはびっくりした顔をした。
「マルガリータ」
「う、うん。どうしたの?」
何か変だっただろうか。マルガリータはぱちぱちと目を瞬かせている。それからはっとしたように息を呑んで首を振った。
「……メグで良いわよ。あと手伝いとか気にしなくて良いから座ってて。邪魔だから。気が向いたら片付けだけ手伝ってね」
「あ、うん。分かった」
確かにマルガリータはてきぱきしているし、調理に魔法まで使ってるから他人が入って来ると邪魔なのかもしれない。大人しく座り直す。
「おいメグー。メグちゃんよー。オレとクレオールで扱いが違い過ぎねーかー?」
「馬鹿ダイキリ。あんたはいつも『手伝う』とか言って置きながら、荒らすだけ荒らして片付けないでしょうが! 何で食事作る場所で、小瓶に毒詰め始めるのよ爆発しちゃえ!」
ミスティみたいな呪い交じりの語尾を披露すると、途端にダイキリも喚き返す。
「おいやめろマジで迷宮で爆発するかもしんねーだろ! 魔法使いが呪い掛けんな!」
「何よショーシン者! 身長だけじゃなくて性根もちっちゃいとかいい加減にしなさいよね!」
「小さくねーだろ! おまえよりはでけーよ!」
「あたしと比べてんじゃないわよ! ミスティとかクレオールと比べなさいよ!」
「うるせー小姑!」
「うるさいチビ!」
「……うるさいのは良い勝負だぎゃー」
いつの間にか食堂にやって来ていたミスティが、クレオールの隣に座った。
「あ、ミスティ。何処行ってたの?」
クレオール達より先に出ていた筈なのに、そういえばいなかったなと思う。ミスティは溜息をついて、三つ編みをいじくった。
「スティンガー探して来たけど、見つからなかったぐしゃー」
「スティンガー?」
「うちのギルドメンバーだぎゃ。リーダーと、メグと、ダイキリと、スティンガーと、ミスティと、クレオール、で6人。ギルド『奈落』の総員にょん」
「あぁ……」
言われてみれば、ギムレット達と初めて会った時、やけに存在感の薄い男がいたような気がする。ギルドハウスの中で、見た覚えは無いけど。
「その、スティンガーさんって、ギルドハウスの中に住んでないの?」
「一応リーダーと同じ部屋に居るよ。だけど時々見つかんないもげ」
「スティンガーはなぁー……」
ギムレットは欠伸をして、まだぎゃあぎゃあ喚き合ってるダイキリとマルガリータを微笑ましそうに眺めた。
「このチビ軍団が苦手でなー。少年とは上手くやれると思うぞ」
「チビ軍団って何!?」
聞き逃さなかったらしいマルガリータが、ぷんすか怒りながらギムレットの前に紅茶を置く。
「軍団だからなー。強いぞー。スゴイゾー」
あんまり誠意が無さそうにギムレットが、それからミスティもからかう様に言って笑う。
「メグはスゴイヨー」
「……なんか嬉しくなーい」
マルガリータは半分膨れながら、まだ調理台の前に戻って行く。
「ちょっと寄こせにゅんにゅん」
来たばかりのミスティが、クレオールの前に置かれた籠から黒っぽい重そうなパンの塊を1つ攫って行く。慣れた手つきで何枚かスライスして、残りを返してくる。断面を見ると、目が詰まっていて何かの植物の種が入っていた。ミスティに倣って、適当に薄く切って齧りつく。
見た目通り、噛み応えがあるどっしりとしたパンだ。不思議とちょっと酸っぱい。
「チーズ載せたほーがいーぞ」
クレオールが不思議な顔をしていると、ダイキリが白いチーズを勧めて来る。
「ありがと」
素直に受け取って載せて食べると、パンの酸味が和らいだ。チーズの塩気と合わさって、妙に美味い。
ごろっとした酢漬けのキノコも、紅色の野菜を四角く切ったサラダも、けっこう酸味が強い。ただ、中身はよく分かんないけど、俵型の揚げ物と一緒に食べるとさっぱりして美味しかった。ミスティもダイキリも黙々と食べている。時々パンを切る時だけ咀嚼が止まる。
「お代わりいるー?」
マルガリータの声に、ダイキリが無言で真っ先に皿を持ち上げた。ふふん、とマルガリータは満足そうに笑って受け取る。
「ミスティもー」
珍しく変な語尾無しでミスティもねだる。クレオールもそっと皿を示した。
「ごめん、俺も2人の後で……」
「はいはーい。クレオールはちょっと待っててね」
お代わりを待つ間も、ダイキリとミスティはパンを切って黙々と食べている。紅茶を啜っていたギムレットが、ふっと笑った。
「マルガリータの食事が口にあったみたいで何よりだ、少年」
「凄く美味しいです」
「そうかそうか。まぁ神官は、清貧がモットーだからな。何食っても美味いか?」
「表立って贅沢はしませんけど、最近は神官でもけっこういいモン食べてますよ。それでもメグの食事は美味しいです」
「ふぅむ」
ギムレットは愉快そうに目を細めた。
「確かにマルガリータは料理上手だな。うん。こんなロクな食材が無い土地でも、良くやってくれてる」
「野菜は酢漬けが多いですね。この辺りでは育ててないんですか」
「大昔は日差しの強すぎる、乾燥した土地だったらしいしな。迷宮の奥でこの世の底を抜いてからは、この辺りはずっと雨か曇りだ。天の光に見放された、と気取った詩人は謳うがね。ともかく、耕作とは縁の薄い土地だよ。保存食を作るのに慣れているから、迷宮の中に引きこもる封印者には幸いだが」
「迷宮の中でも食事を?」
「そりゃ、食わなきゃ死ぬだろう。1週間飲まず食わずで生きられるかい? 迷宮に忘れず持ち込むべきなのは武器よりまず食料だ。あぁ、祈れば神が天上から食物を与えて下さるから食料はいらない、とか言い出すなよ?」
「そこまで面白い事は言いませんけど。って言うか今もがっつり食べてますし。前任者は言ったんですか?」
ギムレットはゆっくりと首を振った。前任者を思い出したのか、ほんの少し苦笑する。
「いんや。言わなかった――しかしまぁ、こんなところに来る神官は、大抵『何でまだ神の加護があるんだ』と文句を付けたくなるようなロクでも無さそうなのが多いが、少年はあまりそう見えないからな。面白い事を言うんじゃないかと、期待したわけだ」
「それは……ご期待に添えなくて、申し訳ないです」
「クレオールが謝る様なことじゃないでしょ」
言いながら、マルガリータがお代わりを乗せた皿をテーブルに置いた。リーダーと年齢差を逆転させたように、子供を叱る時の口調で言う。
「リーダーったら、変なこと期待しないの」
「いやなに、すまないね」
それきり、ギムレットは何も言わずに紅茶を啜っていた。クレオールも食事を再開する。酸味の強い野菜の味に、遠くへ来たなと改めて感じた。




