愛の言の葉④
「何を?」
「んー……魔法使いで、だいたい1時から3時の間は魔の時間って言われるのよ。鬼や死者が現れるってね。嫌だわ。リーダーまだ寝てるのに」
ひょこっ、と寄って来たミスティも、時計を覗き込んで、「そうだにょー」とか言った。
「仕方ないから、移動しようじぇー。死者は動いていない人間の所に寄って来るからにぇい」
分かった、と頷きかける。クレオールはギルド『奈落』の新米で、治療費を借金してる神官で――だけど、迷宮に来た。死者に会うためにここまで来たんだ。
ミスティの腕を掴む。
「……妹に、会えるなら、会いたいんだ」
迷惑だろうか。まぁ、そうだろう。
ミスティもマルガリータもダイキリも怪訝そうな顔だ。マルガリータだけ、瞳にほんの少し憐れむような色がある。
「死者でも良い。生き返らせることなんて出来ないのは知ってる。ミスティが、死者は生者に何も与えてくれないって言うなら、そうなんだと思う。だけど、話を聞きたい」
「……何の為に? どう聞いたって、それ、手詰まりじゃないの」
マルガリータは寒そうに、その場で小さく足踏みをしていた。ミスティも、鎧をかちゃかちゃと鳴らして足先を動かしている。ダイキリは寝ているリーダーを運ぼうと、ギムレットの傍らにしゃがんだ。
「死んだ人間はなー。死んでんだよ。死んだんだよ。あいつらに出来るのは死者を増やすだけで、世の為っぽい事はなーんも出来ねぇの。何だってわざわざ、おめーやオレ等が、危ない橋渡んなきゃいけねーんだよ」
「頼むよ」
他に何にも持ってないから、クレオールはダイキリに深く頭を下げた。迷宮の仄光る黒い床を見つめながら、何とか言葉を紡いだ。
「病気の妹の為に、親に神官になれって言われて、神官になった。努力はしたつもりだった。だけど、助けられなかった。助けられないって分かってた。不治の病だって名高い……黒血病だった」
「お涙頂戴されてもな」
ダイキリは鼻でせせら笑った。
「もう死んでるんだ。怪物に踏みつぶされようが、黒血病だろうが、違い何てねーよ」
「……死因じゃないんだ」
「なら何だってんだ」
「妹は死んだ。悲しいけど、残念だけど、どうしようもない。だけど、妹が生きていたころ、俺は妹に恨まれてた。何でかは分からない。ずっと妹の為に神官の修行をしてた。父の事も、母の事も、他の兄姉の事も、妹は愛していた……ように見えた。両親も、他の兄弟も、妹のことを大事にしていた」
クレオールはそこまで一息に言って、目を閉じる。
「だけど、俺だけ恨まれてた。憎まれてたって言われても、良い位。分からないんだ。どうしても。妹が死んだ今でも、妹に感化された両親に疎まれて、家を出て来るしかなかった――分からないんだ。分からないままで、こんな風に一生恨まれて憎まれて疎まれて、どうやって生きて行けばいいか分からないんだ。妹に会いたい。会って、理由を聞きたい。迷惑なのは、分かってる。だけどごめん。他の誰にも頼れないんだ。俺を拾ってくれたギルド『奈落』にしか、こんなことは頼めないんだ」
酷い信頼の押し売りのような言葉に、我ながら眩暈がした。握りしめた掌が震える。掌に食い込んだ爪の痛みも分からないくらいだ。
「……ギルド『奈落』に、しか」
囁く様な声で、マルガリータが呟いた。何かに怯えるように、辺りを見回す。
「……そだにょぇー」
ミスティも、かりかりと頬っぺたを掻きながら頷いた。
「オレ等だけ、か。仕方ねーなー」
びっくりするくらいの現金さで、ダイキリがふんぞり返って笑う。
「……それならば、少年。叶えよう」
いつの間にか起きていたギムレットが、隈のだいぶ薄れた顔で笑った。
「いいかい少年、ここは『奈落』だよ――ここが、『奈落』だ。つまり、あとは幸せになるだけだ。幸せになる手掛かりがあるならば、手を伸ばすしか無いだろうさ。おれはね、金貨より名誉より――昨日よりすこしマシになりたいと願う封印者を助けるために、ギルド『奈落』の名前を守り続けているんだ。ミスティやメグやダイキリには、苦労を掛けるがね」
「あぁぁー……やっぱり……」
さっそく苦労を掛けられているマルガリータが溜息を吐いた。「仕方ないもげ」とミスティがマルガリータの頭を撫でる。
「かつて自分が与えられて有難かったものは、誰かに返すべきだよマルガリータ」
「わー、ミスティが真面目に喋ると何か嫌―」
「前に自分が与えられて嬉しかったもぎゃは、誰かに返すべきだにょメグメグー」
「それなら仕方ないかな」
全くもって謎の理屈で納得したらしいマルガリータは、小さく呪文を唱えて鬼火を生み出した。寒い迷宮の中で、暖を取る為だろう。ふわふわした毛織物も鞄から取り出して、地面に敷いている。
「いいわよ、クレオール。あなたの妹さんが来るまで、一緒に待っててあげる。さっきの話からすると、楽しくは無いだろうけど何か思い出を話して。死者は自分の話をされていると寄って来る、って言うの」
お兄さま、と妹が囁いた気がした。妹の声が聞こえなくて済むように、がしがしと髪を掻き回す。妹が笑った気がした。お兄さま、私を助けてくださるのでしょう? 呪いのような声は消えない。当たり前だ。誰も言っていないのだから。クレオールが聞いてる気がしているだけなのだから。
「妹は」
口を開いてから、何と言えば良いのか悩む。クレオールの逡巡に気付いたように、マルガリータが柔らかく促した。
「何だって良いのよ。死者は寂しがり屋だから。本当の事でも、クレオールが本当だと思っていることでも、何でも良いの。出来れば名前を出してあげて。そうすれば、多分来るから」
「そういうものなんだ」
本当でも、本当だと思っていることでも。
その言葉に救われた気分がして、クレオールは思うままに話し始めた。




