最果てのヴェローニャ⑤
ぐいぐい袖を引っ張られて、食堂に入る。10人くらい座れそうな大きな机の周りに、椅子が6脚置かれていた。奥は、簡単な調理場兼食材置き場みたいになっている。マルガリータの努力の賜物か、クレオールが寝かされていた部屋より遥かに整った感じだ。
ギムレット、と、見た事のない顔の少年が既に座っていた。少年は行儀悪く、野菜とか卵をパンに挟んで頬張りながら言ってくる。
「おー、やっと起きたか神官」
それだけ言う間にも口からボロボロこぼして、マルガリータは心底嫌そうな顔をした。
「ちょっとダイキリ、食べながら話すのやめなさいよ」
「うっせーよ小姑」
「誰が小姑よっ! あんた何時あたしの姉妹と結婚したわけ!?」
マルガリータが噛み付くと、わざとらしく少年は溜息を吐いた。
「そーゆー細かい事言ってくんのがもう小姑だよな。メグは才能あるよ」
「才能って何よ! 無いし! 義理の兄弟にはぜったい親切にするし!」
「まぁ、落ち着けマルガリータ。えーと、ほら」
中空に人差し指で丸を描きながらギムレットは続ける。
「そうだ。少年、もとい、クレオールにスープとか出すと、いいんじゃないか」
「……そうね」
ぎろりとダイキリを睨みつけてから、マルガリータは奥に向かう。大きな鍋の前で何やら呟くと、マルガリータの右耳で赤い鉱石が煌めく。小さな鬼火が3つ鍋の下に生まれた。それを見届けてから、水瓶から薬缶に水を入れて、こちらも鬼火にかける。その後、ぐるぐると鍋の中身を掻き混ぜ始めた。
「魔法って、スープを温めるのに使って良いもんなんですか」
じゃっかんあっけにとられてクレオールが尋ねると、ギムレットはのんびり答える。
「そりゃ、駄目ってこたないさ。第一、冷たいスープは悪いもんだろう」
「はぁ……」
釈然としないクレオールに、ギムレットは微笑んで付け加えた。
「マルガリータはああ見えて、優秀な魔法使いだよ」
「ああ見えてって何よ!」
マルガリータの高い声が即座に飛んでくるけど、何となく声音が嬉しそうだ。ダイキリを見ると、少年は僅かに肩を竦めた。
「で、おまえ、なんつーの? オレはダイキリ。盗賊な」
「クレオール。見ての通り、神官だよ」
「神官でクレオールかよ。成るべくして成った感じだな」
ひひっ、と悪戯小僧の様にダイキリは笑う。つい、という感じでクレオールは素直に答えてしまった。
「親の希望でさ」
「ふーん? 親も神官か?」
続けて問われて、ほんの少し顔が引きつりそうになる。出来るだけさり気無い調子で、外向けの、一番無難な回答を口にした。
「……そういうわけじゃないんだけど。神官になっておけば食うには困らないだろうって」
「確かに神官なら、金持ちにはなれねーだろうが食うにも困んねーだろーな。で? だったら何でこんなとこ来てんだ。封印者は食うに困るぞー」
「誰のせいよ!」
再び、マルガリータの高い声。今度は本当に嫌そうだった。ダイキリも負けじと怒鳴り返す。
「オレだけじゃねーよ! 今月、金がねーのはスプモーニのクソ野郎のせーだろうが!」
「盗賊の癖に、神官にお金盗まれてんじゃないわよ!」
「封印者の職業盗賊と、マジもんの盗人を一緒にしてんじゃねー!」
「一緒でしょ!?」
「ちげーよ!」
「……違うんだ」
「当たり前だろ!」
ぼそりとクレオールが突っ込むと、ダイキリは唾を飛ばして主張して来た。
「あのなぁ! 封印者の職業として『盗賊』って名前が付けられてるだけで、オレ等は人間相手に盗みなんてしねーの! オレ等は、迷宮の罠を見切って、迷宮から持ち出したよくわかんねー道具を人間様がうまーいこと使えるように改造すんのが仕事なんだよ! 最近じゃ『技術者』に名前を変えようかって動きもあんだぞ! いわゆる何つーの? 知的集団? なわけよ」
「ダイキリからは微塵も知性なんて感じられないけど」
お盆の上にスープ皿を4つ乗せたマルガリータが、冷やかな目でダイキリを見下ろす。
「そりゃ、胡っ散臭い旧文明人の魔法使いからは、そう見えるかもな」
「なぁんですってぇ!?」
喚きながらも、割と丁寧な手つきでマルガリータはクレオールとギムレットの前にスープ皿を置いていく。ダイキリは自分で攫うようにスープ皿を取って、食器を使わずにずるずると口を付けて飲んだ。
「ほらー! 野蛮人っぽいじゃないの!」
「おじょーひんにこんなちっちぇー食器を使うより、こっちの方が効率良いんだよ」
「何よそれー……」
不満そうにぷくっとマルガリータは頬を膨らませたけど、お湯が沸く音がしてすぐに戻って行く。マルガリータを待った方が良いかな、とクレオールがスープに手を付けずにいると、ギムレットが食器を差し出して来た。
「ほれ、少年。冷める前に飲め。冷たいスープは悪だぞ」
