愛の言の葉①
ダイキリが先頭、ギムレットを担いだミスティとクレオールが続いて、最後尾はマルガリータだ。寝てる人間ってこんなに重いんだってくらい、リーダーは重い。黙ってるのもしんどい。
「今、話しても良い?」
「いいじぇー」
小声で尋ねると、やはりうんざりしていたのかミスティが気軽に頷く。
「この辺りって、どんな怪物が出るの? 俺、またやらかすかもしれないから」
「改善の意識があるのはまぁまぁ認めるぴょん。そうだねぇ、この辺だと、不定形生物とか、ダリューとか」
「ダリュー?」
「そう、ダリュー」
ミスティは気まぐれな猫みたいに笑う。マルガリータが後ろから、仕方ないなぁという感じで口を挟んだ。
「蛇に、竜、で蛇竜よ。蛇っぽいけど、羽根があって飛ぶし、蛇らしく毒もあるし。そういうやな感じの怪物。卵は美味しいんだけどね」
「食べるの!?」
「うーふふー」
悲痛な声を上げたクレオールに笑みを向けてから、マルガリータは首を振った。
「冗談よ。卵の時から毒があるから、見つけ次第、石投げて割るわよ」
「よかった……本当に良かった……」
「言わねーで、こいつに食わしてみたらよかったんじゃね?」
酷いこと言いながら、ダイキリは落ちていた小石を拾った。
「ちなみにこれな。卵」
ダイキリが指差した壁には、楕円形のものがぷくぷくとした多肉植物のように集まっている。
「これにこう……投げる!」
景気良く石を投げて卵を割ると、いかにも身体に悪そうな異臭が辺りに漂った。ミスティもクレオールも、空いてる手で口元を覆う。
「毒っぽい臭いだね」
「毒なんだってば」
くすくす笑ってから、マルガリータは杖を掲げる。
「カイス・ト・オ・ドーン・ケラ・セラ」
卵の残骸ごと凍らせて、壁から氷の棘が生える。異臭は収まったみたいだった。
「燃やすより、砕いて凍らせた方が毒は広がらないの。そのうち溶けるけど、氷が溶ける頃には毒性が無くなってる……って、言うわね。あたし達は飲んだこと無いから、ほんとかどうかは知らないけど」
マルガリータが話している間にも、他の所にもある卵にダイキリは石を投げ続ける。マルガリータがまた詠唱を始める。
「移動するにょい」
ギムレットの腕を引っぱって、幾つもの割られた卵を横目で見ながらミスティは話す。
「迷宮のことは、口伝が多いのだじぇ。それもギルド内限定の口伝ばっかり。ヴェローニャの偉い人も取りまとめようとしているけど、軍隊に迷宮へ入って来られて稼げなくなると困るから、封印者はあんまり口を割らないもげ」
「色々あるんだ……」
「慣例の断り文句は『今度までに取りまとめておきます』。これ、絶対誰もやらないじぇ」
「あー、それ分かるかもしれない」
「だからギルドへの加入が必要もげ。もげげえ。1人で迷宮に来て、すっげぇ怪物倒したとかいう英雄譚が最近の流行だけど、ああいうのは嘘。絶対無理。信じる奴はもげる。何にも知らずに、知ろうともしない素人1人で歩けるような場所じゃないよ、迷宮は。メグメグー。もう凍らせないで良いよぃ。道に毒撒いたままにして、罠に使用しようようよう」
「罠?」
ミスティは軽く頷く。
「そう――追いつかれた。リーダー持ってじゃ振り切れないにゃ。もう少し下がったら、迎撃するよ。たぶん、不定形生物2、3匹来ている。あいつらも足遅いから、途中で諦めるかと思ったのに」
ぐっしゃんがっしゃんと、ダイキリが石を投げて卵を割る。マルガリータも、黙々と杖で卵を割り始めた。杖、痛まないんだろか。クレオールは正直、聖書で毒のある卵を割れって言われたらちょっと御免こうむりたい。
ミスティと2人で何とかリーダーを奥の小部屋まで運んで、転がす。小部屋へ繋がる細い道の途中に、ミスティとダイキリが陣取った。片膝をついて銃を構えてるダイキリの後ろに、呪文の詠唱を終えたマルガリータが立つ。
通路の奥から、ぬたり、ぺとり、と嫌な音を立てて巨大な不定形生物が近付いて来る。半透明で、体内に消化器官らしきものがあるのは見えた。全身から触手のように身体の一部を伸ばして、小石とか卵の欠片とか、壁を這う虫とかを捕まえては体内に取り込んでいる。
卵の欠片を取りこむたびに、動きが鈍っていく。とある怪物の毒は、他の怪物の害に成りうるんだな、と思った。
今のところ、前衛はミスティ1人だ。心配してもどうにもならないけど、大丈夫なんだろうか――本当に、どうにもならないかな?
