ギルド『奈落』の今昔物語⑥
一応説明しておくと、とスティンガーはクレオールとマルガリータの前を歩きながら語った。
「わたしは迷宮内の亜人、いわゆる狼男と人間の女性の混血だ。迷宮の怪物と言えなくも無いが、今のところはギルド『奈落』の封印者として生活している。本物の狼男ならば、半人半狼と狼の姿を行き来するものだが、わたしは人と狼の姿を行き来する」
「人間の女性って……」
絶対に無い、とは言い切れないが、まぁまず“無い”話だろう。クレオールが呟くように尋ねると、スティンガーは気を悪くした様子も無く、変わらぬ平坦な声で応じた。
「無論、彼女が望んだようなものではない。迷宮から溢れ出た怪物の集団に襲われた村の女性だった。お前達は子供だから詳細は控える」
「子供こどもってバカにして」
マルガリータがわずかに口を尖らせる。スティンガーはつまらなそうに続けた。
「守られている、という祝福だ」
「どうだか」
「バカにするなと言うのならば、そうだな。何故彼女がわたしを殺さなかったのか、未だに分からない。お前は分かったか」
その問いは、おそらくギルド『奈落』の中で既に何度も繰り返されたものだったのだろう。慣れることは永遠にない類の、何処かが痛む顔でマルガリータが黙り込む。
「子供に罪は無いでしょう」
反射的にクレオールは言ってから、うなだれた。
「……いえ、すいません。偉そうな口を」
「神官だからな。そう答えるのは妥当だろう」
「はぁ……ありがとうございます」
「そしてお前の言った通り、子供に罪は無い。よって、お前の発言にも罪は無いのだ。謝罪は不要と言っておく。大人らしくな」
言いながら、スティンガーは誇らしげに尻尾を振った。尻尾がある感覚ってどんなだろう。
落ち着いて迷宮内を見回してみると、意外と分岐が多い。元は住居であった筈だから、もっと分かりやすく構成されていても良さそうなものだが。
今通り抜けた広間からも、放射状に5、6本の通路が広がっている。その通路にも、木の根ように更に幾つもの通路が生えて小部屋に繋がっていた。小部屋は小部屋で、必ず2か所以上の入り口があり、行き止まりになっている場所はほとんど無い。
とことこスティンガーの後をついて歩きながら、怪物がまったく現れないことに安心したのか、退屈したのか、そういえば、という感じでマルガリータがクレオールを突っついて来た。
「そういえばクレオール、あなたさっき死にそうになってた時、何か言ってたわよね。酷いとか、全部嘘だとか。何かあったの?」
「えー……と、何かって言うか、何だろうね、それ……」
我ながら残念な感じにしらばっくれてみる。マルガリータがほんの少し、眉を吊り上げた。
「あのねぇ! あたし達は、同じギルドの仲間でしょ。何でそう、露骨にごまかしたりするのよ」
「やー、あー……うー」
マルガリータはダイキリとは活動方針が違うらしい。ダイキリは、クレオールは治療法術さえ使えれば良いと言ったけど。そりゃ、2人は仲悪いはずだ。
さぁ話せ、今はなせ、さぁさぁ!
