楽しいギルド生活①
――お願いだから何処かへ行って。
誰かが泣いている。
――お願いだから私のいない所へ行って。
誰かが怒っている。
――お願いだから。
誰かが、クレオールの首に――
「……わぁぁっ!?」
跳ね起きたら、目の前に火花が散った。
「いってぇ!?」
何。なんなの。ズキズキ痛む額を抑える。
「やっかましいにょーん……」
上から、ミスティの眠そうな声が落ちて来た。
「いやー。すげーおもしれーもん見たわ。今の動き、何つーの? がばぁっ、ごつーん、ばったり、みたいな」
横からダイキリに、ひっひっひっ……と笑い交じりの声が掛けられる。
「いや、あの……お騒がせしました……」
低すぎる2段ベットの天井を眺めながら、クレオールは呻く。背が高い方でもないクレオールが半身起こすだけで頭打つって何だこれ。枕元の聖書に手を伸ばす。
「止めた方がいいじぇーぃ」
ぬるっ、と。擬音をつけるならまさにそんな感じで、2段ベットの上からミスティが上下逆に顔をのぞかせる。寝ている時も解かないらしい三つ編みが、床に着きそうだ。
「う、わわっ。何、ミスティ」
「その程度の怪我には、慣れた方が良いと思うよ。迷宮じゃ、もっと酷い怪我でも走らなきゃいけない時なんて、幾らでもあるんだし。ミスティ、間違ってないと思う人は挙手ー」
ミスティは危なっかしい事に、右手を放してぶらぶら下げて来る。
「はいミスティ1人。多数決で可決だじぇ」
「え、ここ3人いるのに?」
「ミスティの右手と、三つ編み左右で3票。圧倒的多数にょん」
「そうかなぁ……?」
かなり疑わしい気分で首を傾げる。とはいえ、ミスティの言ってる事はそれほど間違っている気もしなかったので、大人しく聖書から手を放した。いつの間にか起き上がったダイキリが、クレオールの手元を眺めて来る。
「昨日から思ってたけど、おまえの聖書、けっこー厚いよな」
「あー、えー、どうだろ」
「神官の聖書って、魔法使いの杖みてーなもんなんだろ? で、厚い方が偉いって聞くけどな」
「偉い、訳じゃないよ。使える法術が多いってだけ」
照れくさい――というより、どうしようもない疾しさから言い訳のようになってしまう。もげ、もげ、と変な声を上げながらミスティが2段ベットの階段を下りて来る。
「どのみち、使える法術が多いのは便利にょん。最深部目指すとかのたまいやがるなら、それなりにそれなりっぽいこと出来ろにゅん」
ふぁ、と欠伸をしてミスティは寝巻を捲り上げた。
「そりゃそーだよなー」
ダイキリは平然としている。
クレオールは失礼にならない程度に目を逸らそうと思ったけど、やっぱり見てしまった。
何でそうなったのかは分からないけど、胸元に布を詰めている。喉仏も、あるっちゃある。三つ編みだけど。ミスティ、なんて女の子の名前だけど。顔とか普通に可愛いけど。
わけ、分かんないんですけど……。クレオールはベットに仰向けに転がって、額に中指の第二関節を当てた。神よ。どうか私に知恵をお与えください。
「2度寝すんなぐしゃー」
当のミスティにベットの脚を蹴っ飛ばされて、クレオールは目を開けた。天啓的なものは与えられなかった。残念だ。
「うん……そうだね……」
今度は頭を打たない様に、転がるようにしてベットから下りる。
ギルド『奈落』。
彼らの名前は、他国からやって来たクレオールが知っているくらい有名なのに、実際はこの変な子供ばっかり、という謎のギルドだった。
ミスティ、ダイキリ、マルガリータの3人は、クレオールと大して年が変わらないだろう。10代半ばか、良くて後半か。リーダーのギムレットだって、どんなに年上に見積もったって20代半ばという所だろう。
「しょぼいギルドハウスだろー。フロンティアは儲かんねぇんだよなー」
ダイキリは、脱いだ服をぐしゃっと纏めてベットの上に転がした。もう何日間着てるのか分からない、気合の入った感じだ。洗濯ってどうやってるんだろ。このヴェローニャは、何時でも悪天候だと聞くけど。っていうか。
