最果てのヴェローニャ③
目を覚ましたらおっさんのアップだった。死のうか。
「……おー。おー。おー。目を覚ましたかね。それは何より。ミスティー? ミスティはおらんのかー?」
「さっきからいるじぇーぃ。どうしたのセンセ……っと」
部屋の端っこで何かごそごそやっていた少女が、長い三つ編みを凶器みたいに振り回して振り返った。
凶器みたいっていうか、実際近くの机に飾られていた花瓶が三つ編みで薙ぎ倒された。「あちゃー」と反省しているように聞こえなくもない声を上げるが、慣れたように水の入っていない木製の花瓶を起こす。良くあることらしい。
造花らしき花を活け直しながらミスティは言った。
「神官が目を覚ましたのは良かったにょん。センセのお仕事はお仕舞い。センセの人生もそろそろお仕舞い?」
ふざけた様な不吉な物言いに、センセ、と呼ばれた初老の男性は顔を顰めた。
「そんなわけがあるかい。ま、見ての通りだ。料金はいつものように月末に合わせて請求するよ」
「どーぞぉー。金銭感覚が死んでいるリーダーがお出迎えするぎゃ」
「相変わらず金銭感覚が死んどるのか」
「メグメグが頑張ってはいるけど芳しくないにゃん。無一文の神官拾ったりしているよ」
「ほぉ……」
センセに眺められて、クレオールは首を竦めた。
「はぁ……拾われたみたいでして」
「無一文なのか」
何かの念押しのように聞かれて、クレオールは服のポケットをまさぐった。いつの間にか洗濯されて綺麗になっているものの、クレオールの着慣れた神官服だ。確認する場所はそんなに多くない。答える。
「みたいです。正直自分でもショックです」
「別にミスティ達が巻き上げたわけじゃないよ。始めから無一文にゃん」
「あ、うん。そんな気はしてた」
心当たりが無いわけではなかった。クレオールが頷くと、ミスティは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「何だかにゅん。もっと慌てろ。無一文で医者に掛かったにょん」
「勝手に拾って引きずって来たのはあんた達のリーダーだろ」
「かーわいくなーぃぐしゃー」
どうやらミスティの中ですり潰す候補に入ったらしい。しかしもうどうにでもなれ、とクレオールは思う。今より悪い状況なんてそうそう思いつかない。がり、と頭を掻くと乾いた泥が零れた。
「あのさぁ、この最果てのヴェローニャまで遥々やって来て、初日で性質の悪い封印者に絡まれて金を巻き上げられて、殴られて道端に捨てられた。で、どう考えても頭のおかしそうな集団に拾われた。この状況でどう可愛くなれって言うんだ」
「あ、ちょっぴり同情するもげ。特に最後の」
「頭のおかしそうな集団って自覚はあるんだ……」
「あるあるもげげ」
もげげげげ、と引き続き笑いながら、ミスティは「でもセンセ、治療費はミスティ達が立て替えるよ。主にリーダー払いもげ」とかセンセに言っていた。
「それなら、構わないよ。ではまた」
それだけ聞くと、あとはもうミスティとクレオールには目もくれずに彼は部屋から出て行ってしまう。白髪交じりの髪、黒っぽい上着、緑の神官服じゃないな、とクレオールは思う。
「あのセンセって人、何? 神官じゃないみたいだけど」
「んー? 科学者で詩人で法学者で闇医者で画家で歴史家で高利貸で音楽家? だったがぉ」
割とやばい単語がさりげなく含まれた気がした。クレオールが何とも言えずにいると、ミスティはふと思い出したように付け加える。
「あと、封印者」
「……やっぱ、封印者なんて人でなしだな」
クレオールは溜息を吐いた。とはいえ、そんな気はしてた。怪物から世界を守るという崇高な使命感とか、幾多の怪物を殺して巨額の報奨金を得た先人に続きたいとか。そんな分かりやすい理由だけで、冥界に繋がると言われる迷宮を彷徨える人間は少ない。
大概は、他の何にもなれなかった人間が最後に選ぶのが、封印者という職業だ。それを分かっていて、それでもこんな所まで来てしまったのだから仕方ない。
「ヒット事みたいに言っているけど、名前も名乗らない神官も相当人でなしのロクデナシ? ロクデナシが人の陰口? にゅっにゅっにゅ」
