過去からの呼び声③
2体いる一つ目巨人のうち、1体は肩から血を流しているようだった。ダイキリのささやかな功績だろう。
巨人達は、別に迷宮を壊そうと暴れているわけではないようだった。巨人の足元を這うように逃げ回り、時折攻撃を仕掛けて来る封印者達。彼等を踏み潰すか、撲り殺すかをしたいみたいだった。ある程度は上手く行っている。
下半身をすり潰された戦士と、片腕が千切れた盗賊が広間の端に倒れていた。向こうの封印者パーティにも神官はいる。だけど巨人を挟んで怪我人とは反対の壁際に追いつめられていて、治療に掛かれない。
ダイキリが攻撃を仕掛け、マルガリータが巨人の足元を凍り付かせても、状況が変わったことに気付いていないらしい神官は動かない。
「向こう、行っても!?」
怪我人を指差してクレオールが尋ねると、ミスティが嫌そーだけど答えてくれた。
「仕方ないにょん! せいぜいヤツ等に恩を売っておけにょい!」
クレオールが怪我人に向かうと、後ろからリーダーの笑い声と、ダイキリが2発目を撃った音がした。
仲間に止血をしている封印者に声を掛ける。
「神官です! 手伝います!」
スティンガーやギムレットより、ずっと立派な感じの鎧を身に付けた聖騎士が振り返る。仲間の血に塗れていた。クレオールの言葉に喜ぶでもなく、驚くでもなく、妙に冷やかな目を向けて来る。反射的に、嫌だな、やっぱやめようかな、と思ってしまうけどそんな場合じゃない。
「第32節――幸いなるかな、傷つきし者。その人は癒されん」
聖書の文字が輝いて、戦士と盗賊を癒していく。煌めく聖書の文字を明かりにして彼等を見ると、戦士も盗賊も、やはり立派そうな武器と防具を持っているようだった。
彼等でさえ苦戦する様な一つ目巨人に向かって行った、ギムレットとスティンガーは大丈夫なんだろうか。いや、そんな事を考えるな。あの愉快なリーダーと全裸なら大丈夫だ。たぶん。だといいな。
千切れた腕や足を再生する事は出来ないけど、断面に肉が盛り上がり、千切れた血管が埋められる。失われた血液を作製させる為、骨髄を活性化させる。あと少し、と思った所で肩を引かれた。
「……あとは、こちらで対処します」
冷やかな目の聖騎士だった。近くに神官は見当たらない。封印者同士、色々あるのかもしれないけど、人の命が掛かってるときに何て寝言を言い出すのか!
「神官がいないのに、どうやって!」
「ここにいますので」
冷静な声で、聖騎士は地面を指差した。指の先に視線を動かす。地面に這いつくばる様な格好の神官がいた。何やってんだろ。別にこの距離なら巨人から隠れる必要もないだろうに。
「あ、無視してすいません……」
「……い、イイエ」
妙に――作り物っぽい、鼻が詰まった時のような話し方で、緑の神官服を着た男は唱えた。
「第32節――幸イナルカナ、傷ツキシ者。ソノ人は癒サレン」
地面に額が付きそうなくらい、頭を低くしている男の薄い聖書が煌めく。それを確認して、クレオールはギルド『奈落』の面々を探す。ミスティやギムレットやスティンガーは怪我をしてないだろうか。マルガリータとダイキリは、少し離れた所から魔法と銃で応戦しているみたいだった。
ガゴーーン、と派手な音をした方を見る。巨人が振り下ろした棍棒を、ミスティが盾で受け止めていた。え、ミスティ、潰れないん、だ……。
巨人も、おかしいな、と言いたげな顔で腕に力を込めたようだった。ただでさえ太い腕の筋肉が盛り上がる。だけどミスティは潰れずに受け止めきっている。
「カイス・ト・オ・メルク・ケラ・セラ!」
マルガリータが、ミスティの傍に氷の塊を魔法で作り出した。
「リーダーっ!」
ミスティが食いしばった歯の間から叫ぶ。
「おーう、いつもすまんなぁ」
