過去からの呼び声①
子供が遠足に行く時の様な歩調でギムレットは進む。マルガリータとスティンガーは『6階層』とか『7階層』とか言っていたけど、そんなに分かりやすい階段を沢山下りた覚えは無い。
ミスティにそういう事を尋ねると、「迷宮はちょーっとずつ坂道になってる所が多いんだぴょん。暗いから分かり辛いけど」と言って小瓶を寝かせて地面に置いた。意外な程の速さで転がって行く。ミスティは足で止めて拾うと「ね」と首を傾げた。兜の下から伸びる長い三つ編みが、ゆらりと揺れる。
「ほんとだ」
床の傾きと、どうみても女子にしか見えないミスティの可愛らしさと、どっちにより驚けば良いのか分かんないけど、とにかく驚いた。
「そろそろランタン点けるか」
何がきっかけだったのかクレオールには分からないけど、ダイキリが言い出す。
「そうね、そろそろスノウメイデンが出る頃だし。あ、そうだクレオール」
隣を歩くマルガリータがクレオールの耳を引っぱって来る。
「いいこと。この先、女の子の声で後ろから呼ばれてもぜーったいに振り返っちゃダメだからね!」
「メグじゃなくて?」
「あたしの声みたいに聞こえるかもしれないけど。でもとにかくダメよ。話をする時には前向いて話して。横も微妙だから」
「微妙って?」
「死んじゃうかもしれないから」
「……迷宮って、本当に清々しいくらい生きるか死ぬかの二択だよね」
「そうよ。迷宮だもの。むかーしの封印者は、スノウメイデンに呼ばれて死にまくったのよ。今だって、新人はちょいちょい死んじゃうのよ」
「気を付けます」
クレオールが神妙な顔で頷くと、マルガリータは嬉しそうに笑った。
「分かればよろしい」
「メグー。メグちゃんよぉ。いい気になって先輩ぶってんじゃねーの」
「いい気にはなってないわよ!」
ランタンを持ってからかうように言ってくるダイキリに駆け寄ると、すぱーんと背中を叩いてマルガリータは喚いた。
「先輩なのは本当だもの。言っとかないとクレオール、ポケットにポピュリオルス入れたりするのよ!」
「うわ、馬っ鹿でー」
ダイキリはマルガリータに背中を叩かれた事を怒るのも忘れて、クレオールを指差して笑ってくる。マルガリータも一緒になって、高らかに宣言する。
「そうよ! クレオールは可愛いものに騙される系なのよ!」
ギムレットが気の抜けるような声で「そうかー。可愛いものに騙される系かー。今時の子だなー」と謎のフォローだか何だかを入れる。「リーダー、今時とか関係無い」と珍しく変な語尾無しで冷たくミスティが突っ込んだ。
「つーか、ポピュリオルス持ってたら死ぬじゃねーか。こいつ何で死んでねーんだよ」
「あたしがやっつけたからよ!」
「まじか。メグは非道だな。可愛いものを殺る系かよ。自分に可愛げが無いからって、ひっでぇ話だな」
「なぬー!? 聞き捨てなんないこと言ってんじゃないわよ!」
「確かにメグよりミスティの方が可愛いにょ」
「ミスティうっさい!」
「確かになぁ」
「りっ、リーダーまで……っ!?」
胸を押さえてマルガリータがよろめいた。けっこう効いたらしい。
確かにさっき、ギルド『奈落』でかつてあった事件について話していた時の感じだと、リーダーに対して、敬愛なのか恋愛なのかは微妙な線にせよ、かなり好意的なのは間違いなさそうだった。それなのに、男と比べられた挙句負けたらなぁ。可哀想に。
「……ひどいわ……」
「ひどいよなぁ」
クレオールが呻き声に同意すると、全員に一瞬緊張が走る。え、何。振り返ってマルガリータに尋ねようとすると、後ろからスティンガーにがしっと頭を掴まれた。
「振り返るな。今、誰もクレオールに話しかけていない」
「え……でも今、女の子の声で、凄いはっきり聞こえましたけど……」
「スノウメイデンの呼び声だ。振り返ったら死ぬぞ。身をもって試したいのなら構わんが」
スティンガーがクレオールの頭から手を放す。もちろん振り返る度胸なんて無い。いつの間にか全員前を向いていた。それでもギムレットは、変わらぬ呑気な声で話す。
「まぁ、スノウメイデンに呼ばれる場所へは、他の怪物は来ないからなぁ。対処さえ知っていれば、楽なもんだよ」
「はぁ……そういうものですか……」
「……ひどいわ……」
「今も凄い恨み節聞こえたんですけど、俺だけですか」
