ギルド『奈落』の今昔物語⑦
マルガリータの語る理論は、魔法使いの中でもかなり古典主義に寄った考え方だった。クレオールより遥かに信心深いとも言えるだろう。別にあたしはただの夢見がちなお馬鹿じゃないのよ、と言うようにマルガリータは続ける。
「あたし達は、ろくでもない人間が神官でいられることを知っている。それこそあたし達のギルドから、お金を持って逃げたスプモーニだって、きっと今でも法術を使って、誰かの怪我を治しているでしょうね。だけど、それが何だって言うの? それがあなたの努力を何か損なうの? ほんの少しの悪い人が許されたら、真面目にやっている人の努力が全部無駄で馬鹿なことになるの? あたしはそんな事は思わない。だって精霊達はいつでもあたし達を見守っていてくれているんだから。正しい事も間違っている事も、精霊達は知っている……ねぇ分かる? 正しさも間違いも知っていて、精霊達は魔法使いを助けてくれるのよ!」
「……うん」
「だから、あたし達魔法使いは、魔法使いで、魔法が使える限り、大丈夫なの。クレオールも、神官で、法術が使える限りきっと大丈夫よ。自信持って良いのよ……ねぇ、つまり、完全無欠に正しくなくても、精霊達や、天上の御方に許されているって事なんだから」
「……そうかな」
「そうよ! あたしの魔法使い歴は、クレオールの神官歴より長い気がするし! 先輩の言う事は、信じなさいよ」
「俺の神官歴だって、長いよ」
「あたしの方がきっと長いわよ」
「何年?」
「15年」
「長っ!?」
あっさり言われて驚愕した。マルガリータはそれくらいの年にしか見えないけど。ほんとは幾つなんだろう……っていうか。
「魔法使いって、どうやってなるの? 神官は、神殿に行って2、3年修行積むと見習いから始まるもんだけど」
だからクレオールの神官歴は10年程度だ。それだって、年齢からしたら相当長い。
マルガリータは少しだけ照れたように笑った。
「魔法を使えるようになったら、魔法使いなのよ」
それ以上は詳しく説明せずに、マルガリータは前を向いて歩く。少しおしゃべりが過ぎたと反省しているのかもしれない。
ここへ来るまでクレオール達は絶対に通らなかったであろう広大な広場や、屈まなければ通れないような隠し通路などを通り過ぎる。幾度か、遠くから封印者が戦っているような音や、怪物の足音を聞いたけれど、それらを避けてスティンガーは上手くクレオール達を誘導する。
「ギムレットさんも、スティンガーさんも、迷宮の道を全部覚えてらっしゃるんですか?」
「よく通る道は概ねな。時折、道が潰されたり、新しく作られることもあるが――広い広いと謳われようと、10年以上封印者として過ごしていれば自然と覚える」
事もなげにスティンガーは答えた。クレオールからしたら、いつまでもいつまでも同じような風景が続いていて、目印になりそうなものも無い迷宮だが。
「10年以上……」
十数年しか生きていないクレオールからしたら、気の遠くなるような期間だ。それならば、覚えてしまうものだろうか。クレオールの数歩後ろを歩くマルガリータを振り返る。
「メグも大体覚えてる?」
「……もっ、もちろ、んよ!」
やたらと歯切れ悪く答えて、マルガリータは胸を張った。
「覚えてる。覚えつつあるわっ!」
「嘘を吐くなメグ」
「うぅ……ほんとだもん。覚えつつは、あるもの……」
「では今、何階層を歩いているか分かるか?」
「え……6階層でしょ?」
マルガリータは、流石にそこは間違えないわよ、と言いたげに答えた。
「否、7階層だ」
スティンガーは淡々と言った。
「お前はダイキリが天井を落としただけだと思っているようだが、その時ついでに床まで抜けた。お前と、クレオールが巻き込まれて1階層下に落ちた。つまり7階層だな。わたし達は6階層に残った。崩れた床の淵から縄梯子で下りようかと思ったが、かなり床が薄く、更に崩れる恐れがあった。下ではお前達が意識を失っている。そこで仕方なく、わたし達は別の道からお前達を探しに行くことにした。7階層に下りたら、お前達は既に移動していた。入れ違いを避けるため、わたしだけがお前達を探しに来た。そういうわけだ」
