過去からの呼び声④
「リークスは元ギルドメンバーだ。ギルド『奈落』で優秀だった者を引き抜いて独立した。今ではギルド『煉獄の夢追人』のギルドマスターだな。スプモーニはお前の前任者だ」
「あぁ……資金持って逃げたって言う神官の……」
それで作り声で喋ってたんだろうか。そんなことを考えていると、鼻が詰まった時の声でスプモーニらしき人物が答える。
「ひ……人違イデス……!」
「「うそつけー!!」」
ダイキリとマルガリータの声が重なった。クレオールに向けられた言葉ではないとはいえ、その単語にほんの少し緊張する。クレオールの様子に目もくれず、淡々とスティンガーが続けた。有難い。ちょっと落ち着く。
「スプモーニがギルド『煉獄の夢追人』に加入しているとは知らなかったが、納得のいく話でもある。うちから盗み出したような小金で一生暮らせるはずも無い。そして『煉獄の夢追人』はギルド加入に際して上納金を求められる」
「それって一般的ですか?」
「いや、珍しいな」
「上納金とは人聞きの悪い」
聞こえていたのか、リークスが口を挟んだ。
「加入金は全て本人の装備の為に使います。碌な装備も持たない子供を迷宮に連れ込む方が、よほど非道でしょう」
「うっせー! 金の亡者が!」
「そーよ! 余計なお世話よっ!」
リークスに指差されたダイキリとマルガリータが喚く。
しかし、リークスの言う事が何もかも間違っている、という事は無いだろう。ダイキリもマルガリータも、『煉獄の夢追人』のメンバーに比べたら随分貧相と言うか、正直なところ、みすぼらしい。
リークスはダイキリとマルガリータと――そしてクレオールを憐れむように見下ろして、溜息を吐いた。
「迷宮で己の身を守るのは、己と、そして己の装備だけです。生存率を上げるために、装備に資金を投じるのは当然でしょう。最低限の資金も用意出来ずに、貧相な装備のままで迷宮に挑むような自殺行為をいつまで子供に続けさせるつもりですか? ギムレット」
「そうだなぁ」
「オレたちゃ好きでやってんだよ!」
「そーよそーよ! 大体あんたんとこの上納金を最初っから用意出来るくらいなら、封印者になんてならないで商人にでもなりゃいいじゃないの!」
「……私はギムレットと話をしている」
ギムレットの言葉も遮って喚く2人を、リークスが睨み付けた。聖騎士のはずだけど、今日まで2、30人殺してきました、みたいな視線の鋭さだ。しかし慣れているのかダイキリもマルガリータも怯まない。
「邪魔してるんですーぅー! 嫌がらせに決まってんだろハーゲ!」
「あんたに銅貨ハゲあるの、みんな知ってるんだからね!」
「髪伸ばして隠すとか、みみっちいことしやがって!」
「陰険だからハゲるのよ! やーい!」
元気よく囃し立てているが、それはちょっと酷くないか2人とも。
「黙れ」
見ると、リークスがダイキリの首筋に剣を突き付けていた。さすがのダイキリも黙り込む。
「おいおい2人とも止めてやれ。リークス気にしてるんだぞ」
ギムレットが、リークスの剣を掴んで押しやる。
「リークス、お前もそんなに本気で怒るな。お前のハゲはそのうち治るよ。毛根はきっと生きてるさ」
「……私の髪に関する問題は、今はどうでもいいでしょう」
リークスは肩を震わせていた。『煉獄の夢追人』のメンバーも「それはさぁ……」「言っちゃ駄目だろ……」「リークスさんマジで気にしてるんですから……」と小声で囁く。大人って大変だなぁ。
大変そうじゃない大人であるギムレットは、ダイキリとマルガリータを抱え込むようにして2人の肩を掴んだ。
「さて、ならもう話すことはないだろう。お前はおれのやり方が気に入らなかった。そうして別のギルドを立ち上げた。ダイキリやマルガリータは、好きでおれの『奈落』までやって来た。違うか?」
「違わない」
答えたのは、リークスでは無くてマルガリータだった。挑むようにリークスを見つめて繰り返す。
「リーダーの言う事は、違わないわ」
ギムレットは小さな猫を可愛がるような手つきで、マルガリータの頭を撫でた。
