過去からの呼び声②
クレオールに出来る事は少ない。今だって少ないし、かつてはもっと少なかった。たぶん、100人がクレオールの話を聞いたら、99人が『不幸なことだけど、仕方なかったね』と憐れみを込めてクレオールを見下ろす事だろう。
子供の可能性は無限大だとか真顔でいう大人はいる。
実際、いま世の中にいるどんな偉大な人だって子供の時があったはずだし、彼等は子供の時から絶対に偉大になると知っていたわけではないだろう。逆を返せば、全ての子供は偉大になれるというのもあながち間違いではない。
間違いではないけど、子供だって馬鹿ではないから何となく当たりは付いている。自分は大統領にはなれないな、とか、世界最強の剣士にはなれないな、とか。
もう少し卑近なところでも良い。自分は街で一番可愛くて大金持ちの1人娘であるあの子の恋人にはなれないな、とか、歌手で食べて行く事は出来ないな、とか。そういうことだ。
クレオールだって当たりはついていた。
不治の病に侵されていると言われた双子の妹を治すような神官にはなれないな、とか。
自分に奇跡は起こせないな、とか。
それなりの家であったクレオールの生家を傾けるほど両親が神殿に寄進を行おうが、虐待と紙一重というかアウト一択のように修業を強要されようが、どうにもならなかった。
なるわけがない。不治の病と言われている。決して治らないから、不治の病なのだ。出落ちも良い所だ。
それでも父は諦められなかった。それでも母は認められなかった。
自力で対応してくれれば良いものの、彼等は幼いクレオールに異様なほど期待をかけ、財産を惜しみなく使い――そうしてやっぱり、奇跡は起こらなかった。
神官達も、家の使用人達も、クレオールに優しかった。世の99人はクレオールに優しかった。
白い髭を長く伸ばした神官長は穏やかな声で、いつかクレオールの両親がクレオールに謝罪するだろう、とクレオールに予言した。そうしてその時、お前は両親を赦すべきだと。
幾つもの飛び級を経て、周りで同じ修業をしているのは年上の神官ばかりになった。年長者たる彼等はクレオールの肩を叩いて、お前も妹さんも可哀想になぁ。だがこの悲しみもいつか報われるだろうさ、とクレオールを励ました。見てみろ、妹さんはあんなに安らかな顔で眠っているじゃないかと。
黒い執事服をぴしりと着こなした家令は、よくぞ今日まで恨み言ひとつ漏らさずお耐えになりましたな、と言ってクレオールに深々と頭を下げた。妹の侍女達も黒い服で喪に服し、クレア様は幸せでした。こんなにもご家族に想われて、とクレオールを慰めた。
世の99人は優しかった。
けれど、数少ない1人は優しくなかった。
クレオールはクレオールに優しくなかった。
両親を恨む様な気概を持てず、神官達の言葉に頷く素直さも無く、家の者に無邪気に甘える事も出来ず――ただ妹が両親に抱き付いている姿を覚えている。きっとお兄さまが私を治してくださるわ。呪いの様に、微笑んで言う声を覚えている。必ずお兄さまが私を助けてくださるわ。
いつまでも。もう誰もクレオールを責めたりしないのに、クレオールだけがクレオールを許してくれない。
「前見ろこの神官ぐしゃー!!」
「ぎゃー!?」
だけじゃなかった。ミスティも許してくれないらしい。ぐしゃーの掛け声と共に、ミスティの持ってる盾で殴られた。かなり容赦ない勢いだったのか、眩暈がして足元が揺れる。迷宮の床が震えているような気がした。
迷宮の壁に手を付く。いつの間にかスノウメイデンは去ったらしい。ミスティが冷やかな目でクレオールを見下ろしていた。
「何処見ているにょん、うすらとんちきが。迷宮で遊びたいなら、リーダーくらいになってからにしろもげ」
「う、薄ら……何て?」
「そこじゃないにょん」
「うすらとんかちか、ただの頓知気じゃないの?」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよーっ!」
ガツン、とマルガリータにまで杖で背中を殴られる。
「お前すげーな。マジのアホだったのか」
荷物から、何やら長い金属の棒を取り出したダイキリにまで罵られた。さすがに反省する。何だっけ。スノウメイデンはいつの間にか居なくなって。で?