「ミスティ、何か手伝える?」
三つ編みを揺らしてミスティが振り返る。少し、笑っていた。いつものからかう様なものではなく、こいつ駄目だと呆れる様なものでもなく、純粋に、満足そうに。
「ふぅん、悪くないぴょん。あいつらも神経毒を持っているから、麻痺の予防……第23節読めるるる?」
「読める」
請われてすぐに、聖書に魔力を流す。
「第23節――真実なる御方は、君に堪えられぬ苦しみを与えはしない」
ミスティの左手の甲に、月と五芒星の文様が浮かぶ。口の端を釣り上げて、ミスティが駆け出した。
「よしよーし! ちょっとぐしゃって来るぐしゃー!!」
「ぐしゃって来るって何だよ!」
ダイキリが、すっ、と引き金を引く。ミスティを避けて放たれた弾丸が、不定形生物のゲル状の身体に食い込んだ。外から見えている消化器官を狙ったんだろうけど、僅かに手前で止まる。
「ウィル・ト・オ・バム・ダ・ケラ・セラ!」
間髪入れず、爆発の呪文をマルガリータが唱えた。床の鉱物ごと、不定形生物の身体がはじけ飛ぶ。散った粘性の身体を盾で受けて、ミスティが掛け声と共にむき出しになった消化器官に剣を振り下ろした。
「ぐしゃー!」
剣と盾の両方からわずかに白煙が上がるけど、一番大きな内臓を傷付けられた不定形生物は途端に動かなくなる。
奥からもう1匹寄ってきているけど、蛇竜の卵の毒を取り込み過ぎたのか、すでによたよたしていた。
「ウィル・ト・オ・エスク・ケラ・セラ!」
マルガリータが熱風の呪文を唱えると、不定形生物の水分を一気に奪い去った。ゼリーから、グミみたいになった不定形生物にミスティは歩いて近付いて、再度、急所らしき消化器官に盾の角を振り下ろす。
「ほーら、ぐしゃった!」
「それ動詞だっけ……」
クレオールは言いながら、第32節を輝かせる。大半は盾で防いだとはいえ、不定形生物の一部が張り付いた肌は赤くなっていた。金属から煙も上がってたし、不定形生物の血液っていうか肉的なものは強酸性なんだろう。毒は第23節で防げても、炎症は防げない。
「第32節――幸いなるかな、傷つきし者。その人は癒されん」
不定形生物の身体を剥がしながら、ミスティは偉そうに頷いた。
「ごくろーう! めでたくスプモーニのクソよりまし認定が成されたにょい」
「女の子がクソとか言うもんじゃないよ」
ごく自然に言ってしまってから、首を傾げる。ミスティも、怪訝そうな顔だ。
「……やっぱりアホ科の生き物かもしれないにょん。やっぱ保留。ちょっと保留だぉ」
「やー、だってミスティ、堂に入ってるって言うか、慣れてるって言うか……正直、女の子にしか見えないよ?」
「子供の時からやっているし。メグより可愛いのは知っているわん」
「うっさいわー!!」