「『奈落』はどんな封印者でも受け入れる。封印者なんてなぁ、他に行くところがない人間がなるもんだ。それをギルドが選り好みしてどうする……とは、もう何度も話したか」
「その通りですね」
リークスは真新しさのない話にうんざりしているようだった。ギムレットは軽く肩を竦める。
「それじゃ、話した事の無い話は――そうだな。迷宮で封印者を守るのは、金貨でも装備でもなく、仲間だよ。リークス。少なくともおれ達は先代のギルドマスターからそう教わったと思っているし、おれはそれを信じている。そうしたら、あとは実行するだけだ」
「あなたが連れているのは、被保護者と飼い犬でしょう。仲間がいるようには見えませんが」
リークスの声は、何処までも冷ややかだった。「このハ……!」ダイキリがまた精神攻撃に走りかける。ギムレットがダイキリの口を塞いで、穏やかに言った。
「それは認識の相違ってやつだ、リークス。おれは1人で迷宮を歩けるとは思ったことが無いし、スティンガーもミスティもマルガリータもダイキリもクレオールも、おれに出来ないことが出来るよ……さて、お喋りを続けるより、お前の仲間を地上に連れて帰った方が良いじゃないか?」
応急処置が終わったとは言え、彼等がこのまま迷宮の探索を進めるのは難しいだろう。いくらこういう職業だと言ったって、腕とか足とかが駄目になってしまって、彼等はこの先どうするんだろうか。
クレオールのもの言いたげな顔に気付いたのか、リークスは顎に手を当てた。
「大人数のメンバーを保有するギルドとなれば、資金の管理や、食料、装備の補充などを行う後方支援のメンバーも必要となります。一度ギルドのメンバーとなった封印者を、負傷したからと言って放り出す様な真似はしませんよ――もちろん、維持を可能とする資金と、十分な利益を上げる事の出来る人員が揃っている前提で話をしています」
「そうだなぁー、今の『奈落』じゃ厳しいなぁ。あぁ、とはいえ今回はポピュリオルスの尻尾があるから、今月の月賦と借金の返済は何とかなるだろ。メグと少年、偉いぞー」
「また見苦しい自転車操業を」
「っていうか、あんたんとこの神官が盗んだお金返せば半分以上は解決するのよっ!!」
マルガリータが思いだしたように叫ぶ。「そーだそーだ!」とダイキリも応援するけど、リークスは冷やかだった。
「証拠は?」
「ぐっ……!」
「わたしのギルドのメンバーが、『奈落』から資金を盗んだという証拠は?」
「ぬぅっ……!」
「ギルドマスターとして、わたしはギルドのメンバーの名誉を守る義務がある。証拠も無しに、いつまでも騒ぎ立てるようなら、こちらもそれ相応の対応を取るが?」
「うぅーっ……!!」
だんだんっ、とマルガリータが地団駄を踏んだ。証拠は無いらしい。涙目でギムレットを見上げて、「まぁ、証拠はないわな」と首を振られる。クレオールとスティンガーの方を見られたって、どうしようもない。最後に頼られたミスティは、「そだね」と軽く頷いた。
「証拠は無いのはほんとだじぇ。だからミスティ、言っとく」
ミスティは居住まいを正した。普段は変な語尾と、まったりとして頭が痛くなる様な声が印象的だ。けど口を閉じてきちんと立てば、ミスティは良い鎧を身に付けた、女装が滑稽にならない程度に美しい聖騎士の少年だった。
「――緑の人よ、何故、狭い道を選ばなかった」
それは聖書の文節だった。神官や聖騎士にとっては、不実や不義を苛烈に糾弾する言葉でもあった。
クレオールに向けられた言葉ではないと分かっていても、居た堪れなくなる。スプモーニも、まだ神官であるらしかった。おかしな作り声で抗弁することもなく、地面を見つめている。
じっとスプモーニを見つめるミスティは、厳かですらあった。
普段からこうしていればいいのに、とクレオールが思うくらい。
ギムレットはさっき笑って言った。封印者なんてなぁ、他に行くところがない人間がなるもんだ、と。ミスティは何処から来て、どうして封印者になったんだろう。
ふぅっ、と満足したように息を吐くと、ミスティは踵を返した。
「さーて、連中は帰るし、ミスティ達は先に進むにょえ。行こう往こうメイキューの奥深くまでっ!」