「……地面、揺れてる?」
ミスティとマルガリータに叩かれたとかではなく、地面が揺れていた。
「崩れる?」
「かもなぁ」
楽しそうに頷いたのはギムレットだ。顎に手を当てて、迷宮の奥を見据える。
「しかしまぁ、床を崩される前に止めれば良い話だな、うん。さて、行くか」
ギムレットは、スティンガーを連れてぐいぐいと進んで行ってしまう。
「クレオール、第32節の準備をしてから来いぴょん。メグはカイス系の何か。足止め系の方が良さそうだじぇ」
雑なリーダーと口数の少なすぎるスティンガー。
いまいちアレな大人2人の代わりみたいに、ミスティが指示を出してから走り出す。「うははは!」とか喧しい笑い声を上げながら、ダイキリがミスティの後に続く。マルガリータは小さく呪文を唱え始める。クレオールも、聖書の魔力を流した。ミスティに言われた通り、第32節を輝かせる。
詠唱の途中だから他の事を話せないマルガリータが、杖で他のメンバーの背中を指して首を傾げて来る。だいたい分かる。
「俺はもう行ける。メグも?」
こくっ、とマルガリータが頷いて歩き出した。
地面が揺れる。揺れている。気のせいじゃない。自然現象でも、なさそうだった。不規則に、悪意と共に、揺れる。
細い道と、狭い小部屋を2つ通り抜ける。もう聞こえる。細い道の先は広間に繋がっていて、そこに巨大な怪物と、封印者達がいた。
「リーダー! 待てにょー!」
ミスティが、広間に入る手前でギムレットにしがみ付いて止めている。ギムレットはへらへら笑っていた。
「いやー、大丈夫だろ。パパっとな。行けるって」
「ダイキリが先ー! あ、メグとクレオール来た。この先に一つ目巨人2体! 死にそうな封印者3人! 頑張ってるけど駄目そうなの3人! そういうわけだから、ダイキリが引き寄せるよ。引き寄せたらメグが嫌がらせね」
「……!?」
嫌がらせって何よ!? と言いたそうな顔で、マルガリータがミスティ達に詰め寄る。だけどまぁ、広間の戦闘はミスティの報告を聞く限り洒落にならない感じだ。ダイキリが左膝を床について、黒い筒を構える。
「よっしゃ行くぜ!」
景気の良い声を上げて、ダイキリが何かをした。
破裂音。
それから、水音。
「ダイキリの下手くそ!」
ミスティが忌々しげに叫んで、ギムレットから手を放した。しつけの悪い猟犬のように、ギムレットが戦場へ駆け出す。
「う、うっせー! 下手とか、下手とかなぁぁ!?」
何か謎のダメージを受けながら、ダイキリは筒の先に何かを押し込み始める。クレオールはその武器の実物を初めて見る。
「銃!?」
「そーだよ!」
涙目のダイキリが、再び銃を構える。それより早く、広間に出たマルガリータが叫んだ。
「カイス・ト・オ・ドーン・ケラ・セラ!」
マルガリータの首元に下がる青い鉱石が、淡い光を放つ。迷宮の暗さに慣れた目には、十分な照明になった。
何か、デカイのがいる。
ミスティが言った、一つ目巨人とはこいつの事だろう。肌の色は良く分からないけれど、岩の様な筋肉で装飾された身体はクレオールの倍以上の背丈がありそうだった。頭には、耳が2つあり、鼻と口が1つずつある。妙に大きくて虚ろな目は、鼻の上に1つしかなかった。
巨人等が足踏みをする度に、あるいは、手にした棍棒で床を殴り付ける度に、迷宮が揺れた。