奇怪な笑い声を上げながら、先ほどまでセンセが座っていた椅子にミスティが腰を下ろした。長い足を組んで、ほんの少し首を傾げてクレオールを見つめて来る。
行き場の無い人間が最後に選ぶような職業、つまり封印者を生業にしている筈なのに、不思議と気品と言うか育ちの良さを感じるような少女だった。白い肌は雪花石膏のように滑らかだし、姿勢が良い。いらん語尾が多過ぎるにせよ発音が綺麗だ。まぁ、言ってることは訳が分からないけど。
「ヒット事?」
「たにんごとー」
「あぁ……」
頭痛がする。殴られた怪我とか、雨に浸って風邪引いたとかでは無い。と思う。こいつと話すの頭痛い。クレオールは部屋の中を見回した。センセ、の出て行った部屋には、クレオールとミスティの2人しかいない。
ただ、クレオールのものではなく、ミスティのものでもなさそうな私物が部屋の端に積まれているから、他に誰かもこの部屋で過ごしているのだろう。早く戻って来てくれ。もうミスティ以外ならどんなでもいいから。
祈るように思う。だけどクレオールの祈りなんて何処にも届かない。知ってたよ。期待を振り切るように首を振った。
「……クレオール。見ての通り、神官」
「ほー。神官のクレオール。韻を踏んでいると言えばそうかも知れないし、クレオールでも神官でもどっちでも良い、とも言えるにぇー」
妙に勘の良いことを言って、じっとクレオールを見つめて来る。ミスティはちょっとたれ目気味の眠そうな顔立ちだけど、視線はクレオールを貫くような鋭さだった。クレオールが視線を逸らすと、ミスティは、膝の上に広げた羊皮紙になにかを書き込み始める。
「ほーほーほぉーう? それで?」
夜に鳴く不吉な鳥みたいな声を上げて、ミスティは尋ねてきた。クレオールは訳が分からなくて目を瞬かせる。
「それで、って?」
ミスティは持ってたペンをくるっと回した。
「え、ふつー他に出身地とか趣味とか特技とかシボー動機とか話さないぎゃい?」
「ぎゃい?」
「そこはどうでもいいにょん」
「えーと、出身地はミルタ王国の北部の街で、趣味は……」
そういうものか、と思ってクソ真面目に答えそうになったクレオールを、ミスティがにやっにやしながら眺めている事に気付いて口を噤む。
「……って、何? これ面接?」
「みたいなもんもげ。とりあえず、もう分かったからいいもげげ」
「分かったって、何が」
「クレオールが騙されやすい系の、それなりに善人だってことは分かったもげげげ」
愉快そうに笑ってミスティは立ち上がった。室内だというのに、油断無く帯剣している。それから、寒くもないのに首元にマフラーを巻いていた。
軽そうな薄手の布で、もしかしたらマフラーじゃなくて何か別の呼び方をするのかもしれないけど、女性の服飾の事はクレオールには良く分からない。ミスティの瞳と同じ、僅かに黄色がかった赤色の布だった。
「リーダー呼んでくるにゃん」
「あ、うん」
素直にクレオールが頷くと、ミスティは目を細める。馬鹿にされたってわけじゃないけど、軽んじられた気がした。ミスティは特にコメントを口にしないで出て行ってしまう。
何だろ。うん、じゃなくて、おう、とかの方が良かったか。でも女の子の前だからって、格好付けた口をきくのもそれはそれで恥ずかしい。
部屋に残されて、クレオールは一人ごちた。
「……っていうか、不用心だな」
現金、は流石に置いていないだろうけど、ミスティのものらしき鎧や籠手は置きっぱなしだ。金属製の防具は値が張ると聞くけど。神殿で祝福された聖騎士の装備なら、なおさら高級品だ。
リーダー、つまりクレオールを拾って、治療費を立て替えるつもりらしい相手が来るならベットの上に寝たままっていうのもアレかな。
クレオールはそんな事を考えながら長靴に手を伸ばす。持っていた中で一番頑丈なものを選んだけど、ミスティの金属の防具に比べると随分頼りない革の長靴だ。でも一応、無一文だし。これで何とかするしかないか。
左の長靴のつま先の内側に、小さな布袋が縫い付けてあるのを確認する。良かった――のか悪かったのか。まぁクレオールの運命だろう。




