ギルド『奈落』の今昔物語④
全部嘘だった。
始めっから最後まで、何もかも。
嘘から始まった努力に価値なんてある訳が無いし、そんな努力を続けたクレオールに価値があるわけも無い。だけど、誰もそれを指差して指摘しなかった。天上の御方だって、クレオールを責めなかった。だからクレオールは法術を使えた。
何てことだ。
何て酷いことだ!
そんなクレオールの扱う法術に価値なんてある訳が無い。クレオールを神官のままでいさせる神殿に価値なんてあるわけがない。
つまり、つまりこの世界は滅茶苦茶じゃないか!
大嘘がまかり通って、いい加減で、価値のあるものなんて1つも見つからない。何て酷い。
たぶん死んだ筈なのに、クレオールは泣いていた。呻くような声しか出ていなかったかもしれないけど、泣き喚いていた。生まれたての赤ん坊みたいに。
「……そいやぁーっ!!」
何処かの国の言葉なのか、あるいは魔法使いの間で伝わる掛け声なのか。とにかく異様なまでの気合を込めてマルガリータは腕を振り下ろした。果物が潰れるような、粘度の高い水音が響く。
途端に、クレオールの視野の狭窄と息苦しさが消える。何が何だか分からないまま、貪るように空気を吸った。
冷たい空気が気管の何処を通るのかはっきりと感じられた。迷宮がやけに明るく見える。マルガリータの長い銀髪は、光り輝いているようだ。何度も瞬きをしてから、額に中指の第二関節を当てる。生きてる。
マルガリータが両手で頭を抱えて膝をついた。低い声で何か呻いている。呪文のように。祈りのように。
「……ウサギ肉おいしい、鹿肉おいしい、羊肉おいしい、鶏肉おいしい……うぅぅぅっ!! 卵おいしいしリス肉もおいしい……!!」
「だ、大丈夫……?」
だいぶ駄目そうだけど、お願いだから正気に戻って。そんな思いを込めて怖々とマルガリータの細い肩に手を載せる。
バネ仕掛けの人形のように、マルガリータが勢いよく立ち上がった。握った拳をふるふると震わせながら、クレオールを睨み付けて来る。
「……バカ! クレオールのバカ! むしろバカオール!」
「な、名前みたいになった……」
「うううううっ! 確かにあたしも説明しなかったけど!」
そのまま頭突きでもするかのような勢いで、クレオールにしがみついて来る。ええええええ! 反射的に「人違いです!」と喚くと「違ってない!」と怒られる。違ってないのか……。
マルガリータの肩越しに、迷宮の通路を眺める。マルガリータの荷物と、魔法使いの杖とは別に、何かが落ちていた。落ちてる――というか、死んでる、というか。あの小さな動物が叩き殺されていた。
誰かに言い訳するように、マルガリータは呻いた。
「ううう、何であんなに見た目だけ可愛いのよちくしょー。クレオールが無事で良かったよぅ……!」
クレオールの無事を確認するように、マルガリータが額を擦り付けて来る。ど、どうしたら。ここは迷宮で、怪物だの死体だのが動き回る場所で、マルガリータは温かい。
「め、メグ、ここは迷宮で、あれで、その、それだから……」
それってどれだよ、とほんの少し残るクレオールの冷静な部分は手厳しく突っ込みを入れて来た。拒絶するような言葉を吐きながらも、クレオールはマルガリータの背中を軽く撫でる。銀を融かして梳いたような髪は、見た目通りひんやりとしていた。
ほんの少し、マルガリータが身じろぎをする。
「それと言うのはあれか」
「いやあれって言われても」
「いわゆる健全な男子が抱く性的欲求か。健全であるから問題ないな。ちなみにメグは勘違いするな。それは吊り橋効果だ」
「何それ。って言うか誰ですか」
「きゃあああああああああっ! 神官のくせに! バカオールのくせに!」
「いや違うから!!」
酷い言いがかりだ。マルガリータはクレオールを突き飛ばして、「ぐぬぁー! 吊り橋効果めー!?」とか奇声を上げて頭を抱えている。このギルドのメンバー、奇声上げるの好きだな。尻餅をついたクレオールの横に、ぬっと黒い動物の横顔が現れる。
「うわ!? でかい犬!?」
「いや、狼だ。だが、でかい犬と狼がどれほど違うのかと問われると、答えるのは難しい」
「狼が喋った!」
「……真面目か」
驚愕するクレオールに呆れたように、狼は目を針のように細める。その仕草は妙に人間臭い。というか、何処かでつい最近見た様な。
彼も迷宮の怪物なのか。見た目は狼にしか見えない。いや、嘘だ。クレオールは狼なんて見たことは無い。だから、犬っぽいけど犬よりずっと大きくて強そうで、四足歩行をするこの生き物を狼と認識する。そこまでは良い。
問題は、この狼がやけに平坦な声で流暢に人語を操ることだ。
「い、いえ……」
何を否定したいのか分からないまま、クレオールは狼に首を振る。狼は意外そうに顎を上げた。
「真面目ではないのか。では、なおさら健全な男子だと判断せざるを得んな。展開が早すぎるような気もするが、迷宮だから仕方あるまい。祝儀は安心しろ。確かに貧乏ギルドではあるが、そこを出し惜しむようなメンバーはいないぞ」
「問題はそんな話ではなくて」
「ほう。では何が問題か簡潔に述べろ。45字以内だ」
「何でそんなに中途半端な……」
「残り32文字」
「狼にしか見えない貴方は、ギルド『奈落』のスティンガーさんですか?」
「まさか1文字も余らせないとは。末恐ろしい少年だな。メグを誑かし、ポピュリオルスを始末しただけある」
「いやだから……」
どうして人語が通じるのに会話が成り立たないのだろうか。途方に暮れたクレオールが沈黙すると、狼、もといスティンガーは、人が立ち上がる様に前脚を上げる。
「ちなみにこの変化については見て貰った方が早いだろう」
平坦な声で告げるスティンガーに、マルガリータが杖を持って殴り掛かる。
「いま戻るなーっ!」
スティンガーは子供とじゃれてでもいるように、ひょいひょいと杖を躱す。マルガリータは杖を振り回しながら、半分泣き声で懇願した。
「戻んないでほんとにお願いだから!!」
「そこまで言われては仕方ない」
スティンガーは四足歩行の姿勢に戻り、クレオールを見上げる。
「信じがたいだろうが、わたしはギルド『奈落』の戦士で、刺突剣使いのスティンガーだ。ただし、必要に応じて狼にもなる。お前達の探索にあたり狼の嗅覚が有益であったため、こうして狼の姿で探しに来た」