マルガリータに凄い目力で言われて、クレオールは敵わないな、と思いながら口を開く。
「俺、昔、ひどい嘘を吐いて」
遥か昔のことの筈なのに、その告白はクレオールの柔らかい所をざっくり刺した。息も出来ない――かと思ったけど、意外とそうでもなかった。痛い。もちろん痛い。もう話すのを止めて蹲りたい。でも、頑張れば、歩けないほどじゃない。あれ、こんなもんだっけ、と思うくらいの痛みだった。
聞いてくれているのが、マルガリータだからかもしれない。マルガリータは真剣な表情でクレオールを見上げてきている。マルガリータは凄くきれいだ。封印者にしておくのは勿体無いくらい。
銀色に輝くような少女が、いいよ、許すよ、ってもしも言ってくれたら、クレオールは少しだけ自分を許せるかもしれない。そんな、ぬるいことを思った。
マルガリータは先を促すみたいに、軽く頷く。クレオールは続ける。
「ずっとそれが続いてて。嘘を吐いたのに、誰も嘘だって怒らなくて。ずっと嘘が嘘のまんまで。だから、何ていうか……神官なのも、法術が使えるのも、ずっと、何ていうか、納得がいかないんだ。死ぬかもしれない直前でも、そんなことが気になって仕方なかった。全部嘘っぱちなら、この世もあの世も、神様も亡霊も全部嘘なんじゃないかなって。我ながら、滅茶苦茶な理論だとは思うけど」
じぃっとクレオールを見つめて、クレオールがもう何も言わないのを悟ると、マルガリータは少しだけ笑った。
「……なぁに、それ。神官って、変な事を考えるのね。クレオールが変な事を考えるのかしら」
「変かな?」
「変よ。見てて――ウィル・ト・オ・ケラ・セラ」
囁くように唱えたマルガリータの指先に、小さな炎が灯る。ウィル、から始まる呪文では、熱風が吹き付けたり、爆発が起こったりするから、マルガリータの指先の炎もそういう魔法の効果なのかと思った。
けれど、よく見るとその炎は丸かった。ランタンや蝋燭の――ごく普通の炎だったら、空気の対流によって涙型になるはずなのに、その炎はほぼ完全な円形をしている。
いつの間にかマルガリータもクレオールも足を止めて、じっと炎に見入っている。マルガリータの表情は真剣だ。恐ろしい集中力でもって、その炎を維持している。
その炎が、動き出す。
空気の動きによる自然現象ではなく、虫が動くような本能によるものでもない。明確な、炎自身の意思でもって、舞い上がり、クレオールの鼻先で遊ぶように踊る。炎の中に、可燃物は見当たらない。ただ、目の様な――こちらを覗き込んで来る意思を感じた。
「な……に? もしかして、これ……」
神はいずこにおられるか――それは神官達の至上命題であり、永遠に解けてはならない神秘であった。
神の力のほんの一欠けらを借り受ける形で、神官達は法術を行使すると言われている。では魔法使いは? 魔法使い達は、世界の何処かに存在する幾多の精霊達から、力を借り受ける形で、魔法使い達は魔法を行使すると言われている。
何処かからだ。
これは、永遠に解けてはならない、謎では。
マルガリータが微笑むように目を細めただけで、小さな炎の塊は消えてしまった。上手くいかないわね、と小さくぼやいてから、マルガリータはまた歩き出す。クレオールは慌てて追い掛ける。マルガリータは魔法使いであることをこの上なく誇る様に、杖を掲げた。
「精霊は、いるのよ」
「……じゃあ、さっきのは、まさか……まさか、精霊?」
こくっとマルガリータは頷く。
「そうよ。炎精霊、とも呼ばれるわね。普通の魔法使いは、ウィル、としか呼ばないけど。小さいし、普段は見えないけど、いま見て貰った通りここにいるし、何処にでもいる――いつだって、魔法使いを見守っていてくれるのよ」
「そんな……そんな馬鹿な。だって、法術も魔法も、奇跡じゃないことは証明されているじゃないか。訓練を積めば、誰だって使えるんだ。物理現象でしかないんだ。神も精霊も――」
「でも、いるのよ」
マルガリータはクレオールの言葉の隙間にねじ込むように告げる。
「どうして全部嘘なんて、かなしいことを考える必要があるの。嘘じゃないわ。この世界はちゃんとあるし、精霊はいる。あたしはお会いしたことは無いけど、きっと天上に貴い方はおられる。クレオール、もしもあなたが自分の事を信じられなくたって、だからって周りの事を全部疑うなんて、傲慢だわ」