「でも、マルガリータが……」
「こまけーこと気にすんなって」
ダイキリも全然気にしていない様に言ってくる。そう広くも無い部屋だ。マルガリータも、戸棚を開けて何か缶を選びながら言ってくる。
「ダイキリ煩い! でも先に食べててー」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
何種類かの野菜と豆の煮込まれたスープは、2日ぶりの食事だってことを差っ引いても美味しそうだった。ありがたく祈ってから、胃を驚かせないよう出来るだけゆっくり食べようと心掛ける。野菜はとろりと甘く、豆はほっこりとした食感を残していた。思わず顔がほころぶ。
「美味いか?」
「美味しいです」
「そーかそーか。それは良かった」
うんうん、とギムレットが頷く。ダイキリは不満そうだ。
「肉食いてーよ、肉」
「そんなお金、あるわけないじゃない」
お茶を全員の前に置きながら、マルガリータ。クレオールが見た事も無いくらい鮮やかな緑色で、不思議な香りがした。
「緑茶って、ミルタではあまり飲まないかしら?」
クレオールの様子に気付いたのか、マルガリータがちょっと失敗したかな、みたいな表情をしていた。
「あ、うん。初めて見た。綺麗な色だね」
毒って事も無いだろ、と思いながら口を付ける。うーん。正直、良し悪しは良く分からない。
「……美味しい、気がする」
「気がするって、変じゃない?」
くすくすと笑いながら、マルガリータもスープに口を付ける。
「あっつ」
猫舌らしい。だから先に食べてろって言ったんだろうか。
全員が半分くらい食べ終わった辺りで、改まったようにギムレットが口を開いた。
「さて、食べながらで行儀が悪くてすまんね、少年。もとい、クレオール。真面目な話、これからどうするつもりだい? 封印者になるつもりは、あるんだよな?」
「そりゃ、ヴェローニャに来たんならなるだろ」
クレオールが何か答える前にダイキリが呟き、机の下でげしっ、と鈍い音がした。
「神官なんだから、街の治療院に勤めるかもしれないじゃない」
どうもマルガリータに足を蹴飛ばされたらしい。クレオールは食器を置いて、少し視線を彷徨わせた。
「なる、つもりです。こんなにお世話になっておきながら申し訳ないですけど、最深部を目指してるようなギルドに入りたくて」
後ろめたくて、ギムレットと目を合わせていられない。マルガリータはクレオールが何を言っているのか分からないみたいに目を丸くしている。ダイキリも、半分口を開けてぽかんとしている。呆れているんだろうか。そりゃそうか。
「迷宮の最深部?」
確認するように、ギムレットが尋ねて来る。クレオールは黙って頷いた。
かつて誰かが世界の底を抜き、怪物達が溢れ出して以来、そこに辿り着いた人間はいない――と言われている。そんな所に、先日ふらっとやってきた子供が行きたいと言い出したら、誰だって呆れるだろう。酒場では、それを言った所為で気の荒い封印者に『迷宮舐めてんのか』と殴られた。
靴のつま先を確かめる。まだある。そりゃあ突然消えたりはしないだろう。思い切って顔を上げた。
「あの、お金は近いうちに必ず――」
返します、と言いかけて、何か変だな、と気付く。
ギムレットは笑っていた。心底愉快そうに。何かに納得したように。酷く満足気に。どう説明しても、べったりと刻まれた隈のせいで恐ろしい系の形相にはなっていたけど。
「あの……?」
「いやはや!」
ギムレットは立ち上がって、掌を差し出して来た。
「流石、成るべくして神官になったもんだ少年! 大したお導きだ!」
「はい?」
まっったく意味が分からない。だけど、何故か隣に座っていたマルガリータに腕を引っぱられて立たされる。
「え、何?」
「ようこそ、ギルド『奈落』へ! ――こう見えてもおれ達は、迷宮の最深部を探索するギルドの1つだよ」
「え」
クレオールは目をぱちぱちさせた。ギルド『奈落』の名前は、クレオールも聞いたことがあった。あったけど。
「え、これ、ドッキリ?」
「そんなわけないじゃない」
マルガリータが呆れたように呟いた。
「何でクレオールのために、わざわざこんな手間のかかる真似するのよ」
「だよね」
「そうよ」
「そうだなぁ」
ギムレットはにこにこ笑っている。ダイキリも、仕方ねぇな、という感じだ。マルガリータも以下同文。ここにいないミスティがどう思うかは分からないけど――でも、ここまで来たんだ。遠いミルタから、遠路遥々。ええい、ままよ、とギムレットの手を掴む。同じ人間の手とは思えないくらい、厚くて固い、掌だった。
「……よろしく、お願いします」
「うん、よろしく」
絞り出すように言ったクレオールに対して、ギムレットの声はやけに軽やかだった。




