愛の言の葉②
事あるごとに引き合いに出されるマルガリータは、心底嫌そうに地団駄を踏んだ。
「何なのもう! 何なの毎回毎回!」
「分かりやすい基準だからだじぇ」
「にゃーっ! ほんとならパーティの紅一点なのに! もうちょっとアレな扱いでも良さそうなのに!?」
「ミスティの方が可愛いのは事実だから仕方ないと思うにょん」
「にゃああああああっ!!」
悲鳴を上げながらぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜて、マルガリータはその場にしゃがみ込んだ。
「おめー、貧乳だしな」
鼻をほじっていたダイキリが、思いついたように止めを刺した。
「……死んじゃえ、ばーか……」
蚊の鳴く様な声で呪うマルガリータの肩に、クレオールはそっと手を乗せた。
「メグ、それはステータスだから。褒め言葉だから」
「何が!?」
マルガリータはばっと立ち上がって喚く。
「神官の癖に、盗賊より下種とかどういう事っ!?」
「え、下種かな?」
「下種でしょ! 何なのもう!?」
顎の下に握り拳2つを並べて、胸元を隠すようにしながらマルガリータはじりじりと下がる。マルガリータの頭を、ぽん、といつの間にか起きたギムレットが撫でた。
「どーしたー? 賑やかだなーぁ……ふぁぁ……」
「リーダー!」
マルガリータは顔を真っ赤にして、クレオール達3人を指差した。
「あの馬鹿共が! 嫌味で! 最低で! 変態で! クレオールまでアレだった!!」
「ほー、いつの間にか仲良くなったなぁ」
「何でそうなるのーっ!?」
「ところで少年、もといクレオール、何を言ったんだい?」
「えーと、神官的に清貧とか勤勉とかを実践してるメグを褒めたつもりだったんですが。華奢だねって感じで」
「うわぁぁぁ! 何かごめんなさいクレオール!!」
クレオールがしれっと言うと、マルガリータは涙ぐんでその場に蹲った。うーん、何かそんな気がしてたけどマルガリータは面白い子だ。
「……ちなみに神官、本音は?」
変な語尾無しのミスティが背中をつっついて来る。ミスティが真面目に尋ねて来てるなら、真面目に答えるべきだろう。
「メグってからかうと可愛いね」
「ミスティも知っているにょーん」
「だよね」
「もげ」
そりゃあミスティの方がマルガリータと長く居るんだから知っているだろう。マルガリータは魔法使いで、封印者だ。別に馬鹿にするわけじゃない。迷宮ではクレオールの方がずっと物知らずだ。
だけど、神官で、そこそこの家に産まれてしまったクレオールには、マルガリータ達は思い当らなくても、気付く事もある。
「ところでさ、ミスティ」
「なになにー?」
「……子供のころから女装してるって言ってたけど、魔除けだって理由で、産まれた男の子供をある程度の年齢まで女の子として育てる一家って、あるよね。もしかして、関係ある?」
一家、というのは我ながらふんわりした言い方だった。
正確に言うと、つまりはやんごとない一族――王族や、大公の関係者は、現代でもそのけったいな風習を続けているはずだ。
その風習を始めた当初は、純粋に魔術的な理由を求めて行われていた。近代では権力争いを避けるために、比較的身分の低い母親から生まれた男子が、女子と公称されて育てられることも、あったりしたはずだ。
ミスティは心底嫌そうに溜息を吐いた。
「ふぅ……だからボンボンはいやだじぇー。たぶん、当たりだけどね。一応言っとくと、このヴェローニャのあるヴァニト共和国とも、クレオールの故郷のミルタ王国とも関係ないぎゃ」
「……なんで封印者なんて」
王族から封印者なんて、社会の身分制度の一番上と一番下みたいな格差があるはずなのに。ミスティは中指で自分の側頭部を突っついた。
「ミスティは頭に脳味噌入っているからね。色狂いの小男に『おー偉大な陛下よ』とか馬鹿みたいなこと言えなかったら追い出されたじぇ」
「追い出されたて」
「子だと思わないし、2度と顔見せんなって言われたかな。願ったり叶ったりだけどにぇ……」
内緒話をするように、ミスティはクレオールの耳元に顔を近付けてきた。柑橘類の様な、甘くて爽やかな香りが漂って来る。ちょっと反応に困る。クレオールが困っているのに気付いているみたいに、ミスティは少し笑った。クレオールの耳元で、囁くような声量で言う。
「封印者は酷い仕事だし、さっきの『煉獄の夢追い人』のメンバーみたいに一生引きずるような怪我する可能性もあるし、スノウメイデンに呼ばれてうんざりしたりもするけれど、でも私は封印者が、このヴェローニャが好きだよ。産まれて来てしまったからって、諦めてあそこにいたら私もどうしようもない馬鹿になっていたと思う。そういう場所があるのは、クレオールも分かるよね?」
どうだろう。
家は傾きかけていたとはいえ、食べるのに困ったことは無かった。両親の無茶な要望によって、クレオールは年齢の割に非常に多くの聖書を読むことが出来た。何処かの神殿の常在神官になれるだろうと目される程度には。
だから尚のこと、生きて行くのには困らない筈だった。この先の人生でクレオールは、ただただ静かに生きて行くのだろうなと思っていた。神に祈り、慎ましく。
クレオール自身だって、身内を喪って悲しかった。無理に決まっていると分かっていたって、それでもやっぱり自分の努力が全て無駄だったと突き付けられるのは辛かった。
あの場所の何もかも全てが、クレオールにとって毒だったとは言い切れない。
随分考えた。
思い出すのは、家を出た原因だ。
――お願いだから何処かへ行って。
母さん。俺と妹の違いは何でしたか?
その問いをクレオールは口に出していないから、誰も答えを教えてくれなかった。
――お願いだから私のいない所へ行って。
どうして妹だけが大切でしたか。どうして俺は妹の付属品で、妹を助けられなかった瞬間、見ているのも忌まわしい不要品になりましたか?
その問いをクレオールは口に出したとしても、誰も答えを持っていなかっただろう。
――お願いだから。
請われながら母親に首を絞められて、どうにもならないと悟ってクレオールは逃げ出した。
ほんの少し、頷く。
「……たぶん、分かる。俺も、あそこにいてもどうにもならなくて、小さくなって幽霊みたいに生きて行くしかなかった。だから迷宮に来て、死者を探してる」
「そう。そんな気は、していたよ。だけどクレオール、君は死者に会って何がしたいの? 彼らは生者に何も与えてはくれないよ」
予言のように、呪いのように。ミスティは微笑んだ。クレオールの笑い方に、少しだけ似ている気がした。
既に、救いようがない失敗をしたことがある人間の笑い方だった。
「……ミスティは、もう試したことがある?」
「そういうわけじゃないにゅん。だけど、メイキューへ死者を探しに来る人間なんて掃いて捨てるほどいるじぇー。で、そいつらが幸せ気分で帰った話なんて1つも聞いたことが無いもげ」
いつもの口調に戻してそれだけ言い捨てると、ミスティはふらっ、と何処かへ歩いて行ってしまう。そう遠くへは、行かないだろうけど、クレオールが追いかけるのを拒絶するような背中だった。




