ギルド『奈落』の今昔物語③
迷宮で、リーダーが探しに来てくれるのを待つ簡単なお仕事です。
マルガリータはそうともとれることを言ったけれど、封印者はそれほど簡単な仕事ではなかった。元を正せば、何故クレオール達ははぐれて2人でいるのか。
簡単だ。怪物に追われたからだ。迷宮は彼らの家であり、クレオール達封印者は排除すべき外敵でしかないからだ。
「メグ」
クレオールの隣でうつらうつらしていたマルガリータの肩を叩いて立ち上がる。自分の荷物を背負って、床に置いていた聖書を拾う。いや、拾おうとすると、何処から現れたのか、小さな動物が噛み付いて来た。
「いて」
ネズミとウサギの合いの子みたいな不思議な生き物だった。まるっとしていて小さくて、耳が長い。目がくりくりしている。白か灰色の毛皮に包まれていて、尻尾は猫の様に長くてふわふわしていた。何だこれ可愛い。
分類としてはげっ歯類だろう。クレオールの手や、持っている聖書にかじかじと歯を立てて来る。小さいからあんまり痛くないけど。
「……なぁに……?」
マルガリータはごしごしと目元を擦ってから辺りを見回した。
「何か足音がする」
クレオールが、噛み付いて来る小動物の対応に苦心しながら答えると、マルガリータもすぐに杖と自分の荷物を持って立ち上がった。じっと耳を澄ませてから、通路の一方向を指で示す。
「移動しないと」
遠くから近付いて来る足音は重い。身体を引きずる様な歩き方をしているように聞こえた。元気な怪物や、封印者ではないだろう。怪我を負っている同業者の可能性は否めないが、クレオール達が確認して助ける義務は無い。
もしも助けを求められたら考えるけれど、後衛の魔法使いと神官の2人で得体の知れない誰かとの鉢合わせするのは、正直避けたい。
クレオールの袖に噛み付いて、ぷらん、とぶら下がって来る変な生き物を置いて行く気に慣れなくて、腰に下げている袋の1つに入れてやる。粗雑な扱いに抗議するように、キュゥ、と小さな鳴き声を漏らした。迷宮にこんな生き物がいるなんて、場違いにもほっこりする。
「行くわよ!」
早足で歩き出したマルガリータに慌てて続く。少し振り返ると、曲がり角の先からおかしな歩き方をする集団が現れたのが見えた。また動く死体か。どう見ても曲がってはいけない角度に首を曲げたまま歩く封印者の姿は、自業自得とはいえ哀れだった。
「……追いかけて来るかな」
「どうかしら。まだ見つかっていないと思うし……」
そう言った矢先、動く死体達が隊列を整え始める。盾を持って、頭を半分くらい欠けさせた戦士と、首の曲がった盗賊が前に。杖を持った魔法使いが後ろに。
「……カイス・ト……お……」
「な、何で急にっ!?」
泡を食ったマルガリータが、杖を掲げて迎撃しようとする。
「って言うか、逃げよう!」
動く死体の足は速くない。だが、耐久性は? 考えるまでも無い。彼らはもう死んでいる。動く死体が動けなくなるまで破壊するのは、マルガリータには荷が重いだろう。
クレオールの第58節もあるが、向こうは3人だ。1人の死霊魔術を解除している間に、残りの2人に殺されるのが目に見えている。
「う、うん……!」
じゃっかん腑に落ちない顔をしながらも、マルガリータが走り出す。魔法使いの詠唱の声は追いかけて来る。
「……ドーン・ケラ……セラ……!」
突如、足元から今までとは比べものにならない冷気が這いあがって来る。クレオールが見下ろすと、白い靄のようだったそれは鋭い棘となって長靴に突き刺さった。
「いったぁっ!?」
マルガリータが悲鳴を上げる。
「治す!?」
「大丈夫、走れる!」
走れないほどの重症では無いらしい。クレオールも同じだ。じわじわと、足裏から血が滲んでいる気がするけど、走れないほどじゃない。
魔法の2撃目が飛んでくる前に、装備の軽さを活かしてマルガリータは細い道を選んで進む。何処かの建物の路地裏のように、人が2人すれ違うのも難しいような広さの道だ。突然、正面から怪物が現れたらどうするんだろうとかクレオールは不安になってしまう。
それでも、進むか、戻って戦うかしかないのだから、クレオールもマルガリータも進む。
動く死体の持久力がどうなっているのかは分からない。考えても仕方ないから、とにかく走る。寒くて薄暗い迷宮の中を、動く死体に追われるだなんて。まるで子供の悪夢を現実にしたようだ。
走って、走って、いやもう無理。これもう無理、と泣き言を漏らしそうになった頃、マルガリータが壁に手を付いた。
「もうっ……無理……クレオール、先いって……!」
「……いや、俺も無理だし……いかないし……」
ずるずるとクレオールも壁を背にして座り込む。耳を澄ます。自分の呼吸音と心音が煩い。クレオールもマルガリータも、詠唱が必要な後衛職だ。お互いしばらく魔法は使えないだろう。酷い状況だ。だからせめて、更に耳を澄ます。動く死体の足音は聞こえない。諦めてくれたのか。
「……足音も、聞こえなくなった」
「ほんと……?」
クレオールの斜め前に、しゃがみ込んだマルガリータが弱々しく問いかけて来る。
「うん」
……多分。と言いたかったけど、後半を飲み込んで、マルガリータを宥めるように答える。
「もう大丈夫だよ」
マルガリータはじっとクレオールを見つめて来る。狭い道に座り込んだまま、額の汗を人差し指で拭った。額に張り付いていた銀色の髪が揺れる。
「嘘吐き」
言葉としては面詰されているようだったけど、マルガリータはくすくす笑って続ける。
「……でも、ありがと」
「……どういたしまして?」
どうしても語尾が上がってしまう。よく分からない。マルガリータが怒っているのか喜んでいるのか。言葉に裏があるのか、純粋な感謝なのか。分かるはずが無い。
『嘘吐き。』
それはクレオールにとっては死刑執行の承認署名を行われるに等しい行為だった――はずだ。だけどマルガリータは笑っている。無邪気に愉快そうに。それだけを見ていたいのに、視界が狭まる。迷宮がますます闇を深くする。誰の、何の魔法かと疑問に思うけれど、もう息も出来ない。
喉元を掻き毟って穴をあければ息が出来るだろうか。自分の襟元を掴むけど、力が入らない。マルガリータがクレオールの手を握って何か言っている。だけどもう聞こえない。何でだ。何でだっけ。俺は何処で何を間違えたんだろう。
天啓か、偶然か。力なく落ちた右手が腰の布袋に触れる。あぁ、こんなに走り回ることになるなら、動物を入れたりするんじゃなかった。動く死体から守ってやる気になっていたけど、逆に酷い虐待じみたことを。
渾身の力を振り絞って布袋の紐を軽く引くと、キュゥ、と可愛らしい声を上げて小さなウサギの様な動物が顔を出す。良かった。後は自力で逃げろよ。
マルガリータ、こんな所でひとりにしてごめん。
声に出せないまま謝罪して、クレオールは目を閉じた。




