愛の言の葉⑤
妹――クレアは、クレオールの数時間前に産まれて来た。クレオールが産まれた地方では、双子の場合、母親の腹から出てきたのが遅い方が兄、ないし、姉となる。何となく不思議な話だが、そう決まっているのなら仕方ない。
先に生まれたクレアはクレオールの双子の妹となった。
その数時間の差の間の事だった。クレオールが兄としてのったらのったら母親の腹から出て来る間に、クレアは不治の病に侵されていると診断された。クレオールが産まれたその時から、クレオールは『不治の病に侵された哀れな妹』の兄という生き物だった。
富貴であった両親は――おそらく、富貴であったからこそ、ことさら大仰に娘の不幸を嘆いた。言葉は悪いが、貧しかったのであれば、娘1人の不幸にあれほど心を砕く暇は無かっただろう。
20歳までは生きられまいと言われたクレアを憐れみ、悲しみ、そうしてクレオールが物心の付く頃には、彼らは何やら変な生き物になっていた。クレアを聖女か巫女のように崇め、クレオールにクレアを救う神官になれと命じた。お前はそのために産まれてきたのだと告げた。
幼いクレオールにだって分かった。
そんな馬鹿な。
だって不治の病って言われているんじゃないか。不治の病って、治らない病気の事だろう。何で僕がクレアを治せるんだ?
だけど、クレアは両親の前で微笑んだ。
「きっとお兄さまが私を治してくださるわ」
悪意が人の形を作った様なクレアの声を、クレオールは今でも鮮やかに覚えている。
「必ずお兄さまが私を助けてくださるわ」
だからクレオールは言ってしまった。
父上、分かりました。僕はクレアを救えるような神官になります。
母上、どうかもうお嘆きにならないでください。兄の僕がクレアを助けます。
言ってしまった。
言うしかなかった。
――嘘、だったけど。
せめて子供の夢想事と取ってもらえるように、能う限りの幼い声でクレオールは言った。それを聞いた女中頭は、主人の達で無礼とはおそらく理解しながらも、普段の厳しい態度からは想像も出来ないほど弱々しい声で咽び泣いたものだった。
クレオールが神官の修行の為に家を離れていた期間に退職してしまった彼女は、クレオールを憐れんでくれた最初の人だった。
寄付額に物を言わせて、クレオールは大勢の神官に囲まれて長い間学んだ。普通の子供が表で駆け回っている時間に、大人と交じって勤行を行い、普通の子供が眠っている時間に、聖書や学術書を読み続けた。
そんな生活では、当然友人らしい友人がいなかった。クレオールはたった1人で必死に修行に励んだ。他に出来る事も、したい事も無かった。クレオールは生まれた時から、可哀想な妹の兄だった。他の生き方なんて分からなかった。
クレアからの悪意を自覚したのは、何時からだったか分からない。だけど、物心がついて気付いた時には、クレオールはクレアに憎まれていた。どうして何だかは、思い当たらない。クレオールはクレアの為に神官になった。神官になるしかなかったし、必死に修行をこなした。
クレオールの持つ聖書が厚くなる度に、クレアの瞳は冷ややかさを増した。だけど両親は気付かなかった。クレアは口では微笑みながら何度も唱えたから。
「きっとお兄さまが私を」
その度に、父親は涙ぐみながら、おー、娘よその通りだ。信じなさい。お前の兄は必ずお前の病を癒すだろう。とクレアの細い手を握った。
そんな馬鹿な。
クレオールにそんな事が出来る訳が無い。
クレアがそんな事を信じている訳が無い。
それでも時間は過ぎて行った。クレアは起き上ることがほとんど出来なくなっても、寝台の中からクレオールを冷ややかな瞳で眺めて、三日月のような裂けた笑みを向けてきた。
「きっとお兄さまが私を」
どうしてそこまで呪われなければならなかったのか、分からない。
クレオールはいっそ、クレアの事が羨ましかった。両親に愛されて、絹の敷布と最高級の羽毛布団に包まれて眠っているだけの姫君が。
――クレオールに出来たのは、その嘘がばれないように、必死に努力をすることだけだった。