「ミスティの後ろにいるの、すっごい勢いで喚いて来る。メグメグよりうるさいじぇ。クレオール聞こえるきゃい?」
クレオールの前を歩くミスティが溜息を吐いた。クレオールが目を凝らしても、ミスティの後ろにも横にも誰もいないし、クレオールが耳を澄ませても、喚く女の子の声は聞こえない。
「聞こえない。そういうもんなんだ……」
「そういうものだにぇー」
「オレのなんてアレだぞ。相当振り返りたくなんぞ。素敵なお姉さんボイスで『イイ事しなぁい?』とかなぁ! 普通振り返るだろ!」
「遠慮せずに、振り返って死ねばいいのに」
マルガリータが冷たすぎる声で呟く。
「……ひどいわ……なんて、死んじゃえばいいのに」
スノウメイデンの呼び声だ、と思っているのに。いや、そう思っているからこそ、その呼び声はクレオールの知っている少女の声に似ている気がしてきた。
振り返るな。振り返るな。そういう怪物だ。マルガリータ達が慣れっこの、良くいる、十把一絡げの量産品だ。クレオールのただ一人の少女である筈がない。
クレオールは必死に言い聞かせる。今日まで多くの封印者を葬り去った怪物は囁く。
「……ひどいわ……私を……さまなんて、死んじゃえばいいのに」
思うに、このスノウメイデンとやらは、各人の性格に合わせて攻撃を仕掛けて来るんだろう。当然と言えば当然だ。武器が呼び声1つしかないのなら、出来るだけ有効に使うだろう。だけどこれほどまで正確に、クレオールの事情を理解できるものだろうか。
胃が痛いなんてもんじゃない。潰れて小さくなって、口から出て来てしまいそうだ。背中をだらだらと冷や汗が流れる。そのくせ、首の後ろが熱くて仕方ない。暑いのか寒いのか分からないまま、異様に呼吸が荒くなる。
黙りこんだクレオールの様子を察したのか、視線は前に固定したままマルガリータが手を握って来る。
「ちゃんと前向いて歩いて。へっぽこ神官」
「へっぽこって」
「返事」
「頑張ります」
「よろしい」
クレオールも横は向けないけど、マルガリータが微笑んだのは分かった。
「メグも先輩らしくなったなぁ」
ギムレットは嬉しそうだ。
「っていうかわき見運転だぎゃ」
ミスティは面白く無さそうに、わざわざ欠伸までしている。
「わ、わき見運転って何よ!」
慌てたようにマルガリータがクレオールから手を放した。もちろんミスティは振り返ったりしないけど、少し歩く速度を落としてクレオール達の後ろに回った。わしっ、とマルガリータの頭を両手で掴む。
「自己理想だってことー。違った。事故りそうだってこともげー」
「なにそれ、わけ分かんないし」
「分かんない分かんない言っていないで考えるべきだと思う人挙手ー。はい、ミスティとスティンガーとクレオールとダイキリの4票で圧倒的過半数もげげー」
「えっ、嘘! そんなに全員上げてないでしょ! 適当に言ってるでしょミスティ!」
「見てないけど心の目で感じたげれれー」
「何よそれー!?」
「げっれれれれ……! ふぅ。疲れた。そろそろスノウメイデン居なくなった?」
「まだ居るぞー」
先頭のギムレットが手を上げる。
「まだ注意なー」
「うむ。注意するべきだ」
スティンガーが余計な事を付け足す。
「しかしこのスノウメイデンどもの声は、どうしてこうもわたしの母の声に似ているのか」
「あぁ……そういうもんなんですね……」
溜息と共にクレオールが呻くと、「そうだじぇーい」とミスティもじゃっかん疲れたように答えた。ミスティは金切り声で喚く、誰の声を聞いているのだろう。
「えぇー。あたしそんなこと無い。知らない人の声だけど」
「オレも」
マルガリータが言うと、ダイキリも手を上げた。そういう例もあるらしい。ほんの少しだけ、2人を羨ましく思う。
ミスティとマルガリータのお陰で少しだけ気が逸れたけど、クレオールの傍にいるらしいスノウメイデンは執拗に囁いて来る。振り返って、手を引いてやりたくなる。クレオールはその為に迷宮へやって来た。クレオールが良く知るその声は、耳に吐息を感じられるほど近くで囁く。
「……ひどいわ……私を見捨てたお兄さまなんて、死んじゃえばいいのに」
――違う。
俺は見捨てたわけじゃない。世の中には出来る事と出来ない事がある。神様でもあるまいし。




