ギルド『奈落』の今昔物語⑤
「……はぁ」
クレオールは、気の抜けた声で頷くのが精一杯だった。突っ込みどころが多すぎて、頭が追い付かない。マルガリータは胸を撫で下ろして、耳元の赤い鉱石に触れていた。
「……もう少しで魔法使う所だった……」
「何か質問はあるか、クレオール」
「えーと……ここで呑気に話してて大丈夫ですかね?」
「実に根源に遡った質問だな。幼いころ両親に人生の意義や、生きる理由について尋ねなかっただろうな?」
「年の離れた従兄弟の兄ちゃんに尋ねましたけど、途中で泣いて出てっちゃったんで答えは聞けずじまいでした」
「やはりか。素質があるな」
どんな素質かさっぱり分からないけど、スティンガーは納得したようだった。
「ちなみに質問の回答として、『ここは安全とは限らない。ただし、迷宮の何処も安全とは限らない。よって敵の足音が聞こえない現在、ここで呑気に会話を続ける事は問題無い』と答えておこう」
「はぁ……ちなみにメグが『戻るな』と懇願した件について心当たりは?」
「うむ。想像ではあるが、一度狼から人間の姿に戻ると、再び狼の姿に変化するには数時間待たなければならない。その間、リーダーとの合流が難しくなるからではないだろうか」
「あぁ、なるほど」
リーダー達の所へ戻るのも、臭いをたどるつもりだったんだろう。それなら、まぁ納得出来た。
ちょい、と背中の荷物を引っ張られる。
「どうしたの、メグ」
「数時間戻れないわけよ」
「うん」
「ちなみにこの狼、何か持っているように見える?」
「いや、狼だし……」
狼だから、当然荷物は持っていない。武器も持っていない。つうか服も持っていない。
「……あれ、ここで人間に戻ったら、全裸ですかスティンガーさん」
狼は頷くように顎を引いた。ふさふさして尖った耳が向けられる。
「無論だ」
「無論だ、じゃないでしょー!? しかも数時間そのままでしょっ! どうしろっていうのよ! 何で迷宮を全裸のおっさんとうろうろしなきゃいけないのよバカーっ!!」
「20代を捕まえておっさんとは何事だ。20代の繊細な魂を傷付ける暴言だぞ」
マルガリータの絶叫に対しても、スティンガーは平坦な声で応じた。狼の姿になっているからか、素でこういう性格なのかはクレオールにはまだ読めない。多分後者だろうけど。
迷宮の外で見たスティンガーの姿を思い出す。褐色の肌に、黒い瞳。封印者の戦士らしく、背が高くてそれなりに体格が良かった。いやー辛い。全裸は辛い。全裸と、クレオールと、マルガリータの3人で迷宮を歩くとかシュールにも程がある光景になる。マルガリータは偉い。
「偉いえらい……」
深く考えないまま、マルガリータの頭を撫でる。マルガリータは小さな顔を真っ赤にして、クレオールの手を払い除けた。
「そしてあたしは騙されないっ! もー、リーダー達のとこ戻るわよっ! 早く案内してよスティンガー!」
「よかろう」
狼は踵を返して進み――かけて、すぐに足を止める。小さな血だまりに頭を寄せた。ネズミとウサギの合いの子みたいな不思議な生き物が死んでいる。
「良くやった」
笑みを含んだ声で言い、スティンガーは小動物の死骸を口に含んで咀嚼する。
「た、食べるんですか……」
じゃっかんの非難を込めてクレオールが言うと、スティンガーは小動物の尻尾だけを床に吐き出した。
「味は悪くない。狼の姿ではな。メグ、尻尾を持ち帰ると良い」
「はぁぁい……」
嫌そうに頷いて、マルガリータは布袋をひっくり返して直接触れないようにしながら、小動物の尻尾を回収する。クレオールを見て、そういえば、という感じで説明した。
「この、クレオールが捕まえてた可愛くて小さい動物。こいつがポピュリオルス」
「ポリュ……って、もしかして死霊魔術どうこう言ってた?」
「そうよ。死霊魔術と、呪詛魔術の使い手。普通は封印者の荷物に勝手に入り込んで、封印者を呪い殺すの。呪詛魔術は有効範囲が狭いし、効果が出るまでに時間が掛かるのが欠点なのよね。で、死んだ封印者を動く死体にして自分を守らせるわ」
マルガリータの言葉を理解するまでに、2、3回瞬きをした。それってつまり?
「え……もしかして俺、死ぬとこった?」
「そうよ。実際、死にそうになってたじゃないの。クレオールが持ってる袋に入ってるのが見えたから、あたしが地面に叩きつけて殺したけど。魔術を使えるだけあって凄く賢くて、死霊魔術の他にも、魔法使いの杖とか、神官の聖書とかを齧ってダメにして、封印者が魔法を使えないようにしたりもするわ」
恨みを込めて、マルガリータが何もない地面をげしげしと蹴り付ける。
「可愛いんだけどね。かーわーいーいーんだけどねーぇ!!」
クレオールはそれを聞いて慌てて聖書を開く。前半の頁の端が噛み荒らされている。
「やられた……」
「えぇっ!?」
神官の聖書は、法術を扱うための媒体だ。厳密に言うと、聖書に記された文字列か。あらゆる神官は、自分専用のただ1冊の聖書を持つ。
他の神官に教えを請い、徳を積み、あるいは試練を受ける事で“認められる”と頁を増やすことが出来る。そうして増えた頁はただの紙では無く、本来なら破れたり欠けたりするはずは無いのだが。
「……でも、文字列には問題無いから、法術を使うのに影響は無いと思う。可愛い動物だと思ったらなー。火を点けたって燃えない聖書が齧られるなんて」
確認するように、マルガリータが聖書を覗き込んで来る。見るなり、不安そうに眉を寄せた。
「でも、端っこの装飾が傷付いちゃってるじゃない」
「うーん、そうだけど……」
聖書に魔力を流して、マルガリータが見ている頁の文節を輝かせる。
「第27節――金銀は私に無い。けれど、私にあるものを差し上げよう」
聖書の頁上に蛍のような小さな光が生まれる。淡い桜色の輝きと、小さな羽をもつそれは聖書からふわりと浮かび上がると、マルガリータの肩に止まって、消えた。マルガリータは自分の肩を見て、目を瞬かせる。
「……今の、なに?」
「簡単な祝福。何が起こるかは分からないし、いつ起こるかも分からないけど、さっきの光はメグが正しい方向に進めるように、1度、正解を教えてくれる筈だよ」
「へぇ……」
感心したように肩に触れてから、マルガリータは手を合わせて微笑んだ。
「なかなか素敵ね」
「あんまり期待されても困るけど。でもまぁ見ての通り、端っこを齧られても法術を使うのに問題はないよ。文字までやられてたら、危なかったかもしれないけど」
「それなら良かったわ」
「うん」
「……行くぞ」
地面に鼻を近付けていたスティンガーが、2人を促してから歩き出した。はぐれないように、慌てて続く。迷宮の探索は、まだ長く続きそうだった。