そこまで一息で言って、艶々した黒い鼻で道の先を示す。見覚えのある瓦礫の山の傍に佇んでいた彼等も、こちらに気付いたようだった。
「あ、メグメグー!」
「ミスティー!」
大きく手を振って来るミスティに、マルガリータは嬉しそうに駆け寄って行く。両手を広げて飛びついた。
「ただいまー!」
「おかえりにょーん。神官と魔法使い2人ではぐれるとかネタみたいな事するなじぇー」
ごく自然に抱き合って喜ぶ2人を微笑ましく見てから、ふと気付く。
「……あれ? ミスティって」
「深く考えるな。見る限りは小娘同士のすることだ」
いつの間にか人間の姿に戻って、ズボンに片足を通しながらスティンガーが答える。
「うわびっくりした」
淡々とした話し方は全く変わらないが、いつの間にか立派な人間に戻っている。狼男と言われても俄かには信じ難かったのだが、信じるしか無さそうな状況だ。しかし、ふさふさしてた毛皮とか尻尾はどうなったんだろう。
「何だあまり見るな」
「あ、失礼しました」
スティンガーから視線を動かすと、のっそりとした動きでギムレットが寄って来る。
「おー……よく2人だけで無事だったなー……心配したぞー……」
言いながら、ガシガシと頭を掻いている。寝てたんだろうか。兜を外しているし、髪が変な風にひと房撥ねていた。とはいえ、クレオール達がはぐれたのは事実だ。頭を下げる。
「ご心配お掛けしました」
クレオールの視線に気付いたのか、ギムレットは照れた様な苦笑を浮かべる。
「まぁ、寝ていたのは事実だがね。ギルドの一員ということで伝えておくと、おれは迷宮の中で怪物を斬った後しか眠れないんだよ」
平然と訳の分からん事をいうギムレットに、クレオールをからかうような調子は無い。どう返したものか悩んでいると、完全に服を着込んだスティンガーも「信じ難いだろうが、事実だ」と角ばった声で伝えて来る。何だそれ。
「それは……業が深い人生ですね」
クレオールが答えると、ギムレットはその回答が気に入ったらしい。破顔して何度も頷いた。
「全く。全く以って少年の言う通りだ。うん。業が深いと言うのは、おれ達封印者に実に相応しいな……さて、少年、もといクレオールは早めに抜けられると良いんだが」
そんな事を言いながら、ギムレットはわさわさとクレオールの頭を撫でて来る。その表情は、文句を付けようがないくらい善意に満ちていた。子供の反応だと分かっていても、苛立ちをぶつけることしか出来ないくらいに。
『そうとも、お前は彼等の様に選ばれた異常者では無いさ。』
クレオールの耳元で囁くそいつと、おそらく良く似た表情を浮かべて言う。
「子供が封印者になる事に反対ですか?」
「いや、そうとは言わんよ」
ギムレットはあっさりと首を振る。
「おれにせよ、スティンガーにせよ、迷宮でしか生きられない人間はいるもんだ。しかし少年はそうは見えんからな」
『そうとも、お前は彼等の様な悲劇は背負っていないさ。』
賢しげに囁くそいつに裏拳を入れる様に、聖書を振り上げて背負い袋に仕舞う。ギムレットに言っても栓ない事だ。だが、ギルドの一員として伝えておかなければならない事はあるだろう。
「いいえ、ありませんよ――例えギムレットさんからそう見えなくても、俺は迷宮の深部を目指すしかないんです。他に行ける場所なんて、何処にあるのか伺いたいくらいです」
「世界は広いよ、少年」
ギムレットは目を細めた。懐かしい旧友に思いがけず出会った時のように。
「だがまぁ、迷宮は良い所だ。そしてここはギルド『奈落』だ――いいかい少年。ここが『奈落』だよ」
「……はぁ?」
我ながら気の抜けた声で返事をする。ギムレットはクレオールの肩を軽く叩いた。
「さて、深部を目指すしかないのならば、さっさと行って帰って来ようか。みんな、移動だ」