覇気とかそういう物を何処かに落として忘れて来てしまったような声で応じて、ギムレットが氷とミスティの盾を足場にして巨人に迫る。巨人が身を引くより早く。巨人が棍棒で迎撃するより速く。ギムレットの長剣があっさりと巨人の1つ目を貫く。
ダイキリに撃たれても、他の封印者達に手足を斬り付けられても平然としていた巨人が、くしゃりと潰れる様に倒れた。
「おっととっ」
倒れ来る巨人を蹴りつけて、ギムレットは下敷きになるのを避ける。身のこなしは華麗――だけど、やっぱり何だかなぁな掛け声だった。お菓子じゃないんだから。
「もぎゃー!?」
「わー!? ミスティ!!」
ギムレットと違い、下敷きになったミスティが悲鳴を上げた。マルガリータが一生懸命巨人の死体を持ち上げようとしてるけど、明らかに無理だ。
「ミスティ! メグ!」
クレオールは駆け寄って、巨人の死体に手を掛ける。巨人の皮膚を触った感じは、人間のものとあまり違いは無い。大きな差異は、色味がじゃっかん灰色かかっているくらいか。持ち上げる。重い、けど何とか空間を作ると、ミスティが這い出して来た。
「うぇえ、くっさ。一つ目巨人の死体臭いじぇー」
言われてみると、異臭がした。何で急に、と思ったら、持ち上げている一つ目巨人の死体がみるみるうちに腐って崩れて行く。でろでろと泥のように融けて、一つ目巨人の胃や腸に収まっていた物もまとめて地面に広がって行く。一つ目巨人の主食、封印者っぽい。
「……うぅっ」
マルガリータが口元を押さえた。臭いと相まって、この光景はけっこう胃にくる。立ち上がってミスティは三つ編みを口に当てた。
「あと1体いなかったっけ?」
「そういえば……」
一つ目巨人は2体いた気がしたけど。辺りを見回すと、スティンガーが寄って来た。
「すまん、逃げられた」
「向こうさんも、敵が6人ならまだしも12人じゃ分が悪いしなー。逃げるだろうなぁ。まぁ、追うほどでもないさ」
ギムレットは大した問題でも無いように言う。見つけたらまた戦えばいいか、程度の認識なのだろう。
もしかしてギムレットは凄い封印者なのだろうか。今更ながらにクレオールは思う。普通の人間は、3段ジャンプをして巨人を倒したり出来ない気がする。だけど本人に、『もしかして凄い人ですか?』とか聞くのも失礼だろう。
もしかしたら凄い人かもしれないクレオール達のリーダーは、一つ目巨人の死体や他の封印者に視線をやるでもなく、迷宮の奥を指差した。
「さて、行こうかね」
「……っていうか、リーダー」
マルガリータがギムレットの腕を引っ張った。
「あんの野郎!」
ダイキリは銃を構えて臨戦態勢だ。
「やっちまえぐしゃー!」
ミスティがダイキリの頭を鷲掴みにして止めている――のか、台詞で煽っているのかよく分からない。
「相変わらずですね」
ギムレットにそう声を掛けたのは、さっきの聖騎士だった。向こうの封印者パーティのリーダーなんだろう。ついでに、ギムレット達の顔見知りらしい。
「なーにが、相変わらずですね、だ、くそリークス! 相変わらずスカしたこと言いやがって!」
ぺぺぺっ、と比喩無しでダイキリが唾を飛ばした。届きはしなかったけど、聖騎士の男が顔を歪ませて数歩離れる。その後ろに立っていた神官を見て、マルガリータも喚いた。
「そーよそーよ恥知らず! っていうか、そこにいるのスプモーニじゃないのっ!? そうでしょそう見える! 聖職者ならお金返しなさいよねっ!」
リークスに、スプモーニ。何か、2人とも聞いた覚えがある名前だ。けど、思い出せない。
ダイキリ達を諌めるでもなく、かと言って向こうを責めるでもなく。平然とした顔で立っているスティンガーに近付いて尋ねた。
「……お知り合いですか?」




