ギルド『奈落』の今昔物語②
「そういうものかな」
馬鹿だから無事って良く分からないし、リーダーとダイキリが同列扱いなのとか色々不安だ。
「そうよ」
クレオールの不安をよそに、マルガリータは自信に満ちた笑顔を向けて来る。
「あたしの方が『奈落』では先輩なんだから、信じなさいよ」
「メグ先輩」
クレオールが真面目ぶった顔で呼ぶと、マルガリータはくすくすと肩を震わせた。気に入ったらしい。若い家庭教師のように、人差し指を立てて、細い顎を上げて訊ねてくる。
「何ですか、クレオール君」
「先輩、1つ質問してもいいですか?」
「いいですよ」
「ギルド『奈落』って、もっと大きなギルドだと思っていたんですが」
微妙に気になっていた事を尋ねると、途端にマルガリータはむぅっ、と口を尖らせた。どうも、あんまり面白くない話らしい。
「聞いちゃいけないことだったら……」
クレオールが遠慮しかけると、マルガリータが重心を動かした。クレオールの腕に体重を掛けて来る。重、くはないけど、いや、ちょっと重いけど。「えーと……」どう返したら良いのか分からない。マルガリータは自分のつま先を睨むように見詰めている。
「ギルド『奈落』は、リーダーのギルドよ。以前はメンバーもうんと沢山いたし、おっきいギルドハウスも持ってた。有名だったしね。それこそ、ミルタから来たクレオールが名前を知っているくらい」
「……うん」
マルガリータは不機嫌そうな声だったけど、丁寧に話す。いつの間にか、小さな頭を完全にクレオールの肩に乗っけていた。
何だろうこの距離の近さ。大丈夫だろうかこの子。メグはけっこう可愛いのに。こういうことしたら勘違いとかされないだろうか。クレオールはしないけど。とはいえ、普通はアレじゃなかろうか。アレってどれだ。
「だけど、半年――ううん、もう1年くらい前になるかな。サブリーダーと、会計役だった2人がすっごい揉めちゃって。で、何でか良く分かんないけど、2人がそれぞれメンバーを引き抜いて独立したギルドを作っちゃったの。独立したって言ったら聞こえは良いけど、サブリーダーはギルドハウスも盗っちゃったし、リーダーが追い出されたみたいなものね。リーダーに残ったのは、ギルド『奈落』の名前と、スティンガーと、あたし達みたいに引き抜かれなかった若手だけ」
クレオールがもやもやしている間に、ギムレットの人生はえらい事になってた。何だそれ。
「え……何でリーダーがギルドハウスもメンバーも盗られてんの?」
「分かんないけど。気が付いたら、なんかそんな感じで」
「なんかそんな感じって……揉めてたのはサブリーダーと会計役なんだよね? リーダー関係無くない?」
「だからー! あたしにも良く分かんなかったんだってば! とにかく、何だかギルド内の空気が変だなぁって思ってたら、会計役だったリークスが、主力部隊連れて出て行っちゃって! で、サブリーダーだったベリーベルが、リークスと主力部隊を止めなかったリーダーが悪いって、責任取れって言い出して。何の責任だか全然分かんないし。で、そしたら」
当時の事を思い出したのか、呆れたようにマルガリータは息を吐く。
「リーダー、『それなら仕方ないなぁ』って言って、荷物まとめて出て行っちゃって。ミスティやあたしは慌ててリーダーの後を追っかけたの。ダイキリは随分ベリーベルに噛みついてたけど、向こうは大人だし。良いようにあしらわれて終わりだったわ」
それでおしまい。と不機嫌そうに呟いて、マルガリータは両手で自分の膝を抱える。
「1年前、あたし達はリーダーの助けになれなかった。ううん、リーダーが“何を望んでいるのか”すら分からなかった。あたしもミスティもダイキリも、リーダーに拾って貰ったのに、何にも恩返し出来てない」
マルガリータは腕に力を込めて、ますます縮こまる。けっこう悲しげに話をしていたのに、無情にもマルガリータのお腹が、きゅる、と小さく鳴った。途端にマルガリータは顔を赤くして、膝に額を押しつける。だけどまた、きゅるる、と聞き間違いではすまない音量でお腹が鳴る。
「……お腹、空くよね。そろそろ」
正直な所、迷宮に入ってどれくらい経ったのか分からないけど。クレオールは数秒気絶していただけかと思ったら、マルガリータが何処かに行く程度の時間は経っていたみたいだし。とはいえ、クレオールも空腹を感じ始めるくらいの時間は間違いなく経った。
「うー! うっさい!」
一生懸命、胃の辺りを抑えていたらしいマルガリータが顔を上げて喚く。
「仕方ないよ。どんな話してても、空く時は空くし。人間だもの」
「そういう気の使い方しなくて良いっ!」
「でも聞こえたから……」
「そうかもしれないけどっ!?」
もーっ、と呻いてから、マルガリータは自分の鞄から携帯食料と小型の鍋を取り出す。もにゃもにゃと口の中で呪文を唱える。
「カイス・ト・オ・メルク・ケラ・セラ」
首元の青い鉱石が淡く輝いて、小鍋の中にカラカラと小さな氷が落ちる。それから鬼火で氷を溶かすと、粉末のお茶を鍋の中に放り込んだ。
「クレオール、カップ持ってる?」
「あ、うん。持ってる」
ブリキのカップを差し出すと、温かいお茶を注いでくれた。便利だな、魔法。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「お茶を貰ったから言うような、お世辞じゃないけど」
「なぁに?」
「リーダーが、マルガリータは料理上手だって、言ってた……恩返し、出来てるんじゃないかな。十分」
マルガリータはわずかに顔をほころばせかけて――何か違うと思ったのだろう。小さく首を振った。
「別に、料理くらい。そんなもの、ちゃんとした美味しい店で食べれば良いんだわ。昔の『奈落』だったら、ヴェローニャで一番ご飯が美味しい酒場を貸切にだって出来てたもの」
「そうかな……」
「そうよ」
頑なな調子でマルガリータは答える。クレオールは湯気を立てるカップに視線を落とす。粉末のお茶の他に、砂糖と何かしらの香辛料が入っているのか、甘くて不思議な香りがした。凍えてしまいそうな迷宮の中で、毛織物の敷物も、お茶も、腕から伝わるマルガリータの体温も、本当に温かい。
「どうだろうな。会計役に裏切られて、サブリーダーに責められてギルドハウスを追われて。それでも健気に付いて来てくれる誰かがいたら、それは凄く救いになると思うけど」
「……」
マルガリータは答えずに、携帯食料に口を付ける。クレオールも、固い携帯食料をゆっくり噛み砕いて食べる。
クレオールはクレオールの言葉が大概に無力だと知っていたから、マルガリータに伝わらないのは分かっていた。だけど少しだけ悲しいな、と他人事のように思った。