「フロンティア……って、何なの?」
「クレオール、おまえモグリだなー。そんな事も知らねぇなんて」
ダイキリは、むやみやたらとポーチのついたベルトを腰に巻きながら笑った。
「うん。一昨日……じゃないか、えーと、2日寝てたんだから……」
クレオールは話しながら考えて、どうでも良いかと思い直す。
「数日前? ヴェローニャに来たとこ」
「……それもそうか」
ダイキリは呆れてるのと、納得したのの半々みたいな顔をした。
「まー、なんつーの? フロンティアってのは、ギルドの方針っつーか、活動域っつーか、そんなん?」
偉そうにしていた割には、随分とふわふわした説明だった。クレオールは数秒かけてその意味を咀嚼する。
「方針――そうか、『最前線』か」
「冥界との『境界地域』の意味もあるにゃん。6人以上が正しい事を確認した迷宮の地図を持ち帰れば、そこは人間の土地と認定されるにゃん」
いつの間にか着替え終わったミスティが口を挟んで来る。厚手の生地のワンピースを着て、首元にマフラーを巻いたミスティは女子にしか見えない。
「……あぁ。迷宮深部は、人間の土地とは思われてないんだな」
正直こんなことよりもっと聞きたいことがあるような、ないような。ミスティはクレオールをちょっと鼻で笑って「とっとと着替えるにょん」と言って部屋から出て行ってしまう。
「何か俺、ミスティに嫌われてるかな?」
「ん? そんな事ねーだろ。ミスティは誰にでもあんな感じだぞ。距離感が近いよーな遠いよーな奴だ」
「そっか。なら良かった」
もそもそと服を脱ぐ。ダイキリはまだ準備があるらしくて、ポーチに物を入れたり、棚からよく分からない粉とか液体の詰まった小瓶を取り出したりしている。クレオールは、自分の鞄から神官服を取り出しながら、更にダイキリに尋ねた。
「『最前線』を行くのに、儲からないもんなの?」
「儲かんねーよ。だからオレ等のギルドハウスもこんなオンボロのままだしな。せめーし。1人1部屋よこせってんだよな」
「迷宮で、怪物を殺せば報奨金が出るんだろ? 『最前線』なんて、怪物もたくさんいるだろうし、稼げそうな気がするけど」
「あめーなクレオール。おまえは本当にシロート丸出しだ」
「まぁ、数日前に――」
「それはもう良いっつーの。じゃなくてな。迷宮の怪物は、人間と同じで頭とか心臓潰せば死ぬってもんでもねーんだよ。種族とか生息域で、殺し方も変わる。『最前線』では初見の怪物がほとんどだから、同じ1匹を殺すんでもスゲー手間が掛かるんだなー、これが」
「はぁ……そういうもんか」
「だから、中層で殺し方の知られてる怪物を延々とと狩ってる方が遥かに儲かる。『守護者』とか自称してるヤツ等な。あいつらは金持ってるけど、つまんねー金の稼ぎ方してるクズだぞー。おまえを殴ったのもその手の連中だろーな。てめーが深部を目指さねーモンだから」
ダイキリは随分嫌そうに言った。自分達と方針が違うとなれば思う所があるんだろう。大体の人間は、自分が正しくないと思って生きてはいないし、正しくない相手を認められるほど優しくも無い。
「どうだろうな。俺に失礼があったのかも」
だけどクレオールは、結局あのいざこざのお陰でギムレット達に拾ってもらえたわけだし、今ではどうでも良いような気がする。
「どしたの? ダイキリ」
着替え終わって振り返ると、ダイキリが珍獣でも見つけた様な顔をしていた。ぽりぽりと薬指で頬を掻いている。
「なんつーの……おまえ、神官だなー」
「うん。神官だけど?」
「いや、そりゃ知ってっけど。何だ、いわゆるアレか、えーと、隣人へのほにゃららとか、汝の敵をあばばばばとか。つまり、こう……寛大? みてーな?」
「何それ」
クレオールは吹き出し掛けて、ダイキリがそう言った理由を思い至ってしまって笑みが変な形で固まる。
「俺は、冷たいだけだよ。良く言われた」




